「短編再消化:楽しい話があるんだ」(柚月)
秘密結社 路地裏珈琲
「短編再消化:楽しい話があるんだ」(柚月)
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「ねえねえ、君それ、何作ってるんだい」
僕がその辺の床で捕まえてきた猫達を両手に、彼女、柚月ちゃんの手元を背後から覗き込んだら、彼女は朗らか且つ柔らかな笑みを浮かべて、“理想の抹茶菓子です“と振り向いた。
ルーペ、なんだかよく分からない刃物、石臼に、菓子というよりはお鍋の具材に最適な材料の数々。
......僕は、猫に黙るよう言いつけてもう一回、同じ質問を繰り返した。
いい加減度が合わなくなってきた上に、最近ちょっと老眼まで入ってきた気がする僕の眼鏡より、用意してあったルーペの方が眼によく馴染んだ。ピンセットで葉っぱをチェックしては摘む、暇つぶしに丁度良い仕事を貰ったおかげで、猫は早々にお役御免。
今駄々っ広いカフェのキッチンには、文句に近い僕の独り言と、柚月ちゃんが作業する炊事っぽい音だけが反響している。
最近、街はあちこち流行病が蔓延しているから、自宅で手の掛かる小麦菓子を作る連中が増えているとは聞いていたけれど、彼女もまたその一人であったとは、今の今まで知らなかった。なんせ、同じ飛空挺内に居ても、お互いインドアをこじらせていて会う機会が滅法少ない。そもそも、僕は彼女とビジネス以外であまり会話した記憶もない。
だからこれが、おそらく僕らが初めてまともに交わした最初のお喋りだ。
「...柚月ちゃんさ、お茶っぱから挽くの面倒くさいよ。あれ使おう、高いお抹茶持ってるじゃない」
「じゃあ、サトウさんは効率の為に理想を捨てて、粉の珈琲豆使うんですか?」
「それはやだ」
「そういうことです」
「でも僕は珈琲にやたらめったらすり下ろし野菜をぶち込もうとはしないよ」
「健康に寄り添ったお菓子には必要なんです、豆と違って小麦粉と卵は裏切りません」
「まさか、まだ怒ってるの?前にお茶っ葉のことバカにしたのは悪かったよ」
生姜やらトロロ芋やらがすり潰されて、ケーキの生地に混入されてゆく。すでに着色された緑は、僕が選別したお茶っ葉のものではなく、並んでいる葉物野菜のどれか由来だろう。完成するものの味や形は全くもって分かりゃしなかったけれど、そこに置いてある流し型がシフォンケーキのそれであったので、おそらくスポンジ菓子には成る......多分。
それから、僕はもう何をいくら入れたかなんて野暮なことを数えるのはやめて、柚月ちゃんが将来どんな大人になりたいかひとしきり聞いて、いつか行ってみたい街の話をして、何をしている時が1番嬉しいかって、器がオーブンに入るまで沢山沢山話をした。
ちなみにその後、オーブンから出てきたのは、気合の入りすぎで大爆発したメレンゲのせいで、器から溢れ出たラフレシア状のスポンジ菓子だったけれど...。
頭を抱える彼女の後ろ姿を写真に収めながら、その指でイトウくんに送ったLINEはこうだ。
「君んとこの健気なお嬢さん、野菜不足の上司と友達に、すてきなお菓子を作ってくれたみたいだよ、と」
喉元過ぎれば、万物全て血肉を作る栄養となる。
同じように、月日が過ぎれは全てが思い出に化ける。
殊更、彼女がかけた手間隙のおまじないで、すっかり幽玄柚月という人間を好いてしまった僕の中では、きっとこれから良い思い出へと熟成されるに違いなかった。
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「正直これシフォンケーキじゃないけど、ふわふわで僕は好きだよ!」
サトウさんは柚月ちゃんの今後に期待している見たい。
ちょっとサトウさんと仲良くなりました。
※時間が空いてしまった受理作品を使用し、少しお話の状況を変えています。
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