星回りとバスケット
SEKAI NO OWARI
星回りとバスケット
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「…あぁ、また寝すぎた…」
ベッドからのそのそと起き上がると白衣に着替えるステラ。フラフラした足取りに、疲れた顔…ジーグとの星図計算をやっと終え、ノートにびっしり書き殴られた数式に立ち向かい、一人論文に書き起す毎日。ここまでの作業を手伝ってもらった…今まで一人で全てこなしてきたステラにとって、それは有難い事だ。さあ、ここから先は一人の戦い。ヤカンいっぱいにお湯を作って、展望塔の最上階へ。
「…!まただ…」
鍋敷きの上にヤカンを置くと、作業机に置かれた愛らしいバスケットに近寄り、赤のチェックのナプキンを取り払う。中には美味しそうな白パンとフルーツが幾つか。
「…何日前に掃除したかな…なのに…」
床はホコリひとつなく、全ての机は綺麗に整頓されている。
「…へぇ!キリエにも天文部の理事会員さんがいらしたんですね!?」
「シノちゃんのところは海のエリアだから、天文部はどんな小さな集落にもあるでしょう?確かに峰のエリアはキリエしかないはずです」
「キリエにいらっしゃる学者の理事会員は植物園の園長さんだけだと思ってました」
「そうです。キリエは首都ではないので、研究機関は多くはないですが…ここは空気が澄んでいるので、アヴァロンより観測に向いているのだとかで、天文部はここにあるんです」
「へぇ…海では星の位置は船の道標になるので、常に最先端の研究がなされていますが…キリエにも同じ天文部があるなんて!だからハロウィンで星のイベントやってたんですね!…まだ研究員さんにご挨拶出来てないから、挨拶に行かないとですね!」
「…え?ステラさんとはご挨拶しているはずですよ?ハロウィンで…」
「へ?あの鳩の獣人の方ですか?学生さんですよね?助手の方かと…」
「ふふ、うちの天文部は一人しかいないのですよ。彼女は立派な研究員さんです」
数日前の昼休み、ニフとの会話。シノはここで初めて自分より少し年下の理事会員がキリエに居ることを知った。職場には年上ばかり。対応する人も目上ばかりで、数名の同期ぐらいしか歳の近い者がいない。そんな中での歳の近い存在に、何となくシノの心が揺れた。
「…あ、あの!でもちゃんとご挨拶できてないし、改めてお会いしたいのですが!…ご迷惑じゃないでしょうか?」
ニフはニコリと微笑んで答える。
「今大事な仕事の最中で、人手を募集しているそうですから、ぜひ行ってあげてください」
お手伝い!?シノの顔は明るくなる。
ヤカンの湯でいつもの世界樹のお茶を淹れ、バスケットの中の食材に感謝の祈りを捧げる。白パンをちぎって食べながら、添えられた手紙に目を通す。
『…バスケットを返してくださってありがとうございます!ステラさんが出張所に来れるのは早朝なので、いつも会えなくて残念です!朝から夕方までの仕事をしてるので、夜はどうしても眠ってしまうから…お手伝いできなくてすいません。本当は書類制作のお手伝いとか、情報魔法でサポートしたいのですが…』
お茶を啜りながら片手で2枚目を読みだす。
『明日も差し入れ持って行きますね!他にお手伝いできる事があったら教えてください!明後日は海のエリアに戻るので来れませんが…お仕事頑張ってください! シノより』
「…海のエリア!?」
天文学の最高峰である学者や施設が集中しているエリア、その首都にはステラの先生であった大御所の学者も住んでいる。ちょうど行きずまり作業が滞っていた。なんと素晴らしいタイミングだろうか。昼夜が逆転したステラには先生の元へ赴く時間がない。雫苺を口に放り込むと、早速いつも書いているお礼の手紙を書出した。
『今日も美味しいパンと行き届いた掃除、心から感謝してる。ところで、忙しいところ悪いのだが…』
「…シノちゃん、何か嬉しい事でもありました?」
「あ!…えへへ。ステラさんの手紙で…」
ニフはその言葉に納得した顔をした。ニフの出勤はかなり早いのだが、ニフよりも早い時間にステラは訪れていて、バスケットを返して帰っていく。以前は酷く疲れた顔をしていたが、シノがステラの手の回らない雑務や食事を手伝っているせいか、日に日に顔色が良くなっているように見えた。
「いつもただお節介しているだけな気がしてたんですが、ついにお手伝いを頼まれたんです!」
嬉しそうに書類の束を取り出すと、これを海の首都の先生に届けて欲しいとの事。ニフと2人でチラリと書類を覗くが、まるでチンプンカンプン…
「うう、解読出来ません」「流石、研究員…」
専門外の世界に触れ改めて凄さを実感するシノとニフ。
そして次の日、シノは予定通り自分の職場へと戻り、空き時間に頼まれた仕事を遂行した。ステラの師匠である先生はとても厳しい顔の美しい鷺の獣人だった。
「…ふーん、あの子らしいというかなんと言うか…。完璧主義なのはいい事なんだけどねぇ…」
書類を渡すと長い溜息を吐いた。そして何かを書き足しすと、自分の部屋の本棚からなんとも難しそうな本を一冊付け加えて戻してきた。
「つまらない所で引っかかると前に進めない癖は直せと何度も教えたのに…またあの子の顔を見に行かないといけなさそうだ。貴女からも、星空を見るように全体を見渡せって言っておいて。あの子なら分かると思うから」
そう言えば、私の教授も猿の獣人だったな…。白衣を着た獣人を前に、何となく懐かしい気持ちになった。
不機嫌な顔のステラがずずずっとお茶を啜る。
「星空を見るように…うう、耳にタコが出来るほど聞いた言葉。僕の好きなようにやらせて欲しいものだよ…」
ぶぅ…とした顔で本をめくる。耳に痛いほどの忠告も、書き直された書類も、この本も…悔しいけど先生の実力にはまだまだ叶わない。最年少研究員を誕生させた、天文部の権威…。
ステラは初めて手紙を書かずに作業に没頭した。
「あれからバスケットが帰って来ないですねぇ…」
お手伝いをこなした日からバスケットが帰ってきていない。心配そうなニフの目線には少し落ち込んだシノの顔。手伝いを失敗してしまったのだろうか?それともなにか怒らせたのか…悶々とした日々が3日続き、明日は直接ステラのお部屋に伺おうと決めた日の夕方、ステラがバスケットを抱えてやってきた。
「…!あ、あの、えっと…はじ…めまして?お疲れ様です、ステラさん!」
シノはガタッと音を立てて立ち上がる。
「君がシノ君だね?本当に助かったよ、ありがとう。ニフ、やっと報告書ができた。今週中に発表に向かうから、観測所の留守をよろしく」
苦戦した報告書がやっと完成を二人は拍手で称えた。
「よかったぁ!やっぱり先生はすごいですね!完成のヒントになれるなんて!…私なんて配達ぐらいしか出来てないからお力になれなかったけど…嬉しいです!」
「…何を言ってるんだ?」「え?」
「先生のヒントは確かに大きな助力になったが、一番助かったのは折れかけた僕を奮い立たせたジーグと、毎日僕の世話をしてくれた…シノ君…君だよ」
シノはその言葉に顔を真っ赤にする。
「お礼にもならないかもしれないが…今夜、家に泊まらないか?観測所の展望室で満点の冬の星を見せてあげたいんだ。君は夜すぐに眠くなると言っていたからね。寝るまで思う存分、楽しんで欲しいんだ」
ステラの申し出に、驚いてニフの顔を見るシノ。
「所長、ありがとうございます。シノちゃん、残りの仕事は私一人で大丈夫です!行ってらっしゃい!」
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ステラは火のマナを手に入れた
シノは闇のマナを手に入れた
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