§夢幻ノ箱庭§ 第十一話~それぞれの意志を胸に~
§幻想舞踏会§
§夢幻ノ箱庭§ 第十一話~それぞれの意志を胸に~
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§夢幻ノ箱庭§
第十一話~それぞれの意志を胸に~
―…行く気のある人は、
今夜0時にもう一度この場所へ
遅刻は厳禁、
来ない隊士は待ったりしないわよ。…―
~~~
「私はもちろん行く。」
淡い光を放つ白の中で、まりーは
みー、レイン、眠兎を集めていた。
眠兎が手をあげる。
「まりーさん…その、無色ノ間っていうのはどういった所なんですか?」
「そっか、隊士じゃなかった眠兎ちゃんは知らないよね。
まだあの広場が空の上に浮いていた時、
姫様は一度七色ノ命令に背いて、無色ノ間に幽閉された事があったの。
謹慎処分ってところかな。
その時の姫様は床も壁も無ければ重力概念も無い、ただ真っ白な<無の空間>だったそうよ。
無の空間なのに真っ白な世界だったのは、
七色ノ宝石の核が初代光姫の鏡…白国の魂だったからじゃないかって姫様が言ってた。」
脳裏に光姫の笑顔を思い出し、まりーの目頭がまたも熱くなっていく。
「私達が無色ノ間にいる間に、七色ノ宝石への魔力供給が行われず稼働が止まった時、もとの世界に帰れるかわからない。
だから無色ノ間でも試合が行えるよう、隊士の頭数をそろえる必要がある…。
皆は、来てくれる?」
まりーは3人を見つめる。
最初に口を開いたのはみーだった。
「私はもちろん行く。姫様が向こうでお怪我されてたら治してあげなきゃ!」
「行く!行きます!ひめしゃまにもう一度会いたいです!!」
レインも続けて声をあげる。
「…私は行けません。」
「眠兎ちゃん………。」
眠兎は分厚いファイルを胸に強く抱きしめる。
「…私はこの世界に残り皆様が不在の間、研究員代表として研究施設を管理する責任があります。
本当は行きたい…けど、今回は皆さんと<私の部下>に託します。」
「うん、…ありがとう…!」
眠兎は部下を呼ぶ為に退出し、しばらく待つと
白衣を着た男性2人組が部屋へとやってきた。
「失礼します!」
「失礼します。」
金髪に眼鏡をかけた男性の研究員と、
赤髪の快活な男性研究員は
まりー達と既に面識があった。
「第一支部長より辞令を受けて参りました、天照街研究所第二支部長のリランです。」
「同じく辞令を受けて来ました!天照街研究所第三支部長のラッシュです!」
この両名が無色ノ世界で頭角を露わにする事を、
この時は誰もが知る由も無かった。
~~~
赤ノ都市では、山乃がていなんの父親でもある赤ノ神官へと報告を行っていた。
「…以上より、ていなん様は無色ノ間へ向かう様です。
隊士として、魔導騎士隊長ジェイド、及び直轄騎士団の暁月、林檎、結月を連れて行くそうです。」
「…そうか。やはり行くか。」
赤ノ神官は疲れた顔でガックリと肩を落とした。
「力づくで止めますか?」
「いやいい。好きにさせてやれ。
神官としての判断に腹をたてているせいか、儂と一切口もききよらん。
それであの子が納得するなら良い…。
但し、お前も同行し娘が間違った方向へ行かぬよう補助してやってくれ。」
「…かしこまりました。」
山乃は一礼すると、謁見室を後にしようとし
扉の手前で止まった。
「神官様」
「なんだ?」
「無色ノ間は当初の業務契約内容外であり、さらに休日出勤も確実です。
残業代や危険手当も考慮した特別手当の上乗せ、お願いしますね。」
にこやかな笑顔と共に、山乃は退出する。
神官は山乃の給与明細を訂正するべく、財務担当を呼ぶと既に山乃本人より根回しがされていた。
赤ノ都市の国家予算の一部が神官のポケットマネーから動いたという噂が流れるのはもう少し先のお話。
~~~
「朱が罪人になるのを黙って見過ごす訳には行かない。」
環が低い声ではっきりと言葉にする。
「姫様に襲われたかどうか、そこの真偽は解らない…。
けど向こうへ行くことで朱が目覚める前に容疑を晴らす。」
その場に揃った他の隊士達も頷く。
「工房を空にする訳にはいかない。
カンカンは残って店を回してね。
よるちー、はっくん、うさちゃん、きーちゃん。
そしてりんちゃんもついて来てね。」
「ええ!?」
「なぜ!?」
雪季とりんが声をあげる。
「ぐるりん!待って!
かんねぇと私を引き離すの!?
やだやだかんねぇが残るなら私も残る!!!」
「まって環さん!私も宰相として残った方が…!
というかそんな得体のしれない所…!」
環はためいきを一つつくと、指を鳴らす。
とたんに兎汰が雪季へと襲い掛かり、あっという間に簀巻きにしてしまった。
その隣で夜蝶がりんの背後にまわる。
「りんちゃん。」
「な…なに…。」
笑顔で背後から一枚の写真を見せる。
「黒闇夜叉隊のメンバー写真なんだけど、この人も無色ノ間に行くらしいよ?」
りんは写真に写る女性が誰だかわかるや否や、
写真をポケットにしまった。
「環さん…いえ、環隊長。
私も無色ノ間へ行きます。行かせてください。」
りんのポケットにしまわれた写真には、ブティックReikaに新しく入ったスタッフの怯え顔だった。
~~~
青ノ都市にある大学で、ボブは怒りを露わに廊下を歩いていた。
他の隊士達もボブを追いかける。
「ボブ、落ち着いて」
「先輩!待ってくださいよ!」
そうまやハンペンが声をかけるも、ボブは聞く耳持たずに廊下を突き進む。
つき当たりの重厚な扉をノックすると返事を待つ事無く開け放つ。
「…これは何事だい?」
室内の奥では、大学の理事長でもある青ノ神官が驚いた様子で突然の来訪者達を見ていた。
「理事長…これはどういう事ですか…!」
握りしめられていたことでクシャクシャになった紙をボブは感情的に机へ叩きつける。
「俺が…休隊!?何故ですか!!!」
広げられた紙にはボブへの休隊処分と
さきを副隊長へ繰り上げる旨が書かれていた。
「………そうま、説明してやらなかったのか。」
そうまの父親でもある青ノ神官はため息交じりに苦言を呈する。
「ごめん父さん…。説明しようとしたんだけど…。」
「…ボブ君。キミは自分の立場を解っているのかね?」
「…立場?」
理事長が一枚の写真を取り出す。
それはいつの日か、夜蝶に撮影してもらった光姫と自分が写った写真だった。
「光姫様の御立場上正式な婚約はされていなかったとはいえ、両想いだったと聞く。
それを知らない神官はいない。」
「…それは…つまり……。」
「キミは今、他のどの隊士よりも【大罪人の協力者】という容疑がかかっているんだ。」
「なっ…!」
青ノ神官は沈んだ顔で、机の上で組んだ手に額を預ける。
「…そうまと共に幼少の頃より見守っていた私は、キミがそんな事しないと信じている。
しかし君が潔白だと言う証拠が無いのだよ。
頑張ったのだが…
その…、昨晩キミの部屋に光姫様がいらした魔力痕跡があったらしくてね。」
「!?」
「除隊にならなかっただけマシだったと思ってほしい。」
ボブは拳を強く握りしめると黙って一礼し、部屋を急ぎ足で出て行った。
「…追わなくていいの?」
さきが静かにそうまへ尋ねる。
「自分の部屋に行ったんでしょ。大丈夫、今はひとりになりたい筈だ。」
そうまが胸ポケットのしおりを握りしめる。
「…父さん。
僕達、無色ノ間に行ってくる。
加護と姫様を探してくるよ。
ボブも連れて行っていい?」
「良いが、彼が隊士として祭典に出る事は許されないだろう…。
一人新たに隊士を探しなさい。」
「…それなら私が。」
背後から落ち着いた声が響いた。
振り向くと翠が手を挙げている。
「是非隊士として私を入れて下さい。
隊士として貢献…及び、あの女誑しの監視もしっかりと行ってみせましょう。」
「翠ちゃん、ブレないね…。」
「隊士として貢献することで内申点も加点され、さらには姫様の容疑も晴れる可能性がある。
是非行きたいです。」
「あれ?翠先輩も姫様大好きなんすか?」
ハンペンが空気を読まずに質問をする。
翠は頬を赤らめ、夢羽がはねるように翠を凝視した。
さきが呆れ顔で答える。
「ハンペン、知らないの?
私達は中高からエスカレーター式に大学生になったけど、
夢羽ちゃんも翠ちゃんも高校までは別の学校通ってたんだよ。
光姫様の管理する白ノ研究施設で働くためのカリキュラムが組まれてたんだっけ?
ええと…なんて学校名だったかな…」
「「風華です!」」
夢羽と翠が同時に声を上げる。
ハンペンは二人の勢いに気圧される。
「…青隊って姫様好き集まり過ぎじゃない?」
さきが呆れながら眠井へと耳打ちする。
「仕方ありません。隊長と副隊長がアレですから…。」
「…隊長?ボブはまあ周知として、なんでそうま???」
「さき先輩、気づいてなかったのですか?」
さきはこの時初めて、部隊内のベクトル関係を知る事となる。
~~~
自室の扉を乱暴に開け放つ。
ボブは見慣れた筈の自分の部屋を、見渡した。
「…未久さん……。」
自然と窓辺の花瓶に活けた青い薔薇に視線が行く。
「あれ…」
本数が少ない。
昨晩水の入れかえを行ったさいに確かに24本飾っていた筈の花瓶を倒さないようどかし、
窓を開けて敷地を見回してみるが、光姫の姿など見えるはずもない。
ボブは薔薇へと視線を戻すと、本数を数える。
薔薇は15本しかなかった。
「………何が<ごめんなさい>ですか、未久さん…!」
ボブの肩が震える。
「俺に下手な容疑がかからないようにしたのか知りませんが…
俺は…俺は…
どんな真実があろうと、貴女の味方になったのに…!」
ボブの表情は、眼鏡で隠れて見えず
絞り出すような声だけが、室内に響いた。
「…何故俺を連れて行ってくれなかったんですか、未久さん…!」
~~~
部隊が解散した後、歌々は海月とぽすとを引き連れて黒ノ皇居へと向かっていた。
「ねえお姉ちゃん。」
海月が黙々と歩く歌々へと声をかける。
「お姉ちゃんってば。」
「…業務中はお姉ちゃんと呼んじゃダメだと何度も教えてるでしょう。」
「いいじゃん!今誰もいないんだし!」
海月がだだをこねるように声を出すと、ぽすとが反論する。
「でも、海月。誰が見てるかわからないから
制服着てるうちはちゃんとしておこう?」
「ちぇ~っ。」
ふてくされる海月に歌々は先程とは打って変わって優しげに声をかける。
「それで何か話があったんじゃないの?」
「…他の隊士に、言わなくて良かったの?」
「………。<どれ>を?」
「<全部>だよ~」
歌々は歩く足を止め、溜息をひとつつく。
「あの場で言っても、混乱をさらに大きくするだけでしょう…。
<他国が加護の無くなった巨国へ攻め込もうとして、保安組織員の大半が国境の監視と防衛ラインの強化に回ってる。>
なんて言って、誰が落ち着いて話が出来ると思う?」
「…そっか。」
「それに私達はあの五部隊を監視する義務がある。
余計な情報を与えて、監視に支障が出てはいけない。
私達姉妹で戦闘に特化しているのは海月、貴女だけ。
多対一という構図にならないよう、注意しながら統率を取らなければならないわ。」
「うん、わかったよお姉ちゃん。」
「だから班長と呼びなさい…」
歌々が溜息をつく。
そのまま先ほどのレイカとのやりとりを思い出していた。
(個より全。規律があるからこそ正義という大義名分が手に入る。
感情を優先するのは神官の直轄部隊員としてあるまじき行為…。
レイカ隊長は規律に厳しいと聞いていた…。)
「…ガッカリですよ、隊長。」
歌々の独り言が口をついてでる。
「海月、ぽすと。」
「ん?」「何?」
歌々は帽子を深くかぶり直すことで、胸に燻る暗雲を覆い隠した。
「私はこのまま神官様に報告をしてくるから、今のうちに休んでおいて。
私達はレイカ隊長が無色ノ間へ行く以上、同行する必要があるから
夜の集合に間に合うように準備しておくのよ。」
「了解。」
~~~
「…全員揃ったかしら。」
レイカの声が夜の広場から聞こえてくる。
外灯の無いその場所には、レイカの他にも隊士達が揃っていた。
まりー、みー、レイン、リラン、らっしゅ五名による
白光天照隊
レイカ、黒蝶、はち蜜雨、歌々、海月、ぽすと六名による
黒闇夜叉隊
ていなん、ジェイド、暁月、林檎、結月、山乃六名による
赤炎鳳凰隊
そうま、さき、ハンペン、夢羽、眠井、翠、ボブ七名による
青風八咫烏隊
環、夜蝶、珀斗、雪季、兎汰、りん六名による
黄晶麒麟隊
計三十名が一同に会していた。
なるせとふあのんは転送術の範囲外から見守っている。
「なるせ、ふあのん。
私の店…任せたわよ。」
「「はい、オーナー!」」
なるせ達の反応に小さく笑うと、手をひとつ叩く。
「転送術を展開するわ。皆一歩も動かないでちょうだいね。」
(姫様…このまま勝ち逃げは許さないわよ。)
夜の空に歌声が響きだす。
―…時を超えて五線譜に記したシンフォニー
鮮やかに羽ばたくメロディに心託して
レイカの影が波打つと、無数の糸となり全員を包み込むようにドーム状へと変化していく。
隙間も無く包み込まれると、黒い球体は夜闇の影に溶け沈んでいった。
~~~
「…ちょっと待ってちょうだい。
これは…どういう事…?」
視界の開けた光景に全員が言葉を失う。
床や壁、重力の概念すらないと聞かされていた【無色ノ間】へたどり着いた一向を待っていたのは、
七色ノ宝石と同じ光を放った『道』と
その先に続く五つの『巨大な島』だった。
§夢幻ノ箱庭§
本章 ―開幕―
【第二章】へつづく。
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