天守物語 終章【二人声劇】【台本】
泉鏡花
天守物語 終章【二人声劇】【台本】
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天守物語は大正時代の幻想作家「泉鏡花」の戯曲。短めに簡略改編しております。
同時代の作家中島敦は泉鏡花を評して
「彼の作品は今の若い女子には好かれないかもしれないが、日本に生まれて彼の作品を読むことが出来るのは日本人だけの特権であり、それを読まぬ者はその特権を自ら捨てている」という言葉を残しています。
美しい日本語の響きを味わいながら
読んで戴ければ幸いです。
(登場人物)
豊姫(姫路城天守に棲む美しい妖怪)
図書の助(罪に落とされ天守に逃れた若武者)
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図書 「姫君、どこにおいでなさいます。私は目が見えなくなりました」
姫 「何と申しようもない。
貴方お覚悟をなさいまし。
討手(うちて)は直ぐ引返して参ります。
ああ口惜しい。ただお生命(いのち)さえ
助けられない。堪忍して下さいまし」
図書 「くやみません!姫君、あなたの
お手に掛けて下さい」
姫 「ええ、人手には掛けますまい。
貴方お一人では逝かせませぬ。
お天守の塵(ちり)、煤(すす)ともなれ、落葉になって朽ちましょう」
図書 「やあ、何のために貴女まで。
美しい姫の、この世にながらえておわすを土産に、冥土へ行くのでございます」
姫 「いいえ、私も本望でございます、
貴方のお手にかかるのが」
図書 「真実(まこと)のお声か、姫君」
姫 「ええ何の。――そうおっしゃる、
お顔が見たい、ただ一目」
図書 「ああ、私も、もう一目、あの、
気高い、美しいお顔が見たい」
姫 「前世も後世(ごぜ)も要らないが、せめてこうして居とうござんす」
図書 「や、討手が下で叫んでいる」
姫 「私は貴方に未練がある。いいえ、
助けたい未練がある」
図書 「猶予をすると討手の奴、
人間なかまに屠(ほふ)られます、
貴女が手に掛けて下さらずば、自分、
我が手で」
姫 「切腹はいけません。ああ、是非もない。それでは私が御介錯(ごかいしゃく)、舌を噛切ってあげましょう。
私の過ちで貴方様を死なせてしまうとは。
千歳(ちとせ)百歳(ももとせ)に
ただ一度、たった一度の恋だのに」
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