紗羅の過去
エオス
紗羅の過去
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あの日、あの時、あの瞬間…
私の中で何かが目覚めた。
それはとてもじゃないが周りに認められるものではない。
それでも、私は…あの瞳が、どうしても、どうしても、欲しいと思った。
ーーー
緋音紗羅…本名、京紗羅は所謂神童と呼ばれるほどの存在だった。
勉強も、運動も、芸術にさえ長け、あらゆる賞を総なめにした紗羅。
その上、京家はお金持ち。
紗羅にとって、手に入らないものは、何もなかった。
…ただひとつ、愛だけを除いて。
両親は紗羅に何でも与えたけれど、そこに本当の愛など存在しなかった。
両親は紗羅を道具としてしか見ていなかったのだ。
賢い紗羅は当然そのことに気づいていた。
けれど、その頃の紗羅は、周りに迷惑をかけないことを強制されており、まだ幼かった紗羅はそれに従う他なかったのである。
親に何も期待できなくなった紗羅は、次に姉に愛してもらおうと考えた。
その姉こそが、京紫乃である。
しかし、その頃の紫乃は優秀な紗羅に強い嫉妬を抱いており、紗羅を愛することはなかった。
何かと理由を付けては紗羅を遠ざける。
時には強く命令されることもあった。
それに対して、姉にも強く出ることが出来なかった紗羅は、それに従う他なかったのだ。
紗羅は思った。この家の者たちは私を愛してはくれないと。
きっとこの先も、私を苦しめ続けるんだと。
期待と嫉妬いう名の暴力で、私はきっと壊される。…ストレスで溺れてしまう。
紗羅は、家を出ることを決意した。
とはいえ、厳しい家だ。そう簡単には私を外には出してくれないだろう。
跡継ぎも、紫乃ではなく私に任せるという話も聞いているし、容易なことではない。
なんだかんだと時は過ぎ、紗羅は結局お人形に成り果てていた。
そして一年が経った頃…
何故か紫乃が自分に構うようになってきていた。
しかし、紗羅にとっては今さら過ぎたのだ。
紫乃の愛を素直に受け入れることはできなくなっていた。
「信じられるものか!私をあんなにも蔑ろにしていたくせに!お姉様なんて嫌いだ!!」
既に、紗羅は紫乃を信用できなくなっており、紫乃の愛は紗羅に伝わることはなかった。
それどころか、憎しみに近い感情を向けるようになってしまう。
紫乃と紗羅は完全にすれ違ってしまっていた。
やはり、私はこの家を出るべきだ!
こんな家に居ては、私の幸せなど全て消されてしまう!
金や権力によって、私の心が…消される!
紗羅は恐怖した。もう、自分を生み出してくれた両親も、密かに憧れていた姉も、私には必要ない!いらない!嫌いだ!!
紗羅はナイフを始めとするあらゆる荷物をまとめて担ぎ、夜中に屋敷を抜け出そうとした。
しかし、一人の執事が紗羅の行動に気付き、ひき止めたのだ。
「どきなさい。邪魔しないで。」
「外へ出て、どうするおつもりですか。」
「自由に暮らすのよ。誰からの縛りもない、私だけの人生を歩むの。」
「貴方には無理です。」
「どうしてそんなことがわかる!!私なら何だってこなせるわ!!」
「今まで散々周りに支えられた生活を送ってこられた貴方が、お一人で生きていけるとは到底思えない。」
「私は奴等に利用されているだけ。もうたくさんなの。例えこれからの暮らしが困難でも、乗り越えてみせる。」
「そうですか。ではあなたの本気を見せてください。」
「つまり、何が言いたいの…?」
「私はこの家の執事として、貴方をなんとしてでも止めなければならない。勝負です、紗羅様。」
「そう…。貴方がそのつもりなら、貴方を殺してでもここを出ていく!」
「わかりました。では、本気の勝負です!」
「はぁぁぁ!!!」
紗羅は持ち前の運動神経を駆使して執事を圧倒する。しかし大人の男、しかも執事という立場に就く人物に、"少女"の紗羅がそう簡単に勝てるはずもない。
追い詰められた紗羅。しかし、執事は立場故か、肝心のとどめの一撃を食らわせることが出来なかった。紗羅はその一瞬の隙をつき、執事の腹部にナイフを突き立てた。
「お見事です、紗羅様…。」
「私の…勝ちね。」
「私をあっさりと打ち倒すとは…成長なされましたな…。」
「よく言うわ。手を抜いていたくせに。」
「紗羅様なら、きっと紗羅様だけの道を歩めることでしょう…。これからも…応援…して、おりま…す…。」
「…!!」
紗羅は執事との思い出を鮮明に思い出していた。幼い頃から仕えてくれていたこの執事は、私の本気を試したのだ。
そして、彼は静かに息を引き取った。
紗羅は無意識の内に涙を流す。紗羅が人を殺して泣いたのは、今のところこの日だけ。
彼からの愛に、紗羅は今になって気づいたのだった。
さようなら。ありがとう。
紗羅は、せめて彼の何かを思い出にもらうことにした。思い出されるは、彼の優しい瞳。
紗羅は、死んだ執事の目玉を抉り取り、持ってきていた空のビンに入れて保管した。
思えばこれがきっかけだったのだろう。昔から人の目を見ることは好きだったが、異常なまでに執着するようになったのは、この日の出来事があったからだ。
紗羅は、荷物と執事の目玉を持って、家を飛び出た。
紗羅は"京紗羅"を完全に捨て去ることにした。
名前を変え、性別を捨て、人称と話し方を変え、服装を変えた。それだけでも、全然自分じゃ無くなったように思えて、紗羅は嬉しくなる。
これから僕は緋音紗羅。
ただの、殺人犯だ。
その後、仕事先としてオムニバスに属することとなる。
結局途方に暮れていた紗羅を組織が勧誘したのである。
執事を殺したことも、紗羅の本名も、元々の身分も、全て組織は知っていた。
紗羅からしてみれば恐ろしくもあったが、働かせてもらえるなら、生きる術として利用する価値がある。そう思った。
そこで、自分に宝石の名前のコードネームが付けられていることを知り、それを気に入った。
「ルビー…。いい響きだ。赤い色をした、凛々しき宝石の名前。」
紗羅はやがて幹部にまで登り詰め、情報もある程度手に入れられるようになった。
紗羅は他にも宝石の名前をコードネームに持つ者が居ることを知る。
そして、その中に、姉の名前を見つけて少なからず驚愕し、動揺した。
両親には紫乃を、紫乃には両親を押し付けたつもりだったが、紫乃も殺人を犯した…?
とはいえ、紗羅にとって紫乃は"元姉妹"。
もう僕には関係ないと紗羅は頭を振った。
とにかく、仕事と称して紗羅はたくさんの殺人を犯したし、たくさんの目をコレクションに入れた。
綺麗な瞳はやはり見ていて飽きない。
まるで僕の心を浄化してくれているようだ。
まあ、そんなはずはないのだが。
そんなある日、突然ボスが死んだと騒ぎになった。
紗羅もそれなりに驚いたが、これを好機と見ることにする。
紗羅はデータベースを盗み、殺人鬼たちの情報を横取りした。
そして、興味本意で彼らに会いにいくことになる。
「はじめまして。僕はルビー。よろしくね。」
ーーー
君の瞳はとっても綺麗だ。
なんて純粋な色なのだろう。
欲しい。欲しい。何としても欲しい。
他の誰にも渡さない。
…君は、僕の獲物だよ。
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