
WORLD'S END
十六夜マリオネット
Episode.5 「潰えた希望と桎梏人形」前編 白い塔が、燃えていた。 真っ暗な海と夜空の元で、赤々と炎を宿して燃えるその塔は、一本の蝋燭のようだった。 塔の最上階に眠っている蝋燭を灯すと願いが叶うという月の塔は。 誰かの願いの破片と共に、燃え上がった。 燃え盛る見慣れた紅。紅はリーンの好きな色だった。リーンの根幹を形作る大切な言葉を教えてくれた彼女は、紅い髪をしていた。 どこか遠くから、哄笑が聴こえる。甲高い、狂った笑い声が。 明らかに異常な声色。臆病者ならその声だけで逃げ出すだろう。 だけど、リーンの中に不思議と恐怖はなかった。――否、ただ聞き慣れていただけだった。 炎の中にいるであろう彼女の、狂った笑い声に。 リーンは、感情のない人形だった。前線で人間の指示通りに戦うために作り出された人形だった。変わらない日々に、続く戦争に、疑うことなく指示に従い続けていた。疑う、という思考回路すら持たなかった。 そんなリーンに、初めて笑いかけてくれたのがエレノアだった。 敵軍の後方部隊を襲撃する際、一緒に戦うことになった彼女は、戦場でも柔らかい優しさをリーンにくれた。過酷な任務中、リーンのことを気遣ってくれた。感情を持つ彼女は、リーンの数倍辛い思いをしているだろうに。 彼女はリーンにとって光だった。心を持たないはずのリーンなのに、何故か彼女といると心が温かくなる気がした。 エレノアは、リーンにとって初めての「友達」だった。友達という概念が何か知らなかったけれど、エレノアはこの関係をそう形容していた。 「世界には、『輪廻』っていう考え方があるの」 いつだったか、彼女が語った言葉。忘れられない言葉。 どんな人も物も、死んだり壊れたりして役目を終えれば、別の世界で別のものとして生まれ変わるのだという。 それならば、感情を持たないリーンであっても、エレノアのことを理解出来るようになるだろうか。 今はまだ無理でも、ちゃんと、本当の友達になれるだろうか。 いつか、生まれ変わったら。エレノアの本当の友達になりたい。 それが、リーンの胸に秘めたたったひとつの願いだった。 なのに、どうしてこうなってしまったのだろう。 大戦が終わってしまった後。行く当てもなく彷徨っていたリーンは、運よくエレノアと再会することが出来た。顔見知りの人形であるセシリアと、二人で歩くエレノアを見つけることが出来た。 だけど、エレノアは。最後に会った時とは別人になっていた。 大好きだった優しい微笑みは見受けられず、代わりにあったのは歪んだ笑みだった。 戦争が終わってもなお、エレノアは戦う相手を求めていた。殺すべき敵を求めていた。 隣にいたセシリアでは止められないほどに、歪んで狂いきってしまっていた。 それでもリーンは、エレノアを見捨てられなかった。リーンにとって、エレノアは友達だった。感情のない自分は偽物の友情しか抱けないかもしれないけれど――それでも確かにエレノアとリーンは友達だった。 だから、エレノアを止めたいと願った。無意味となった殺戮を求め繰り返すエレノアを、止めなければと思った。 その結果がこれだ。リーンとセシリアが止めても「月の塔へ向かう」と言い張ったエレノアは、二人を振り切った。当時は一番の新型で高い性能を持ったエレノアに追いつくことは不可能だった。 それでも止めなければと思い、リーンはセシリアと二人、月の塔を目指した。 炎の中からは再会した日と同じ哄笑が聞こえてくる。エレノアがいるのは間違いなかった。 「……どうします?」 鮮やかな桃色をリーンの方へ向け、セシリアが訊ねた。彼女の瞳と唇は、いつも通り甘ったるい色をしている。 リーンはどうすべきか。どうしたいか。答えなんて決まっていた。 「行こう」 短くそう告げ、リーンは炎の中に足を踏み入れた。一瞬の躊躇の末、セシリアが着いてくるのが分かる。 リーン達を製造した国は、技術力が高かった――炎程度では、傷がつかないくらいに。 人形は呼吸を必要としない。身体が壊れてしまわない限り、エネルギーが尽きてしまわない限り、永遠に動き続けることが出来るのだ。 真っ赤に染まった視界の中、リーンはエレノアを探した。崩れていく塔の中、足場が酷く悪い。転びそうになりながら、不格好のまま、リーンは必死に塔の内部へ駆けた。 見慣れた紅い髪が、炎の中で揺れた。 「エレノアッ……!」 一面の紅の中、発せられた声は酷く掠れていた。足がもつれて転びそうになる。 見慣れた大好きな金の瞳が、こちらを見据え振り返った。と同時に、大きな鎌が振り下ろされリーンの足場を崩す。 エレノアは、リーンのことを認識出来ていないらしい。それとも、認識した上で殺そうとすることを選択しているのだろうか。 それなら、リーンに出来ることはなかった。諦めそうになる心を叱咤し、何か他に手段がないか探る。塔の上部から転がってきたのだろう、一本の煤けた蝋燭が視界に飛び込んできた。 「月の塔の頂上の蝋燭に炎を灯すと、願い事が叶う」 そんな噂を聞いていた。炎ならすぐ側にあった。この蝋燭に火を灯せば、願いが叶えられるのだろうか。エレノアのことを、止められるのだろうか。試す価値はあった。 転がる蝋燭を拾い上げ、炎に近付ける。小さな音と共に点火し、小さな灯火が頼りなくゆらゆら揺れた。 リーンの願い。エレノアと、本当の友達になること。 だけど今は、それ以上に大切なことがあった。エレノアを止めること。こんなことは辞めさせること。 自分のたったひとつの願いより、それを叶えたいと思った。無理矢理にでも、止めさせなければと思った。 「私の、願いは」 相変わらず一色に染まった視界の中で、そう口にし――それと同時に、身体から力が抜けた。後ろから、刺されていた。首筋に深く刺さった短剣には見覚えがあった。 リーンの国で製造された人形には、必ず緊急停止用の防御装置が設定されている。エラーを起こし勝手な行動をする人形を処分する際に使われるもの。そこを攻撃すれば、必ずその人形を殺せるという弱点。普通の武器では、リーン達を殺すことは出来ないから。 その弱点はこめかみだったり、手首だったり。個体ごとに違っているけれど――襲撃者は確実に、リーンの首筋を狙って刺した。リーンの弱点である首筋を。 「セシ、リア……?」 感情のない桃色の片瞳が、リーンを見下ろしていた。眼帯に隠されていない左目の、長い睫毛が揺れる。 無言のままのセシリアは、刺さったままの短剣を抜き。リーンに向けてもう一度刺した。 彼女がリーンを殺そうとしていることは、疑うことなき事実だった。 鋭い痛みが走り、諦めたように目を閉じる。 どうしてセシリアがリーンを殺そうとしたのか、何も分からないまま。エレノアのことは止められないままだったけれど。 紅色に包まれて死ねるのなら、それなりに満足だったし、仕方のないことだとも思った。 生まれ変わった先で、またエレノアと友達になれますように。 そんな輪廻を祈り、リーンは静かに目を閉じた。 ゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜ 🌹見果てぬ明日を信じてないのは ⛓凍えた昨日が足を掴むから 🍭かさねた指先 小さな祈りが 🌹少しずつ遠くなっても ⛓たとえば刻むほどに 🌹消えてく想いなら 🍭確かなものだろ (🌹WORLD’S END) 🌹🍭⛓I will never lovin' you 🌹🍭なにを失っても ⛓I want この声が誰に届かなくても 🌹🍭⛓I just want to scream at you ⛓🍭すべてじゃなくていい 🌹I want 向かうべき場所なんてないとしても ⛓Now hands up (🍭🌹hands up) 🍭&Carry on(🌹⛓Carry on) 🌹Shout louder(🍭⛓louder) 🌹🍭⛓All I want 🍭is break it for you again ゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜ 🌹エレノア(cv.ここあ) https://nana-music.com/users/1310845 ⛓リーン(cv.SHiNRi) https://nana-music.com/users/7033955 🍭セシリア(cv.だんご) https://nana-music.com/users/8087489 ゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜ #十六夜マリオネット SS:柚乃
