移動屋 ナギ
Mrs. GREEN APPLE
移動屋 ナギ
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ピキピキ…卵の殻が割れる。ナギは目を丸くしながら息を潜めて見つめている。
「ほらほら!ぼーっと見てないの!お湯を用意するんだよ!」
女将さんが静かにナギを睨む。どうしてもこの日に帰ってきたかった。可愛いギルドの飛竜、しかも自分の部署のワイバーンがついに卵を産んだのだ。繁忙期と重なり、卵の面倒を見れる人がおらず女将さんに預けていた。本当だったら毎日だって見に行きたかった。何なら自分が卵のお世話をしたかった!!ナギは何度思っただろうか…。仕事の合間もソワソワと卵のことを考えていたし、卵から出てくる予定日を指折り数えた。そんな気持ちが伝わったのか…は分からないが、まるでナギの帰りを待っていたかのように卵に変化が起こった。仕事から帰り、ワイバーンを竜舎に繋いでいた時に、同僚がバタバタと足音を立てながらナギを呼んでくれた。疲れていた事など忘れ、女将さんの家へと全速力で走っていった。
キィ!キィ!…生命の誕生。ついに無事卵から竜が孵った。感動でワンワン号泣するナギ。泣いてる暇があったら手伝っとくれ!と最初は怒っていた女将も、やれやれと優しい笑顔を浮かべてハンカチを差し出した。
「全く…あんたはもう…根っからの飛竜バカなんだから!世話が焼けるねぇ。ほら、この椅子に座って見てなさいな」
そういうと、女将は慣れた手つきで生まれたての飛竜の処置をおこなった。ああ!情けない!!何もしないで見てるだけなんて…!という気持ちと、無事に生まれてきた安堵と感動と愛らしさで兎に角止まらない涙。心が足りないよぉ!とナギは呟きながら号泣し続けた。
処置も無事終わって女将は後片付けにかかり、飛竜は予め用意された小さなベッドでスヤスヤと眠っている。ナギも何とか泣き止んだ。自分の体いっぱいに感情を爆発させていた反動だろうか、ナギは真っ白な頭でぼーっと座っていた。片付けも終わった女将がドカっと椅子に腰掛け、ふーっと息を吐いた。
「…さてさて…予定通りだね、流石私だわ。もうそろそろ来る頃だ…」
女将の呟きが何を言っているのか分からず、ぼんやりと女将を見つめていると、バサバサと何体ものワイバーンが降り立つ音が聞こえた。
「まーったく!いつまで間抜けな顔してんだい!シャキッとしな!!今日はアンタが主役なんだよ!!」
ドラコン族特有のドスの効いた大声で女将はナギを叱咤した。ビクッ!と背筋を伸ばすナギ。…今日は私が主役…?何の話であろうか?
「おじゃまします!ニフです!今日はこんな素敵な日に呼んでいただきまして…」
「あーもー!ニフ!後ろがつっかえてる!堅苦しい挨拶なら後でやってよね!」
「おい!なんでお前の店の酒樽俺が持たねぇといけねぇんだよ!アキネ!」
「…ちょっと!アグル煩いわよ!早く酒樽運び入れちゃってよね。力あるんだから働きなさい、ねーアキネちゃん」
「さっすがー!さとらさん分かってる!」
「ははは、女性は強しってね。僕らは静かに従うのが吉かもしれないよ?」
「あははは…なんだか立つ瀬ないですね。でも、せっかくのドレスが汚れてしまったら、俺は悲しいです」
「っておい!!ウル!スイ!!てめぇら何で俺より荷物少ないんだよ!手伝えぇ!!」
「馬鹿もん!大声を出したらワイバーンにストレスがかかるだろ!アグル。…それにしてもアヴァロンの軍用ワイバーンに引けを取らない、よく躾られた飛竜だ…素晴らしい」
一気に騒がしくなる玄関。商店街での仲間が勢揃いしている。更に飛竜ギルドの従業員達も皆家に入って女将に挨拶をしている。
「………?あ!もしかして、皆飛竜の赤ちゃん見に来たんだね!??」
ナギの言葉に頭を抱える女将。心底呆れたため息と共に言い放った。
「どこまで飛竜バカなんだい!!今日は何の日だね!??アンタの誕生日だろう!!?」
水を打ったような沈黙…後、家の外にまで響き渡るナギのあー!という叫び。卵の事で頭がいっぱいで自分の誕生日を忘れていた!!
赤ちゃんのお披露目会とナギのお誕生会、そしてお帰りなさいパーティー…全てひっくるめた壮大な宴が始まった。目にも止まらぬ早さで動く女将。たくさんの人数をもてなす料理がどんどんと運ばれて来る。やはりどれも絶品。アキネの酒も振る舞われ、街の祭りのような賑やかさだった。誰もが心底この会を楽しんでいた。……なんて幸せなんだろう。ナギはまた目が潤み始める。皆が笑いあって美味しいものを食べて…誕生日と帰りを祝ってくれている。
「ありがとう…ありがとう。みんな」
「いいや、アンタの誕生日を理由に楽しませてもらってるのはこっちの方さ。ありがとう…ナギ」
女将の言葉に全員が頷いた。穏やかな時間、愛する仲間達が見守る優しい静けさの中で温かい涙が零れた。
…キィーー
赤ちゃんがどうやら起きたらしい。ナギは走りよって抱いてやった。
「同じ誕生日同士なんて、運命かねぇ…ほれ、誕生日プレゼントだ。その子の名前をつけてやんな」
「えええ!いいんですか!?」
「私がギルド長説得してやる。任せときな!…さあ、その子も待ってるよ…」
「えへへへ…じゃあ…この子の名前は……」
秋の精霊から貰った宝物のブレスレット。ナギは小さな小さな飛竜の角に飾ってやった。
世界の寵愛の子ナギは、今日も世界に愛を返す。
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