朗読 「ともこちゃん」
錦糸蝶
朗読 「ともこちゃん」
- 18
- 1
- 0
#朗読 #声劇 #台本
「ともこちゃん」
ともこちゃんはバカだし、泣き虫だし、入学式では
校長先生の長いお話の間じゅう、
おかぁさん...おかぁさん...って小さな声でずーっと
泣いていた。
あたし、よっぽどお母さんが好きなんだなーって思った。
もう一年生なのにね。
おまけにお洩らししてた。
ともこちゃんの座っていた椅子とスカートがすこぅし
濡れているのを、式が終わってお教室に移動するときに
見つけちゃったんだ。
あたしだけが気がついたみたい。
あの時、ともこちゃんには黙っててねって頼まれたけれど、数十年後の今、あたしはこうやってあなたに話してる。
まじでゴメンね。
あたしもかなりバカな子だったから、ともこちゃんに
親近感がわいて、自然と仲よくなったんだ。
それにともこちゃんは、何でも命令を聞くから
お気に入りだったの。
二年生の夏だったかな。ともこちゃんの名字が変わった。
「りこん」のことは何となく知っていたし、
何人か「りこん」で、名字が変わった同級生もいたから、
そうなんだなってわかった。
わかっていたけど、あたしはともこちゃんに何度も聞いたんだ。
「なんで名前が変わったの?」って。
ともこちゃんは、曖昧に首を振るだけだった。
決して理由を話そうとしなかった。
その態度は、あたしをひどく苛つかせた。
「おやがりこんしたんだよ」って言えばいいだけなのに。
ある日、あたしはアイデアを思いついた。
ともこちゃんに意地悪できるってワクワクした。
せまい団地の一室で、人形あそびをしているとき、
あたしはこう尋ねたんだ。
「ともこちゃんのお父さんの名前はなんていうの?」
って。
りこんしてお父さんがいないなら
はじめからお父さんがいなかったみたいに振る舞うのなら
お父さんの名前を答えられっこないって思ったんだ。
そうしたらあたしはまた何度でも
なんでお父さんの名前を知らないの?
変なの。
ねぇ、なんで?って尋ねただろうね。
ところがリカちゃん人形の絡まった髪と格闘していた
ともこちゃんは、あたしの顔をまっすぐ見て、にっこり
すると、
「みつお」
こう、はっきりとお父さんの名前を口にした。
「みつお」
その名前の響きは平凡で、口の中で転がすと苦い飴玉
みたいな味がして、
吐き出したくて、あたしは只、たどたどしく繰り返した。
コメント
まだコメントがありません