「Happy white day!!!!」(美子)
秘密結社 路地裏珈琲
「Happy white day!!!!」(美子)
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誰も居ないキッチンで、ひとり珍しく酔いに任せて鼻歌を歌っていたら、それに女のユニゾンが入って来て、椅子から転げ落ちそうになった。コロコロ笑うハスキーな声に、目は見開かれて耳まで一気に血が上って来るのが自分でもわかった。幸い、今日は酔っている。全てはこいつが俺に寄越したこのチョコレートのせいだと、言い訳しても許される。
「おや。酒が進んでんね、お口に合ったかい?」
「ああ、お前にしちゃ上出来だ。てっきり卵焼きすら怪しいんじゃねえかと思ってたら、ちゃんと女らしい事もやって退けるもんだな」
「黙ってグラスもう一個出しな、全く気の利かない男」
カウンター越しに、ロックアイスとガラスが打ち付けられ合う、カランコロンと涼やかな音色だけ響く。時計はとっくに深夜二時を回っていて、電源の供給節約のために灯りも途絶え、蝋燭の火だけがコップの中に浮いている。ここのところ長いこと、仕事以外で女を口説くことなんかなかったせいだ。雰囲気は十分のはずなのに、いざ面と向かうとチョコレートの褒め言葉すら見つからなくて、俺はいつぞや流行ったJポップの歌詞よろしく、見つめ合うことも憚られ酒をひとくち、ふたくち、美子の他愛無い世間話をつまみにひたすら煽って空にするばかりだ。分かっている、ちゃんと探しておかなくちゃならない、ホワイトデーまでには、ちゃんと。
「ちょっとあんた、聴いてる?」
「あぁ」
「なんかひとつくらい、感想くらいないの。折角こさえてやったんだから」
その日、俺は随分酔っていた。だから、許されたい。
ふわりふわりと夢と現の狭間に揺られて、混濁した意識の中、一周回って素直になってしまった俺が、美子の顎をそっと手をすくい、はっきり告げてしまったこと。
「......真っ赤に熟れた、旬の林檎みたいで、すげえ綺麗だ」
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「なっ...ば...ばかたれ、私の感想を、言えとは誰も......!!」
この後、林檎姉さんダッシュで逃げた。
Happy WD!!!!
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