最終話「Lost Gerden」
Lost Gerden
最終話「Lost Gerden」
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▹Main Story 04
「楽園の終焉」
前話 「異端」
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SS Only.
「…優羽奈」
呆然と目の前の少女の名を呼んだYuriは思わず尻もちをついた。
その様子に慌てて駆け寄ったGerberaが手を差し伸べ引き上げる。パンパンとYuriの膝を叩いてゴミを払うその様子は学校で目立つグループに突き飛ばされたYuriを____友梨奈を引き上げたあの時とまるっきり一緒。
心配する眉を下げた情けない顔も、誰にでも分け隔てなく接する心根の真っ直ぐさも。
間違いない。優羽奈、ボクの双子の妹だ。
「おや、知り合いだったのかい」
虚の穴の前に立つLoberiaは芝居がかった大振りな手つきで頭を掻き、そのくちびるに艶のある弧を浮かばせた。
笑みを浮かべてはいるがその目は酷く冷たい。
それも全く気に止めた様子のないGerberaは、目の前にあるYuriの顔をぺたぺたと触り、小首を傾げる。
「Yuri…Yuri…友梨、奈…?」
至近距離で満開の桜のような瞳に見つめられるとどうにも心地が悪い。
ぼんやりと視線をただよわせていたGerberaは突如はっとしたようにその体を震わせてたちまち恍惚の表情を浮べる。
「…会いたかった……!」
どうして忘れていたのかしら。
この場所のせい?それとも長いあいだ歩き回っていたから?ぎゅっと抱きしめられたことによってGerberaの声は近い。
そのとろりと溶けた声は砂糖菓子のように酷く甘く、Yuriの耳にすっと溶け込んでいった。
たしかに何故だろうか。
ボクはなぜ優羽奈を忘れていた?
あらためて目を合わせると、二人で過ごした日々を鮮明に思い出せる。
抜け落ちていたなにかが自分の中にパズルが嵌まるように戻ってきた。
心配そうに揺れるの春色の瞳は昔から何も変わっていない。
変わったのはボクのほう。
ああ…わかっていたんだよ。
優羽奈は何も悪くない。嫉妬して、何も出来ないボクがただ醜かっただけなんだ。
『 ずっと一緒にいようね。 』
ずっとむかしにした約束。
まだ誰かに勝手に評価をされることなんてなくて、二人でいられたあのころ。
ただそれだけで幸せだった。
「……あの頃に戻りたい」
「戻れないよ。だって、ここが私たちの終わりだから」
Lost Gerden。
世界から隔離された終焉の楽園。
ここから出てきたものは、未だかつていない。
研究者と名乗る男もいつのまにか消えてしまった。
「そうだ。私達はここでずっと変わらず存在し続ける、終わりというのもあながち間違いではない」
Loberiaは詠うように言葉を紡ぎ、思い返す。
許すことなど到底できない怒りを。
人間の醜さを、手放した最愛の人を。
「疲れてしまったの?」
Loberiaの一瞬の憂いもGerberaは見逃さない。
浮かんだ捨てきれぬ彼女の彼への愛情も。
「………」
「ねえLoberiaさん。教えて?わたしたち、本当はもう死んでいるんじゃないかしら?」
「!しん、で…?」
「永遠に変わらないなんて、ありえないもの」
「……」
Gerberaの質問に顔を青くしたYuriは、弾かれたようにLoberiaを見つめる。
ふぅ…、深いため息をついた女は重い口を開いた。
「ああ。ここに来た時点で、お前たちはもう…死んでいる」
「どういうことよ、それ」
ザリッ
足音を隠すことなく背後から現れたのは、Azisaiだ。
いつも凛と伸ばされた背すじ。だがその立姿に似合わず声はわずか震えている。
「つまり…この体はゾンビってこと?…私は、ここにいればずっと美しくいられるって…そう、美しく…ねえ…」
「…老いないことを望んだのは、お前だ」
「嫌よ…私は!!私は、そんなことにしがみつきたくない…!こんなの嫌…!」
思わず振り上げた拳はLoberiaに向かうことはなく、虚しく空を切り太腿の上で固く握りしめられた。
自身の体を搔き抱いては、譫言のようにいやだと呟いている。
「…でしたら、終わらせましょう?」
ひりついた雰囲気に似合わない、やけに明るい声だった。
声の主、Gerberaは集まった視線を気にした様子もなく、こてりと無邪気に首を傾げ微笑む。
す…。細い指先で指差すのは虚の穴。
「ここが、きっと終わり」
「け、けど!なにがあるかわからない!もしかしたらただ底があって暗やみのなかで過ごすだけかもしれない!ずっと…ずっと!ボクはそんなこと耐えられない!」
「『ずっといっしょ』よ、友梨奈。もし本当に暗闇なら怖くないように手を繋いでいてあげる。昔歌ったあの詩を2人で歌いましょう。それはきっとあの家よりも、ずっとずっと幸福だわ」
白く震える指をGerberaは優しく包み込む。
会いたくなかったのに、嫌いだとすら思ったそれは驚くほど温かかった。
「……間違いなく、この穴に入ると消滅する。それは私が保証しよう」
淡々と告げるLoberiaはうつむいてその表情は全く伺えない。
いままで屠ったものを思い返しているのか、はたまた。
「…友梨奈」
「ボクは、ずっと優羽奈がうらやましかったよ」
「うん」
「なんでもできて、みんなに好かれて」
「…うん」
「憎かった、側にいてみじめだった」
「…そう」
「でもね、それでも」
「ボクは優羽奈となら、地獄に落ちてもいいと思う」
どうかしてるよね。ボクたち。
繋いだ手を固く握り締めたまま、Yuriはくるりと体を反転させ虚の穴に背中を預けた。
ぐんっと重力に落とされる体、内臓が上がるような不快な浮遊感。
ああ、本当に終わってしまうんだな。今までの幸せとは言えない人生を思い返す。
けれど満面の笑みのGerberaを見て、満足気に笑った。
どこにも居場所がなくたっていい。二人でいよう。
零れた涙は空に舞って、まるで花びらのようだった。
「……Loberia。」
「どうした」
「私もいくわ」
「そうか」
「いずれ終わるのなら、私の意志で終わらせたいの」
「…馨子っていうの。私」
「……」
「そこは名乗るところでしょ、全く」
____本当に最後まで偏屈な女。
困ったように笑った麗人は、消えるその時まで美しかった。
「…ろべりあ、さん」
「Anemone」
「みなさん、しあわせそうでした」
「…幸せ、か」
「わたしは、あなたにしあわせになってほしいって、おもってます」
いつのまにかそばに居たAnemone____涼杏の目は、間違いなくLoberiaをじっと見つめている。
普段視線の合うことのない瞳は真剣な色を湛えていて、刹那くしゃりと歪んだ。
「…おうじさま、まってますから」
「………」
「…あなたも、まってるんじゃないですか。だれか、たいせつなひとを」
「たいせつなひと…。」
最後に私を信じてくれなかった、あの人。
大切な人だって?笑わせる。
なのにどうして。
『るり。』
あなたはそこで手を差し伸べるの。
私を見捨てたじゃない。
『ごめん』
魔女だって信じたんでしょう。
『…うん、あの時は』
探してもくれなかった。
『探したさ。全てに気づいた後に』
…。
『なあるり。もう、いいだろう』
…………ばか。
『うん』
「会いたかった、総次郎さん」
涙なんて枯れたと思ってたのに。
どうしてとめどなく溢れるの。
息が苦しいのに、つらいのに、こんなもの幻かもしれないのに。
私はあなたに会いたかった。
「…行っちゃった、カ」
ゆらり、ゆらり。
踊るように歩く道化師がひとり。
虚の穴の周りを軽やかに跳ねる。
Saffronには人の悲しみがわからない。
心の機微は理解できない。
会いたい人などもう思い出せない。
主を失った楽園は緩やかに崩れていく。
蔦はほどけ、廃墟は砕けるように。
その中でSaffronは軽やかに鼻歌を奏で、空を見上げる。
「あ、レ?」
頬に伝う一筋の泪。
両親を喪ったときにもでなかったそれが、タガが外れたように零れ落ちて止まらない。
____ああ、アタシ
「寂しいんだ」
呟いた言葉は、落ちた瓦礫と共に消えた。
END
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