決意はソーダの泡のように
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決意はソーダの泡のように
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馬車に揺られながら書かなきゃ良かった…シノは心から後悔した。頭が重くクラクラする。
「うう…馬車酔いした…!本とか読んじゃだめって聞くけど…書き物もダメだよね、やっぱり…」
しかし、ニフの言葉がどうしても頭をよぎるのだ。仕事が出来るエリートの所長…あの激務をこなすニフ先輩を今だに恐怖させる所長…あの所長…ああ!考えてはいけない!反射的に頭を振ると、フラフラと体がよろけて他の乗客に心配された。
レポートなんて出発前にとっくに書けていた。しかし、移動が半日もかかる…その暇な時間にどうしても考えてしまう。そんな出来の悪いレポートを出したのか?と言われてしまう未来を…。何かにつけてレポートを取り出しては書き直し、完璧!と喜んではまた取り出す…。繰り返したせいで、海の街へ着いた時には吐き気が凄い。これって酔ったのか…それともプレッシャー…?ダメだ、考えたら負け!と頑張って心を切り替える。
カモメの声と波の音、それをかき消す沢山の人々の喧騒。キリエも街を名乗っているが、ここは貿易の拠点…レベルが違う。門は無く簡易ゲートとして広く開けられ、何人もの兵が厳しい顔で来訪者を監視する。キリエは門をくぐる者は人かせいぜい馬車ぐらいだが、竜車、乗り物と傭兵として調教された魔獣、お付を何人も従えた籠など様々な者が行き来する。離れて改めて思う…その規模のデカさを。成程、これだけの往来と貿易による金銭のやり取りが生まれる都市、配属される理事会員が一人ではないのもよく分かる。酔いが覚め始めたシノに更なるプレッシャーが重くのしかかった。…時間が少しだけある…。理事会エリア本部へ行く前に少し甘いものでも食べよう…。フラフラと海が見えるカフェへと歩き出した。
真っ青な世界にプクプク泡が空へ飛んでいく。時折キラキラと雫苺が赤色を添える…。頼んだソーダの横に顔を据えて、グラスから世界を見つめる。一瞬この美しさに心が休まる。うふふ夏だなぁ…!つかの間の夏を楽しむシノ。そこへ絶対に聞き間違える事のない声が聞こえる。その声は私と同じソーダを注文した。シノは振り返る。
「あ!シノ…!おかえりなさい。早かったな」
優しく微笑むその姿、シノは真っ赤になる…。海のエリアの大切な色である青が使われた制服を着た青年…。
「せ!先輩!!何故ここに!」
「シノが帰るまで休憩を貰ったんだ。今日は仕事が少なかったしね。…あ、ソーダだ」
「あ、お、美味しいですよね!炭酸苦手なんですけど、夏に飲みたくなるっていうか…えへへ」
心做しか早口になるシノ。同席いい?と席に座ると同じ青色のソーダか運ばれた。
「学食みたいだな。…後輩に知っているシノが来てくれて俺は嬉しいよ」
大きな目がニコリと笑った。なんて幸せな時間だろう…まるでデートみたい…!シノは笑顔でソーダに浮かんだ雫苺をすくい上げた。
「この後のレポート発表、大丈夫そう?所長もとても楽しみにしてるそうだよ」
何一つ悪意のない笑顔で話す先輩。ちょっとしたデート気分が一気に崩れ落ちる。その奥にはプレッシャーという悪魔が蠢いている…。顔色をガラリと変えたシノは苺を口に入れる。その様子に少し慌てて先輩が口を開いた。
「あ、シノ…良かったら仕事の不安とかない?俺も対して長くは働いて居ないけど、良ければ聞くよ?」
シノはポツリポツリと話し始める。ニフに聞いた所長の話、初めての仕事としてのレポート提出、自分の実力への不安…。
「あはは、所長がたまに言ってる人ってニフさんの事なのかなぁ?沢山の失敗談も聞くけど、誰よりも素直で努力家だったって聞いてるよ。何か理由あって理事会員になった方らしいけど…。この前食事に連れて行ってもらった時にシノの話が出て、その時に多分ニフさんの事も聞いた。元気にしてるかなって…」
やっぱり、ニフの言っていた世話役は所長だったのだ。二人とも互いを覚えていて、思いあっているんだな…とシノは思った。
「何度も何度も泣かせてしまって悪かったな…って。その度落ち込んだけど、シノが新人と思えない程仕事ができるのを見て、俺の扱きは間違ってなかったんだなってほっとしたって笑ってたよ。シノは即戦力として、とても助かってると思ってらっしゃるよ?所長は。シノを育ててくれてありがとうって言わないとなって微笑んでらした」
先輩は食事での話だけで、シノが上げた不安を全て答えた。そのスマートさに畏怖を覚えつつも、優しさに涙が出そうになる。先輩は一口ソーダを飲んだ。
「まだ時間あるな…良ければレポート見てあげようか?直せるものがあるかもしれないし」
「いえ…!」
シノは断った。絶対に先輩に渡せばより良くなるのはわかっている。でも、先輩と所長の話に感動した。失敗したっていい。私と、ニフ先輩を見て欲しいと思った。先輩は黙ってシノの頭を一撫ですると先に戻って行った。ソーダの料金は既に払われていた。
「ふむ、ギリギリまで書いただろう?馬車で筆を走らせても直ぐにバレるぞ…?」
レポートの一部を人差し指でトントンとされる。あぁ、流石所長…小細工はあっさりバレる。しかし、美しい焦げ茶の髪を靡かせ、所長は微笑む。
「…素晴らしいプレゼンと面白い着眼点。情報の魔法のおかげで世界樹の魔道マップも正確だ。価値のあるレポートをかけた事、とても感動したぞ」
ただなぁ…所長はため息を着く。レポートを入れた封筒に小さなクッキーの欠片が着いていた。お前もニフと一緒で、食べながら仕事してるのか?…それとも、これはニフのか?アイツは全く…!
「ニフ先輩…あの所長を欺くのは無理です…あうぅ…」
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無事、報告書を提出して帰還しました。
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