レディーレ
₊*̥𝙰𝚜𝚝𝚛𝚊𝚎𝚊☪︎₊*˚
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__𝕀𝕗 𝕥𝕙𝕚𝕤 𝕚𝕤 𝕒 𝕓𝕒𝕕 𝕕𝕣𝕖𝕒𝕞, 𝕀 𝕨𝕒𝕟𝕥 𝕥𝕠 𝕨𝕒𝕜𝕖 𝕦𝕡. ✩₊*˚
₊*̥┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈☪︎₊*˚
嫌な夢を見た。
藍空によく似た誰かが、幼い藍空の頭を撫でている。
その光景を、冷めた瞳で見下ろしている。
「藍空は、私の宝物よ」
夢は、記憶の中の出来事が再構築されたもの。
だから、もう覚えていないその声が聞こえることはないはずなのに、どうしてかその言葉をはっきりと理解出来た。
いとも簡単に藍空のことを見捨てたくせに、宝物だなんて嘯いているなんて。怒りを通り越して笑ってしまいそうだった。
行き場のない怒りが募って、胸の奥に黒い染みを落とす。息が吸えなくなって、固まった舌が喉元を塞いだ。
両親も家族も、皆大嫌いだ。温かくて優しかったのは、全部上辺だけだった。
自分達の命と生活のためなら、大切な宝物だって地獄に突き落とせるらしい。
施設に送られてすぐの頃の藍空は、まだ家族を信じようとした。信じていたから、余計に苦しくなった。
ならば何も信じないでおこう、そう決めた。
決めたはずなのに、どうしてこんな夢を見るのか。
何も知らない幼い藍空は、嬉しそうに笑っていた。
重い瞼をゆっくりと開くと、目に飛び込んできたのは古びた白い天井。
視界は砂嵐がかかっているかのように白黒に点滅していて、こびりついた染みが模様に見える。
瞼を開いた小さな動作で、水滴が頬を伝って落ちた。泣いている?その事実を認めたくなくて、粗末な枕に顔を押し付けた。
ざらざら毛羽立った布の感触が、頬を濡らす雫を拭い去っていく。冬の匂いがした。
冷たい空気に晒された部屋に、乱雑に敷かれた布団。縫い目がほつれ、古びた布は擦り切れてしまっている。
薄い一枚の布を引き被り、建付けの悪い扉の隙間から吹き込んだ風から逃れようとする。
一般家庭で育った他人から見れば、随分と酷い有様だろう。中央政府が用意したというのに、あまりにも恵まれていないと思うだろう。
だけど、施設で育った藍空達からすれば、この環境は以前よりもずっとマシだった。
施設にいた頃は、外と何ら変わらない環境で眠らなければならなかったから。酷いときは雪が降り込む中で、眠れない夜を越えなければならなかったから。
一度の冬で、何人もの子供たちが命を落としていた。施設側はそれを問題視しておらず、仕方ないことなのだ、と教えられていた。
行く宛のない子供達の命を救うお金があれば、自分達の懐を肥やすために使う。施設を経営していたのは、そんな人間ばかりだったから。
凍死、餓死、病死。そうして死んでいった子供達を、藍空は今までに沢山見てきた。
施設で出た死体は、どこへ運ばれていったのだろうか。燃やされたのか、それとも路傍に捨てられたのか。まるでゴミ扱いだ――施設からすれば、何の役にも立たない死体なんて、ゴミそのものなのだろうけれど。
棺桶に入れて弔ってもらえるだけ、星巫女は有難いのでは、なんて狂った感覚では考えてしまう。
部屋の置時計が、七つ鐘を鳴らした。藍空が眠っている間に、夜が更けてしまっていたらしい。
そういえば、眠る前の記憶がない。疲れていたせいで覚えていないのか、それとも倒れてしまったのか。
とうに陽は沈み、真っ暗な外には冷たい風が吹き抜けていた。
変に身体が重怠く、指先すら動かすのを億劫に感じる。全身が鉛になってしまったかのようだった。
それでも無理に立とうとすれば、軋むような頭痛に身体から力が抜けた。立つことすら出来そうにない。
喉の奥に違和を感じ、すぐにそれが咳に変わった。痰の絡むような咳に、朦朧とする意識。熱が出ているのか、とようやく理解する。
喉が腫れているせいか、声すらも出てくれそうにない。呼吸さえ危うい。息苦しさを誤魔化すように、何度も咳き込んだ。
視界が歪んで滲んでいるのも、やけに鈍く感じる思考も、きっと熱のせいだ。吐いた息が熱くて、忘れようとするかのように瞼を落とした。
こうして熱を出すことなんて、今までに何度もあった。もっと酷い環境下でも、藍空は生き延びてきた。だから、きっと大丈夫だ。
何の根拠もないそんな願いで、死の恐怖を紛らわそうとする。
眠ればまた悪夢を見てしまうような気がしたけれど、熱に侵された脳は碌なことを考えない。
普段は隠しているつもりでいた不安も恐怖も、抑えることが出来なくなってしまう。
徐々に重くなる瞼に抗えず、寝ているのか起きているさえもあやふやな微睡みの中に藍空の意識は飲み込まれた。
次に目を覚ましたのは、耳に馴染んだノックの音。
悪夢を見なかったことに安堵し、視線だけを扉の方へ向ける。
家の鍵が閉まっていることは確認したはずだ。だとすれば、ノックの主なんて一人しか思い当たらない。
「紅、愛……?」
呂律の回らない舌で名前を呼ぶと、思った通りの紅色が扉の向こうから顔を覗かせた。
長い髪を固く三つ編みに結い上げた、いつも通りの紅愛。
変わることない無表情の奥に、微かな心配の色が見えた気がした。藍空が勝手にそう思っているだけかもしれない、ただの気のせいかもしれないが。
器用に二つのプラスチック容器を手に持って、紅愛が部屋へと入ってくる。風邪が移るといけないから近寄るな、と伝えていたはずなのだけれど。
「藍空、大丈夫じゃないって言ってたから……だから、何とかしないとと思って」
相変わらずの、何を言いたいのか要領を得ない曖昧な言葉。理解出来ないのは、熱のせいだけではないだろう。
近くに置いてあった小さな机を枕元へ引き寄せ、紅愛はその上に二つの容器をそっと置いた。白い容器の片方からは、湯気が上がっている。
何を持ってきたのかと、重い上体を起こした。どこか懐かしい香りがして、張り詰めた冬の匂いと混ざり合う。時折点滅する明かりがやけに暖かく感じられて、泣きたくなった。
二つの容器には、それぞれ卵スープと桃の缶詰が入っていた。
「……これは、あなたが?」
藍空の言葉を肯定するかのように、紅愛は頷いた。紅愛に料理なんて出来たのか、とぼんやり考える。
ガスの炎を見て怯えていたから、普段は基本的に藍空が料理を担当していた。
それにしても――桃の缶詰なんて、買った記憶がない。中央政府から定期的に送られてくる仕送りは、藍空が管理しているのだから。
紅愛に渡していた一部のお金をわざわざ使ってまで、これを買いに行ってくれたのだろうか。藍空のために?
藍空は出来るだけ彼女との関わりを絶とうとしていたのに、どうしてそこまでしてくれるのだろうか。
スープの入った器を手に取る。じんわりした温かさが、プラスチック越しに伝わってくる。
すっかり記憶の薄れてしまった遠い昔にも、同じことがあった気がする。鼻の奥がツンと滲み、誤魔化すようにスープを口にした。
藍空がいつも作っているものと、寸分違わず同じ味。藍空の様子を見て覚えていたのだろうか。
冷えた身体が温まっていく。張り詰めていた心が解れていく感覚に陥った。きっと熱のせいだ、なんて。さっきから風邪のせいにしてばかりいる。
「藍空、泣いてる」
ただ目にしたものを告げただけ、といった淡々とした口調で、紅愛が言った。
泣いている?目元を拭うと、確かに濡れていた。気付いていなかった。
熱が上がって苦しいせいなのか、昔の記憶を想起させる光景だからか。それとも、紅愛の優しさが嬉しかったのか。
自分でも理由の分からない涙が、冷たい頬を流れ落ちた。紅愛の指が触れる。かさついた小さな手が、涙を拭い取っていた。
布団に膝をついて、藍空を心配しているかのように。泣かないで、と告げるかのように。
何も言葉を返せなくて、藍空は紅愛の頭をそっと撫でた。まるで、あの夢のようだった。
家族。小さな声で、紅愛がそう呟く。家族だからこうするのか、と。答えを求めるように、紅い瞳がゆらゆらと揺れた。
ずっと前に、そんな話をしたことがあった気がする。璃星と璃月が手を繋いでいるのを見た日、だっただろうか。もうその光景を見ることもない。
家族ではない。ほとんど空気のような声で、そう返した。
藍空にとって家族は、いつか裏切るものだから。目の前の幼い少女のことを、そう形容したくなかった。
紅愛は少しだけ寂しそうに笑った、そんな気がした。
𝕋𝕠 𝕓𝕖 ℂ𝕠𝕟𝕥𝕚𝕟𝕦𝕖𝕕...
₊*̥┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈☪︎₊*˚
✯𝕃𝕪𝕣𝕚𝕔✯
🔥生きる仕草が こうも簡単に
醜く映るのはどうして
⚖ひた隠す 熟れた熱情も
曝け出してしまいたいよな
⚖告げた言葉の意味に 今日だって
彷徨い続けてしまうのに
🔥遠い先のこと考えて
生きていける筈もないよな
🔥長い帰路の真ん中で
野良猫は優に笑っている
⚖それを妬むなんて下らない
⚖一人になって 🔥寂しくなって
🔥⚖また いびつな愛を望む?
🔥二人になって ⚖嫌気がさした
🔥⚖わるい夢なら 覚めて欲しい
✯ℂ𝕒𝕤𝕥✯
♋︎Cancer #星巫女_紅愛
🔥紅愛(cv.未蕾柚乃)
https://nana-music.com/users/2036934
♎︎Libra #星巫女_藍空
⚖藍空(cv.くろ)
https://nana-music.com/users/1544724
₊*̥素敵な伴奏をありがとうございました☪︎₊*˚
➴Kris様
https://nana-music.com/sounds/02bdc64e
✯𝕋𝕒𝕘✯
#Astraea #星巫女
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