解けない魔法
[Alexandros]
解けない魔法
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今日は仕事量を減らし、遠くから例の獣人の仕事ぶりを覗くことにした。新人なのでメイクを施す事はせず、もっぱら先輩の補助とメイク練習…他の新人と変わらぬ動き。数分後、響く笑い声…やはり彼女の方向だ。笑い声は嘲笑に近く、彼女が人形に施しているそれを見れば理解ができた。注意深く見つめるヤミィ。どうも、彼女はほぼ人形を見ていない。周りを気にしていて、手が基礎の動きをしていない。笑い声が聞こえる度に線は荒れ、マネージャーの目が光り出すと最早幼児の落書きの様に雑になる。
「…私にはない悩みの持ち主ね。よく分かった」
…技術の向上はこのままでは無いだろうし、彼女の心が先に落ちるだろう。これはもうショック療法しかないわね…ヤミィは準備を始めた。
相変わらず人に笑われ、馬鹿にされる日々。同僚はどんどん上手くなり、中にはサロンに出る話が上がっている者もいる。…はぁ…小さな溜息が零れた。サロンの裏で休んでいると、同僚から手紙が来ていると渡された。開けると、メイクを受けたいのだが、恥ずかしくてサロンに行けない。どうか今晩私のメークをしてくれないかといった内容が書かれていた。サロン一下手な私が指名でメイク?断りたかったが、誰が送ったか分からない手紙…獣人は今度は大きく溜息をつき夜を待った。
何度もノートを読み、人形相手に練習をしながら、何とか初めての自分の客に良い仕事ができるよう最善を尽くして夜を迎えたが、手の震えが止まらない。手紙を読み返す。
「恥ずかしくて来れないなんて…なんか親近感」
クスリと笑った。笑ったのなんて何日ぶりだろう。店はついに閉店を迎え、最終閉め当番の猫の新人が店に1人残った。もうこんな時間…!飛び出そうな心臓を右手で抑えた。ガランガラン…店のドアチャームが鳴る。飛び上がる程驚いたが、店が薄暗くなると同時に不思議な焔が辺りを照らすと、術にかかったように緊張が消えた。振り返ると、背の高い長髪の人影があった。お邪魔します…声からして男性だろうか?よく見えるはずの明るさがあるのに、不思議と顔がぼやけてよく見えない。
「無理な要望に応えてくれて感謝します。…僕がサロンに行くなんて恥ずかしくて…自分に自信が欲しいんです。どうかよろしくお願いします」
綺麗な声に紳士的な振る舞い、スラリとしたシルエット。それで自信が無いだなんて!普段なら思うのだろうが、自分も自信が無くなり、飛べない鳥の様な心情。共感でいっぱいになっていた。
フェイスマッサージ、スキンケア、そして男性用の簡単なメイクを頼まれた。夜、不思議と薄暗い店内に2人っきり…話し声や馬鹿にした目線もない。そして、客の顔も何故か見えるのだが頭の中でぼやけて誰だか分からない。普段より何百倍もリラックスできた。でも…よぎる不安、震える手…
「さぁ僕に飛び立つ勇気をください。…大丈夫、貴女は誰よりも沢山努力しているから…」
頭に響き渡る声に導かれる様に手が動いた。習ってきた事が頭にすんなり浮かび、お客に集中してほかを見ることはしなかった。
「…で、出来ました。あの…もしお気に召さなかったらすぐに落としますので仰ってください!私このサロンで1番下手だか…」
「嗚呼、残念だ…僕の魔法が切れる時間だ。でも、君の魔法は決して解けはしないよ」
魔法?疑問に感じていると、客は小さくありがとうキュベレー…と囁いた。すると不思議と薄暗かった店内が急に明るくなり、どうしてもぼやけて認識できない客の顔がハッキリ見えた。
「…!!!サロン長!!そ、それに副長!マネージャーまで!!???」
さっきまで暗くて見えなかった部屋の奥に二人が立っていた。目を丸くする獣人だったが、負けないほどの驚きでマネージャーが獣人を見返す。
「ほら、お嬢さん。君の魔法は解けないだろ?ごめんね、君に幻惑の魔法をかけていたんだ…でも、この美しさは君が生み出した魔法だよ?」
男性の身なりをしたヤミィ。普段は中性的な顔つきだが、美しく整えられたファンデーションと眉墨で、どんな女性も振り返る美男子の形相だった。まるで先輩方が施したかのような腕前…これが本当に私のメイク??
「実はサロンに夜の部を作ろうかなーって思ってたのよ、メンズサロン。副ねこちゃん、マネージャー、彼女を夜の部に出していいかしら?」
「まっ…!私、そんな腕前ない…!!」
「ねぇ?いつまで巣の中で燻ってるの?飛び立たなきゃ落ちるだけ。貴女はなんでここに来たの?この世に有り得ないことなんてないの。そうしてしまってるのは…ね?」
数週間後、ヤミィのサロンに夜な夜な男性が身なりを整える為に訪れるようになった。昼と違い薄暗く、リラックス出来る店内…新たな夜の顔に二人の猫の獣人が丁寧に対応してくれるという。
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賽子クエスト 成功
リザルト
クリティカル 2
確率 2/3
オーバーキルワード 無し
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