道標と軌跡の先に
LiSA
道標と軌跡の先に
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雷雲が去ったように、風邪の不調は消え去っていた。軽々と起き上がる己に驚きや喜びはあったが、感情を置き去り、体が勝手に作業台へと進んでいく。…あの、約束と意地と…自分の全てが待つ机へ。窓はすっかり昇りきった昼の日光を飲み込んでいる。…ギシッ。椅子に座る…右手にノートとペン、左手の下には設計図の海、周りを工具と材料が埋めつくしていた。中央に鎮座するのは…
「…なんだろうな?サヨナラ…そんな気持ちだ。そろそろ完成なのは分かるけど、この気持ちはなんだろう。お前はどう思う?依代銃…」
『私では、ここまでたどり着けなかったろうな』
「トール、雷電は奔る奔る…。よし、良いぞ…単一の私の意思ですら正確に銃に流れる…悪くない」
『私にはこんなに集められなかっただろう。材料、技術、技巧…人の想いを…』
❝お前は何度も何度も…そして今も立ち向かってきた。吾輩もまたお前と共に闘ってきた❞
「上手く弾倉まで魔法が流れた…泪の器…これが一番安定して魔力を溜められる」
『躓いては、起き上がって…ジーグは常に貪欲なまでに探し求めた』
❝どうか、進む道を1人で歩かないでね。道の途中で色々な人が君を導こうとしてるのが見える…❞
「ハンマーを引くと…泪の器をはめ込んだリズムを鳴らす…。よし、狂いのないリズム。これで憑神はトリガーに反応できる」
『最初は君の小さな提案、私はそれに乗った。2人で生み出し、2人で作るだけの小さな世界を…』
❝ねーちゃんは儀式をした次の日は人に会ってはいけない決まりなんだ。でも、約束は守るよ!ほら、これ!❞
「グリップの芯にと照星に憑神交心の呪詛を掘り込んである…握る事で心を交わし、照準を定める事で意志を伝える…」
『ジーグ、君は…今では人々を巻き込んだ大きな夢に昇華し、花開こうとしているんだよ』
❝選択は…私は正しいの?創る時のワクワクまで絶望に塗り潰されたら…怖いの。でも、可笑しいでしょ?嬉しいの…私…嬉しいんだよ…ジーグ…❞
全てが整った。全てのキャストはこの小さな銃に集約され、ジーグの右手に握られている。たった1人の部屋に溢れ出す縁の声。ジーグは振り返らずに部屋を出た。ついに掴んだゴールを試す為に。
世界樹の森深く、自力で切り開いた土地。そこには的が書かれた沢山の紙があちらこちらに貼られていて、周辺の木々は何かで撃ち抜いたかのような傷がチラホラと見えた。作り上げた武器を最終チェックするための、ジーグ手製の試験場だ。
『さあ、始めよう。私達と、そしてジーグが新たに生んだ繋がりの夢を…』
「放て!トール!!」
バリバリバリ!雷の力をそのまま弾にした銃撃はまるでビームのように放たれると、ジーグの意志通り的を撃ち抜いた。
『歩みを止めるな』
「まだだ!放て、トール!」
今度は大量の魔力を溜め込み、的にした岩を見事粉々にした。…短い詠唱で、意思をなぞる様に思い通りの銃撃を放てる。魔法ほど広範囲ではないが、銃の特性が魔法に加わり、攻撃にバリエーションが増える。何より制御の難しい魔法の補助としてこの上ない働きをしている。憑神の宿った魔法武器…その名に恥じぬ出来栄えだった。
…連打、遠距離射撃、動く的への射撃…試し打ちは90を優に超えた。それだけの連続使用にも故障せず耐えている。銃器の扱いを知っていれば問題なく扱える…ジーグは確信した。しかし…
「弾倉からの魔力の流れがおかしい…使う程に滞留してるかのような…」
98発目に不発を起こし、99発目は全く的を打てなかった。…何故だ?全てが完璧。どんなに見回しても原因が見当たらない。劣化も見られない…何故だ?何故なんだ!ジーグは両手で顔を覆った。
「ここまで導かれて尚私には…作れないのか…」
『ジーグ…ジーグ。まだだよ?顔を上げて』
ジーグはゆっくりと手から顔を離した。そこにはアイツの名前が刻まれた工具、砕いてしまってから無くしたと思った蛍石が見えた。こんなもの持ってきただろうか?と疑問が過ぎったが、それより先にジーグの手はそれらを掴んだ。ジーグの手の横にもう一つの手が蛍石の光を帯びて現れた。見覚えのある、指が長くて器用そうな人間の手…。その手がジーグを導く様に動き始める。光の手の動きに合わせてジーグは手を動かす。握った工具で銃を解体し、リボルバーと銃器を削り、形を整えた蛍石といくつかの部品を接続し、銃をまた組み直す。
『神の手、天才技工士…人の求めに答える道を私は選んだ。後悔はない…それがどれだけ愚かな選択だったとしても、私は道を選んだのだから。でも、未練があるとするなら』
『「こうやって、一緒にものを作りたかった」』
静かに立ち上がったジーグは、最終チェックとして、最大出力の魔力を込めた。根詰まりを起こしていたのが嘘のように、大量の魔力を全て銃撃に転換する事が出来た。
『おめでとう、新たな神の手ジーグ…』
「いや、お前を越すことが私の全てだったけど…それは無意味だった。私は私の道を進んでいく。私は、己の頂を登るんだよ」
サヨナラ…親友。愛する人よ…。
ジーグはその足で未来へ進んで行った。答えを待ってくれている彼の元へ。
『ありがとう、トール神』
『いいや、吾輩の試練に答えた片割れと、プロメテウス神のお陰だ。礼には及ばぬ』
誰もいなくなった試験場に、赤い石が埋め込まれた箱が蓋の開いたまま転がっていた。中にはもう何も無かった。
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「依代銃」が完成しました。
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