第二話「戦え、バリスタ戦線!」(さい/白銀)2
秘密結社 路地裏珈琲
第二話「戦え、バリスタ戦線!」(さい/白銀)2
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養子であろうと、子は父に似る。
降り立った街外れの廃ビルの上で無線を傍受しながら、星干し、いや、スカーレットがサトウ顔負けの高笑いを披露して、姐さんの度肝を抜いて見せた。彼女のうちに秘められたシナリオ構成能力は、驚くべき勢いで各段にパワーアップしていた。
街角で、ベソをかいてよろよろと彷徨うダンデに、自警団が声をかける。
「お嬢ちゃん、君どこのこだい?おうちの番地は?迷子なら私たちが......」
「......お父さん、帰ってこないのぉ」
「それは大変だ。お父さんは、お出掛けしたのかな」
「お父さん、頭から、真っ赤な絵具を吹き出して......」
そしてその次にこだまするのは、百発百中予定どおりに、哀れな兵卒の悲鳴である。
いつもタナカとTちゃんが管理してくれているタブレットは、使えない。ならば事前に手に入れた街の白地図へと書き込むまでだ。次々指令を出すスカーレットの隣で、姐さんが無事騒ぎが起きた地点を全て聴き取っては書き記す。戦火の火の手こそ上がらずも、夕陽が街角へ燃え広がるのを追うように、地図は次々赤いマーカーで染まっていった。闘う人手が足りないならば、流される血も、倒れる人手も足りない方がいいに決まっている。しかし容赦しないと決めた以上、命を奪わないならせめて、悪い夢の中に沈めてやる必要がある。
「どこまで続けるの、これ......」
「ダンデちゃんには着陸後、どんどん街中に“落書き”を施して貰うようお願いしてあるわ。リトグラフの複写能力で街を惨状のトリックアートで埋めて、全員に戦争が起こったって錯覚させる。全員が、恐怖で逃げ出すまでよ」
本部へと向かう迂回路の一辺で、事は着々と進んでいた。突然動き出したヒビだらけの骨董品に、恐れ慄くざわめきが聞こえる。そう、姐さんのメイクによって、元の彫像の姿を模した白銀だ。ひとりだけ、自前の古びたケープに身を包み、次々と兵団を相手に立ち回る彼女は、この場の主人と認識したスカーレットの願いを叶える為なら手段を選ばない。軍部の人間達は、バケモノが出たとお手本のような行軍で攻めてくるが、今の白銀には、お得意の軍事演習で習得した正攻法は愚か、情に訴えかけた待ったの一言すら通用しない。倫理をかなぐり捨てて振り抜く回し蹴りは、例え話なんかではなく風を切る音を立てて、全員を大鎌よろしく伐採し、次々命にしたがって人を地に伏せた。
彼女はかつて死地をくぐり抜けてきた。私憤に駆られて大勢押し寄せてきた暴徒をひとりで何年も、何十年も退けてきた。目の前で隊列を組んで武器を手に規則正しく並んだ人間の群れを見て思うことなんか、二つだけである。
“一人ずつ殴り倒し易くていいや。”
“だけど、一緒に土に帰ってくれる人がいるのは、ちょっと羨ましいな。”
「わたし、戦争、知らないけど、地獄、知ってる」
彫像のひんやりと無機質な喉で、彼女は最後通告の拳を握り、ゆっくり腰を落とす。
「なぜ、自分から武器持った......地獄、知りたい?」
名前こそ愉快な、増えるワカメ作戦。たった四人がみるみるうちに恐怖を増殖させ、パンパンに膨れ上がった負の感情が、やがて住民に伝わるのは時間の問題だった。
ーーー.......
「あの......もしもし?」
「もしもーし、こちら路地裏珈琲隊!!久々に声聞いたけど、そっちも元気?」
「ええ、とっても!!」
ずっとずっと、待ち望んでいた無線にようやく波長が合った瞬間、本当に一瞬だけ、スカーレットの顔が星干しに戻ったのを、姐さんは見逃さなかった。
「後は任せてよ、市街地の誘導はさりちゃんとテル坊が中心になって、衛生兵連れてルートを巡回してる。追い込み漁は、貰ったオモチャで派手にドンパチやって、私達が架空の敵を演出するよ」
「助かるわ。途中で銀ちゃんと鉢合わせる機会があったら、一戦交えるフリをして撤退を知らせていただけるかしら。軍部にも恩をうるチャンスでしょ」
「了解、うまいことやっとく」
街中は大混乱、事前に確保しておいた避難経路をもとに、ここからは、内部の珈琲中隊が住民を速かに避難させてゆく。人の流れが安定した様子を確認して、ようやく二人がビル風の吹き抜けるがらんとした日陰通りを進む手筈が整ったわけだ。一歩ずつ、一歩ずつ、確実に歩んでいる実感が湧いて、事態が進展するたびに、スカーレットの顔付きが険しくなっていっている。
“そろそろ、潮時かもしれない.......”
不安を振り切って、気高い女総帥を演じる彼女の横顔から、姐さんはしばらく目が離せなかった。
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三話end
四話へ続く
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