「囚われの文化財」(ばーべな)
秘密結社 路地裏珈琲
「囚われの文化財」(ばーべな)
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恐怖の気持ちというのは、逃げると追いかけてくる隣の家の猛犬みたいなもので、案外こちらが知らんふりを決め込めば、肝が座るものらしい。ばーべなさんが自信満々にそう言うので、僕はできるだけ何も考えないようにして、本当にタネも仕掛けもない、彼女の超能力...いや、手品を部屋の隅から眺めていた。
全くもってダメだ、全然だめ。怖いものは怖い。
あれは作戦開始の前日のことだ。“真っ当な金なんか稼いでるうちに買われていっても、誰も後悔なんか聞いちゃくれないんだよ”。その一言が、人の話に従わない事で定評のあるサトウさんに、分かったと言わせ、当初予定されていた、健全かつ安定感のあるお仕事を白紙に返してしまった。
飛び交うハトと札束、フォークが曲がれば金貨の投げ銭。僕はいま、よりにもよってマフィアの偉いおじさん達がわんさか集まる、楽しい食事会に、高額ギャラで凄腕手品師のアシスタントとして選出され、同伴して居る。
なんで僕って、一番胡散臭さがなくて堅気だと信じてもらいやすいからだと言われた時には、流石に慌てて待ったをかけた。小指の関節が人より少ない人種のみなさんからしたら、誰を連れて行こうが大概全員堅気に見えますって抵抗したし、自分の誠実さをこれほどに呪った日はない。けれどあの晩、友達の友達の為ってだけで、自分の身をチップに換えて大博打に打って出たばーべなさんが、この僕を必要としてくれたという事実。それを、夕飯と一緒に咀嚼しているうちに、僕の中で何かしらの間違いが起こってしまったようだった。
「ところで、そろそろこういうオママゴトはお終いにして、今日一番の手品があるんですよね」
やんやの大喝采をまあまあと、ばーべなさんが手で制す。本番はこれから。いよいよ、彼女が僕にだけ教えてくれた、とっておきの手品が始まるのだ。開始の合図は、急に威圧的になったヒールの鋭い一撃で、台本通り、グランドピアノに飛び乗ったら、脚を組み換えた彼女が、女王様に早変わり。
「何もないところから、大量のお金を産み出す、差し詰め錬金術って感じのアレなんですけど」
アシスタントの僕が白壁に映し出すのは、この場に居合わせた人々の犯した罪の総集編であり、世に出てはいけない文面、写真の数々。ざわつく会場に伸ばした両手で、これからとんでもない額のチップを抱いて帰るつもりの彼女は、残念ながら怒声くらいじゃびくともしない。例えこれが最後の晩餐だって、今日の彼女は、冷えた皿なら突き返す。
「最初に言ったでしょ、私の手品はすごく楽しいけど、ギャラ高いって」
壮大なイントロを終えて始まった、ばーべなさんの“お金を産む手品”に、恐怖の原因、交渉用に持たされた起爆装置を手にした僕は、得意の善良な一般人面で、にこやかに拍手を煽ったのだった。
“大丈夫、ヤクザなんか怖くなくなっちゃう手品考えてきた”。
あの日彼女が僕にだけ教えてくれたとっておきの手品は、大成功を収める。
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マフィア相手に大ビジネス。
ばーべなさんが、500万稼ぎました。
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