空いたカップにおかわりを
ヨルシカ
空いたカップにおかわりを
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「…チラシ撒いてみるもんだ…意外な来客ってのは、なんだか楽しいもんだな」
少し汚れてくたびれた作業着、煤のついた顔、ボサボサの髪に小さな花束。なんで花束?と思いつつ、頭を掻きながらひらりと揺らめく色の群れに、ジーグは綻んだ。
「手ブラでは失礼かなと…お花はお嫌いですか?」
「あぁ、いや…好きだよ。ただ、あまり向き合ってこなかったなってな」
花束なんて似合わないよな…と思いつつ、嬉しそうにジーグを見つめるフィーの顔を見ると悪い気がしない。細長いツールを入れていた容器を綺麗に洗い、彼女の囁かな心遣いを飾った。
「んで、チラシを見てきたんなら、何か作って欲しいものがあるんだろ?話してくれないか」
キリエでは珍しい珈琲を出す。脇には砂糖とミルク…花のお礼だとジーグは啜りながら言った。
「…武器です…!!」
言葉はどこかで強く力んでいる。ジーグはカップに口をつけたまま眉を上げた。
「…武器が…欲しいんです。わ、私…フェアリーだから体も小さいし…戦ったことも無いから魔法だって上手く使えないかも…えっと…このままじゃ何かあったら困るかなって、強くなったら…」
「強くなったら?」
ジーグの言葉に言葉が詰まった。目を丸く見開いて視線を返す事しか出来ないフィーにジーグは気だるげに言葉を続ける。
「強くなったら…なんなんだ?何かあったら困るって言うよりむしろ、何かがあるから武器が欲しいと言わんばかりだな…」
「えっと…も、もし泥棒がきたりとか…植物採集にモンスターに襲われたりとか…世界樹の森で襲われた事もあって、そ、そんな感じです。だから」
すっと2杯目をフィーに差し出す。たっぷりの砂糖にミルクの入った、淡いキャメル色。美味いぞ、飲んでくれ…無表情だが優しい響きでジーグは囁く。フィーは喋るのをやめて飲み始めた。
「…いいな」
「え?」
「いいな、花。綺麗だ」
「…甘くて美味しいです。珈琲は希少な輸入品だから…2人でお茶するのって、とても幸せですね」
あぁ…ジーグは無表情で頷いた。そこから先、話す事はなかった。浅はかだったな…あの手帳を読んで何でもいいから力になるものをなんて…それはジーグさんの仕事に対して失礼だ。本当に欲しいものが出来たら、また頼みに行こう。フィーはチクチクと痛む胸を抱えて家路についた。
今日もキリエの大きな植物園の小さな園芸店はお花でいっぱい。お店に出す為の花々にジョウロで雨を降らす。幸せそうに水を浴びる緑…いいな…この子達は雨に打たれても、それを糧にこんなに綺麗に咲けるのに…私は悲しくて心に雨が降っても、水浸しのまんま…。
「…邪魔する」
驚いて心臓が口から出るかと思った。誰もいないと思っていた空間にジーグが立っていた。
「なんか、ずっと元気ないよな。…あぁ、どっかのキザなエルフなら、こんな綺麗な場所にかこつけて上手いこと言うんだろうけど…」
頭をボリボリと掻きながら、バツが悪そうに己の不器用さを嘆いた。その姿にさっきまで沈んだ心に、ぷっと笑いが生まれる。
ここではなんですから…とジーグを店まで通した。いそいそと茶菓子を用意するフィーと、珍しそうに店をキョロキョロ見渡すジーグを1枚だけ飾られている絵画が見つめた。
「いい店だな。さとらやヤミィの店も見たし、ニフとシノの役所もそうだけど、それぞれの個性があって、見てて楽しい」
「あ!分かります!!素敵なお店見ると真似たくなるけど…やっぱりその人の居場所なんですよね。部屋は特にそうです!前お邪魔したメアリさんのお家素敵だったなぁ。古い家にショーの小道具が飾られてて…」
「よかった」
「え?」
「顔。前依頼に来たのはお前だけど、フィーじゃなかった。そんな気がした。今は自分らしい顔をしてる…この店と一緒だ」
チクリと胸が痛い。でも、あの時の痛みと違う。見透かされてたんだ…言い訳ばかりの言葉。哀しむような笑顔を浮かべるフィーに、ジーグは荷物からあるものを取りだした。
「依頼の品だ。手帳と…マグカップ」
革張りに金の縁、羊皮紙が使われた手帳。複雑な模様の入った栞とペン差し、更に背表紙は小箱になっており、開けると小さく中身が仕切られていて、ヒヤリと冷たい。マグカップはこれといった特徴はないが、あの日にジーグに渡した花束に使われている花が描かれている。
「植物育てるのに、色々予定とか書き込むかなって。記録残った方がいいだろ?栞は祝福の呪詛が彫り込まれてる。後ろの小箱は種を入れる容器だ。雪虫の毛を内側に使ってるから常に冷暗所と変わらない温度で保てる」
ジーグはふっと目を逸らした。
「後は…たまたま店で見つけたカップだ。私の作ったもんじゃないが…良かったら貰ってくれ」
フィーはふたつを抱きしめて、またお茶しましょうねと約束をした。
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手帳と新しいカップを手に入れました。
(ジーグの武器屋 売上3)
コメント
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- カミツキ街キリエの商店街
- after4月から小説を書いてます٩( 'ω' )و 歌に乗せて、楽しく読ませていただきました 👏✨👏✨👏✨👏✨👏✨👏 いやぁ素晴らしい!