望とバレンタイン
--
望とバレンタイン
- 74
- 13
- 0
眩いスポットライトと湧き上がる歓声、会場との一体感。激しく揺れるサイリウムは「海」と形容するにはあまりに熱く、まるで燃え盛る炎のようだと不知火 望は思った。2019年2月14日、SacreAのバレンタインライブ。望はその日、確かな手ごたえを感じていた。
幼馴染の雷 桃子に便乗する形で始めたアイドル活動。
望は元より「イケ女ン」――そもそも女だとか男だとか、そんな枠組みに興味はなかった。無論、イケ女ンとは何か、男性らしい振る舞いを、なんて思想は毛頭なく「ただ信頼できる仲間と楽しみたい」。SacreAにいる理由は、ひどくシンプルなものだった。しかし今は、ようやくユニットの核になりそうな何かに触れたようなそんな感覚を覚えた。
言語化はできないけれど、その何かを離さないようにぎゅっと拳を握りしめた。今まで感じたことがないほどの充実感の中、ライブは大盛況のうちに幕を閉じた。
舞台袖へはけると、望を待っていたらしい桃子が拳を差し出した。握りしめたままだった拳をぶつけ、お互いにニッと笑みを浮かべた。
「望、やったッスね!」
「おう!」
たったこれだけのことで、桃子の今考えていることが自分と同じだと分かった。
流れるように片づけを終え、会場から出ると予想外の光景が望の目に飛び込んできた。ライブを見ていたであろう女の子たちが黄色い歓声を上げたのだ。
「キャー!望くんだー!」
「ライブかっこよかったです!」
「ソロのウィンクにやられました!握手してもらってもいいですか!?」
状況が飲みこめず、戸惑いながらも対応していた望だったが、次々に手渡される両手に抱えきれないほどのチョコレートの重みに、非現実的なリアルを徐々に思い知らされていく。
「望くんありがとう!次も見に行くね!」
「おう、ありがとなー!」
嵐を見送り、しばらく呆然と立ち尽くしていると背後から桃子がひょこっと顔を出す。
「よかった、望!追いついたッス!」
幼馴染が抱えている凄まじい量のプレゼントに、桃子は信じられないといった様子で目を擦った。
「えっ!?もしかしてそれ、もらったんスか!?」
「多分、さっきライブ見に来てた子たちから。」
「あの望が!へぇー!自分以外からもらうの、初めてじゃないッスか?」
「あー、確かに。こんなに食べきれねぇし、次の練習でみんなで食べようぜ。」
望の言葉に、桃子は大げさにため息をついてみせた。
「望……せめてファンの子には自分で食べたって言わなきゃダメッスよ。」
「んなことより桃、俺のこと探してたんじゃねぇの?何か用か?」
「あ、そうそう、衝撃すぎて忘れてたッス!今年は先越されちゃったんスけど、これ!」
そう言って桃子は小さな赤い箱を差し出した。
「これはアイドルの望じゃなくて、不知火 望の分ッス。」
「マジか!ありがとな!桃からのはこう……安心感あるよな、おふくろみたいな。」
「おふくろってなんスか~!ちょっと心外ッス!」
「冗談だってーの!今年もらったチョコの中で一番嬉しいっつーこと!」
「それ、望のファンに聞かれたら自分が殺されるんスけど……。」
「大丈夫だって!じゃ、帰ろうぜ!」
「そうッスね。」
望が背を向けた時、桃子が心底嬉しそうに笑っていたのを望は知らない。
そして、その一部始終を見ていた望ファンを発信源に、密かにノゾモモコンビブームが巻き起こったのを二人はまだ知らない。
BGM:口癖
脚本 :にゃう
コメント
まだコメントがありません