私が私で居れたのは…
Uru
私が私で居れたのは…
- 13
- 2
- 0
「あら?シノ…大事そうに何を抱えているの?」
「絵を描いたの!お父様に見せるの!!」
優しい母と町の住民の笑顔、土の香りと緑豊かで穏やかな世界…
「とても上手ね。お父様もきっと喜ぶわ。でも…お父様はお忙しいから…お父様が帰って来たら見せましょうね。それまで私がお部屋に飾るから」
温かい手で撫でられる心地良さと、落胆する小さな痛み。…いつもそうだった。町の発展と野菜を売り込む為に、首領である父はこの町を背負って走り回っていた。それがどんな思いだったのか、どんな苦労だったかなんてあの頃は分からなかったし、今も全てわかっていないと思う。父親と一緒に畑を耕している住民の親子を羨ましく思った時もある。家にはいつも母とお手伝いさん…祖父と父は殆ど家には居ない。それでも…
「お父様!!おかえりなさい!!」
「シノ!寂しかったか?ほら!これは東の国のおもちゃだぞー!可愛いだろう?」
「わぁ!これってどうやって遊ぶのかしら?」
…寂しさに沈む事が無かったのは、父の配慮と愛の深さだと思う。何時からだろう?そんな素晴らしい父が…目障だと、邪魔だと思う様になったのは…
「この家を出ていくだと!?理事会なんぞに入ったら、どの街に飛ばされるか分かったもんじゃない!!お前はこの家と町の住民を守る運命があるんだ!首領を継げ!…この町を見捨てる気か!?」
時に怒鳴り返し、時に泣きながら逃げ帰った自分の部屋。そこにはいっぱいの父からのお土産。大きな街や遠い国の珍しい品々…。人の役に立ち、守っていく事も…そして世界がどれだけ広く、魅力的なのかも…教えてくれたのは父なのに…
「なんで分かってくれないの…!?」
ポロポロと涙を流した夜。
それでも諦めずに何度もぶつかって、向き合って…最後には応援しながら泣いてくれた父…
「お父様…一人娘の私を旅立たせてくれてありがとう…!沢山勉強して、沢山の人に会って…私必ずこの屋敷に帰るから!御先祖様に負けないくらい、町を発展させるから!約束します!だから…だから……それまでの間、町をお願いします…ずっと元気でいてね。大好きだよ、お父様…」
出ていく日、そう言ったっけ…戻ってくるまで元気でと言った自分の言葉が胸に深く刺さっていく…。
「お父様!!」
屋敷のお手伝いさんに通され、父がいる部屋の扉を開く。そこにはベッドにを囲む医者と母、そしてベッドに力なく横たわっている父。
「…娘に話したのか…余計な事を」
父は母に支えられて起き上がった。だいぶ痩せて、小さなホビットがより小さく見えてしまうほどだった。
「シノ、お前には仕事があるだろう?こんな所に来る必要はない。街の住民が待ってる…ここに戻るのは、約束を果たして跡を継ぐ時だ」
そう話す間も、ゲホゲホと荒々しい咳と息遣いが聞こえる。少し苦しそうだ。
「そんな事言わないでくださいな。せっかくシノが見舞いに来てくれたのに」
母は困ったような声で父をたしなめた。シノは父の態度などお構い無しに走りよる。
「お父様!良かった…もう話せなかったら…もう会えなかったら…どうしようって思って…私…」
父のベッドに突っ伏して声を震わせた。話が出来る程の体調である安堵と、しかし想像以上にやつれた姿への不安で堪らず涙が溢れた。背中に母の温もりが伝わる。私を抱きしめてくれているのだろう。そして、頭を撫でるもうひとつの温もり。
「…聞いたぞシノ…お前、大学を優秀な成績で卒業したんだって?今は発展目覚しい海のエリアに勤務を命じられて…シノ…本当に…」
顔をあげたシノの頬を優しく撫でて微笑む父。
「お前は我が家の…誇りだよ」
父との面会を済ませ、久しぶりに屋敷での時間を過ごす。母は父の事で疲れてはいたが、いつもの笑顔でシノとの時間を楽しんだ。仕事の肩代わりをして貰えた事、そのお掛けで今日は泊まれる事を伝えると、母は喜んで野菜たっぷりのご馳走を用意してくれた。お手伝いさんも帰り、父も居ない2人きりの食卓。それでも懐かしい空気にシノの顔もほころんだ。
「お父様の態度、許してちょうだいね。シノ」
「…え?何か悪い事なんてお父様…言ったかなぁ?」
「せっかく来てくれたのに、継ぐまで帰るななんて…お願い、ここからの話は怒らないで聞いて頂戴」
母はゆっくりと語り出した。父の体はかなり前から過労で弱っていた事、それ故にシノが跡を継ぐ事を焦り、大学進学の夢に対して応援もせずに酷い態度を取り続けた事。
「それをずっとずっと後悔してたのよ。お父様が病魔に気づいた時から、お父様は明日を見失ってしまったの信じてた自分の未来も、娘の未来も分からなくなってしまった自分を今でも恥ずかしいって笑うのよ」
母は蝋燭の灯りに照らされて微笑んでいる。瞳はキラキラと潤んでいた。
『それなのに、娘は家を出る日にワシの事を大好きだと笑ってくれたんだ。シノが帰るまで、元気に町を支えて欲しいと頼まれた。ワシはあの笑顔と約束したんだ…!』
母の頭の中で、シノが出て行った後で何度も口癖のように言っていた父の言葉を反芻した。
「お父様が今まで頑張れたのも、今も頑張っていれるのも…シノのお陰なのよ。…ふふ、お父様は絶対に理由は教えてくれないだろうけど」
「そんな!私がここまで来れたのは、お父様とぶつかったから、それでも夢を諦めきれなかったから…!」
「…本当に、2人は親子ね。お父様はあなたがいる事で、頑固なまま頑張れるの…だから、また遊びに来てね。大丈夫、私と町の皆様が仕事を肩代わりするわ。お父様もまた暫くすれば元気に戻ってくれると私、信じてるから」
一晩を明かし、シノは仕事の合間にまた帰ることを約束して、海のエリアに帰って行った。
‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦
父の見舞いから帰りました
コメント
まだコメントがありません