#エスタシオン事務所
「大丈夫だよ、茉莉。ずっと、ずっと、僕は君のそばに居るよ。」
■早水 倭:noeru
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ずっと可愛い、僕の好きな人。小さい頃から一緒で、一番に守ってあげたくなるような子。初めて会った時から好きで、大きくなったらこの子と一緒に過ごしていきたい。そう思っていた。
「倭くん」
僕が大きくなるように、彼女も大きくなっていく。可愛い面影はそのままで、美人になった。
「倭くん」
儚い印象はずっと変わらない。ああ、やっぱり僕が守らなくちゃって何度も思った。
「倭くん」
いつしかそれは、彼女と共に人生を歩む。仕事をしながらいつかは彼女と結婚して、子供を設けて、幸せな家庭を築くのだと。
「倭くん、あのね」
うん、どうしたの?そう聞き返した彼女は、俯いていた。
「好きな人が、出来たの。…その人と、お付き合いすることになって」
そう言われて彼女から紹介された男は、僕の全然知らない人間だった。──僕の想いは、一方通行だった、のか。
暗転。
目の前が真っ暗になるような日々が続いて、それでも彼女は僕に言ったんだ。
「倭くんとは、ずっとこれからも友達で居たいの」
可愛くて、守りたくなるような、僕の愛しい子。その子が僕にそう言うなら、僕は耐えなきゃいけない。彼女の幸せを願わなくちゃいけない。そう思って、思い続けて、壊れかけの心をどうにか笑わせて、そう自分に暗示をかけた。
のに。
「──倭、くん、」
どうしたの、…何で、泣いてるの。
「わたし、どう、して、…どうして、こんな、」
いつの晩だったか。ある日の晩、彼女が僕の元に来て泣きはらした顔を見せた後倒れてしまったのは。慌てて病院に連れて行く最中電話口でマネージャーから聞いたのは、街中の大型交差点に信号無視で突っ込んできたトラックが、横断中の歩行者を次々と撥ねた事故。その中に、彼女が交際していたあの男がいた。一番最初に撥ねられてしまった男は、救急車が到着する前に息を引き取ったのだと。
病院に連れて行った彼女は、数日意識を失っていた。目が覚めた時には、付き合っていたはずの男のことを何もかも忘れてしまっていた。──そして、確かに僕の知らぬ存ぜぬところで育んでいたあの男との思い出を、僕にすり替えてしまっていた。
「倭くん憶えてる? 前に話した、花のこと」
「……うん、憶えてるよ」
「あの花ね、寮のベランダで植えて育ててたんだけど…いつの間にかなくなってて…」
「…そうなんだ。でも、また一緒に買いに行って植えてみたらいいんじゃないかな。今度は僕の部屋で育てよう、そうしたら一緒に面倒が見られるよ」
「そうだね!じゃあ、今度のおやすみに一緒に行こうね」
「うん、約束」
僕は嘘つきかもしれない。だってそんな花のことなんて覚えていないから。けれど、僕はそれで良かった。今幸せだと感じてくれているなら、彼女が笑ってくれるなら、──茉莉が傍に居てくれるなら、例えそれが僕を見ていなくたって、構わない。
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