朗読台本「Dear. 」

あなたのお名前

＊・＊・＊・＊・＊・＊・＊ 手紙を、書いている。 もう何年も、何通も、ずっと。 最初は友人に宛てて書き始めたそれを、 ただの一度も、ポストに入れたことがない。 住所を書いて、時には切手も貼って、封をする。 それで、おしまい。 丁寧にのり付けされた手紙たちは、二度と開かれない。 誰にも読まれないまま、ただ静かに、きちんと、 引き出しの中に重ねられて眠っている。 会わなくなったいとこに宛てたもの。 古い友人に宛てたもの。 なつかしい先生に宛てたもの。 過去の自分に宛てたもの。 その中身を、わたしは覚えていない。 毎日書いては、忘れていくから。 出さない手紙を書き続けて、届かない言葉を並べ続けて、 それでもまだたぶん、わたしは、待っている。 いつか誰かがそれを読んで、 笑って抱きしめてくれるのを。 ほんとうに言いたかった言葉たちを、 口に出せなかった言葉たちを、 誰かがみつけてくれるのを。 ＊・＊・＊・＊・＊・＊・＊ 届かない手紙を書くひとの話、でした #幸台本