Happy White day!(しろ)
秘密結社 路地裏珈琲
Happy White day!(しろ)
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部屋で本を読んでいると弟がなんだそれはとうるさいので、僕は適当に取り入って飼い慣らしたヒトの女の部屋に上がり込んで読書を楽しんでいた。
女は今日も寝ている。夢の中でしか会ったことがないので、起きて僕を目の当たりにしたら、悲鳴をあげて卒倒するかもしれない。僕は起こさないように、ベッドの足元に寝そべって、街で流行っているらしい恋愛小説を捲っていた。
悪魔は、人間と性質がまるで違う。人間に対してとてつもない侮辱と取られるような行動が、僕ら悪魔の礼儀作法だ。そう言うものとして、僕らは創られた。
人が忌避して、互いの結束を固めるために存在する、スケープゴート、それが悪魔。
悲鳴と憎悪は僕らへの最高の賞賛だから、別にそれで悲観して落ち込むようなこともなかったのだけれど、当たり前だったそんな思考回路に、最近一石を投じられてしまう。
それが、この本だ。
“夜の街には、アイツは来ない”。
その小説には、理不尽な現実に絶望してやけを起こした若い男女が、退廃的で爛れた幸せを分かち合いながら、迷いながら、ゆっくりと堕落して心を蝕まれて行く様が描かれている。
人に生まれた彼らは、人を全うすることなく、慣れない悪魔の真似事をして、わざわざ死にゆく。僕らの感覚で読めば滑稽な話で、どちらかといえばコメディに分類される話である。ただ、醜く無様なはずのその様子は何故かとても美しく、僕がそれを疑問に思っている旨口にしたら、数少ない人間の友人であるミウラという運び屋が教えてくれた。
「何故なら、二人の間には恋と愛があるからだ」
ミウラが帰り際、慌てて荷物をひっ繰り返しかけた時に落ちた、チョコレートを勝手に開封して、メッセージカードを握りつぶし、僕は無造作にそれを噛み砕いて咀嚼する。
ちょうど物語終盤、舞台は電車のホーム。女が堕ち切った男に“もうこんな人生はやめにしよう”と涙を流し、抱き締めて、男はそんな女を投身自殺に唆し誘うシーンだった。すれ違った二人の“やめる”の解釈を繋ぐのが愛や恋だとしたら、この女は、最後にどのような選択をするのだろうか?
この女は、悪魔のようなろくでもない男でも、最後まで愛せるのだろうか?だとしたら、憎まれるのがお仕事である僕ら悪魔の存在意義は?
最後の章に差し掛かる前、僕は不意に、チョコレートにわざわざ色違いの細い線で細工が施してあったことに気がついた。
細かく描かれたレースのような模様は、骨が折れる作業だったろう。僕が空腹を紛らわすため、ろくに味わいもしなかったこれも、恋や愛の結晶だったのだろう。妙に口の中が甘ったるくて落ち着かず、いっそ吐き出そうかとも思ったのだが、女がううんと声をあげたので、僕は慌てて部屋から姿を消した。
「恋、ね」
チョコレートの風味が、不気味に舌に焼き付いて剥がれない。
まるで聖水を飲んだかのように、喉がイガイガして気持ち悪い。
今までこんなことは一度たりともなかったというのに。
読み終わらなかった小説の最後が、急に読んではいけないおぞましいものであるような気がして、僕はそれっきり、あの女の部屋に行くのをやめてしまった......。
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真正の闇の生き物“悪魔・兄”。
王子様に、ちゃんとなってくれるのか......!?
ハッピーバレンタイン!
運命の王子様xしろ
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