§幻想舞踏会§ 第三十五話~ミヅキヒメとの邂逅・後編~
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§幻想舞踏会§ 第三十五話~ミヅキヒメとの邂逅・後編~
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第三十五話~ミヅキヒメとの邂逅・後編~
「…最後に俺からも質問よろしいでしょうか。」
ボブがミヅキヒメの背後から声をかける。
「なにかしら?」
ミヅキヒメは優しくボブを見つめる。
「…俺と、光栄にも似ていらっしゃったという貴女様の夫というのは、
具体的にはいつ、どうしてお亡くなりになったのでしょうか。
何か原因がございましたか?
…それとも、「煉獄」になにか関係ありますでしょうか?
聞いた限りでは王子と王には関係ないようではあるのですが…」
ボブは内容が内容なだけに、言葉を選びながら尋ねる。
光姫の瞳に以前も見た悲哀の色が見えた気がした。
「……何を言ってるのかしら坊や。
大陸の地下深くにあると言われている煉獄は浄化の空間。
私の夫に何も関係はなくてよ?
…夫は寿命で先立ったわ。
もう二十年以上も前の話よ。
仕方ないとはいえ辛いものね。
最愛の人に先立たれるのは。
だって…。」
懐かしむようにボブの顔を優しくなでる。
「…だって、私達のように
<加護をその身に宿した者の寿命は通常の十何倍にも伸びる>のだから…。
………。
でも、もう王子へと加護を受け継がせた私は、
やっと人と同じ時の流れで夫の元へと向かっていくことが出来るようになったの。」
ミヅキヒメのボブを見つめる瞳はとても美しかった。
しかしボブ自身を見ていないことは、彼も解っていた。
彼を通して別の誰かを想っているというのが、痛い程伝わってきたのだった。
「…それは…良かったですね。
愛する人とようやく会えるというのは…。
……愛…ですか。」
[愛]という言葉を心の中で反芻する。
なぜかその言葉一つが自分の心にまとわりつくもやを雲散霧消していくようだった。
「ええ。愛しているわ。
愛しているわ。
いままでも
これからも
いつまでも
私の最愛の人は彼だけよ。」
「…そう…ですか…。」
(愛…これが…そうか。)
ボブは自分ですら見えなかった心が、はっきりとその形を現していく様を感じていた。
「そして…貴方の事を…見てると…
懐かしい…思い出…が………」
突然ミヅキヒメが倒れ込む。
とっさに側にいたボブがミヅキヒメを受け止める。
「ちょっと!!
大丈夫ですか!?姫様」
(…呼吸は…してる…。)
ミヅキヒメ…いや、光姫は完全に意識を失っていた。
光姫の身体から黄金色の魔力が抜け、七色ノ宝石の中へと戻って行く。
そして、戻るや否や、七色ノ宝石が再び赤く光り出した。
< 緊急告知 緊急告知
魔石の意志
侵食を再開
大陸の侵食を再開
各部隊隊士
注意せ[ミヅキヒメを大陸へ降ろせ] >
「…は?」
「最後のはなんだ一体…。宝石が…?」
空へと映し出させる文字が掻き消え、島全体に響く地鳴りのような声が響き渡った。
光と文字しか映し出したことのない宝石が初めて言葉という「音」を発したのである。
七色ノ宝石が次第に黒紫色に染まっていく。
< [ミヅキヒメを大陸へ降ろせ] >
「…誰だお前は。」
ボブが静かに問いかける。
しかし返事は返って来ない。
「くっそ!下はどうなってる!
僕じゃ、覗くことは出来ても感知なんか到底出来っこない…!!」
ていなんが声を荒げる。
「えぇ…しかも感知に長けている姫様は今倒れてます…。」
< [我が花嫁を祭壇へ捧げよ] >
隊士達の行動など意に介さぬとでも言うように宝石は言葉を続ける。
(ミヅキヒメを大陸へ…煉獄の祭壇へ降ろすか……!?
いや、それじゃ元も子もないっ…!)
ていなんはボブの抱きかかえる光姫を見る。
そこには、光姫を強く抱きしめ、歯を食いしばっているボブがいた。
(あいつ…。)
< [加護無き者共よ
希望の光を祭壇へ捧げよ
花嫁と引き換えに大陸へ
つかの間の平穏を約束しよう] >
「つかの間…?」
夜蝶がつぶやく。
他の隊士もつかの間の平穏という言葉に反応する。
しかしボブだけは違っていた。
(…したくない、絶対に姫様は渡したくない…。)
腕に力が自然と込められていく。
そんな様子を見たのかはたまた気まぐれか、
突然宝石の周囲に黒紫色の光球が生み出されていく。
そして、ボブへと一直線に魔導砲が放たれた。
「は!?」
とっさに木の盾を作り直接攻撃を避ける。
木の盾は砕け散った。
(七色ノ宝石は攻撃魔法なんてできない筈!
どういうことだ!?まずい、戦闘向きの種は持ってきていない…!)
「ちょ、ボブ君!?平気!?」
土煙が上がる中を暁月が駆け寄る。
「暁月!ちょっと手助け頼む!俺は防御しかできん!」
< [お前が手放せば
青の侵食から止めよう
国民を選べ] >
宝石がボブへのみ語りかける。
「……!?」
光姫の言葉が脳裏に浮かぶ。
―…私という[個]を切り捨てなさい
(まさか…ここで…?
国民か…姫様か……?)
腕の中にいる光姫は気を失っているが、浅くそして小さくではあるが呼吸をしていた。
(………。
…国民を選ぶべきだ。分かっている。
姫様もそう仰っていたし、それをお望みかもしれない。
………もう時間も…。)
「………嫌だな。お前が誰であろうと…
姫様は渡さん。」
ボブは確かにハッキリと言葉にした。
真っ直ぐと宝石を見つめて。
「よく言ったボブ。」
ボブの前に次々と他の隊士達も集まる。
「…ちっ…ボブ君、姫様はきちんと守りなよ。これからの攻撃は僕が…」
「言われんでも分かってる。
お前も下手はするなよ?」
「僕は団長だ。お前と姫様2人を護れないでどうやって国を護るんだよ。」
「ここは隊長さんに任せなさいってーの。
1人で背負うな、気持ち悪い。」
「…ていなん様、任せました。姫様は命に変えてもお守りしますので!」
「当たり前だ傷一つ付けるなよボブ野郎。」
全員が戦闘態勢に入らんと構える。
黒紫色に染まった宝石は不快と言わんばかりに怪しく光を揺らす。
そして、その力を示すかの様に、
隊士達のあがきなど無駄だと言うように、
光球を先ほどの何倍にも増やしてみせた。
「…な!?」
< [加護無き者共よ
祭壇へ捧げよ
国民を選べ
力無き者共よ] >
まるで嘲笑うかの様に、その光球はボブ以外の隊士へと夥しく降りそそいでいった。
「…防ぎ、きれなっ…!!!
うああああああああああっ!?」
「っ!!
いったぁ…」
「ていなん様!暁月!!
…ちっ…多すぎる…弾き切れな…!!」
「…っ!!」
本来五国で一番戦闘へ向いているはずの赤ノ面々が次々と被弾していく。
黄ノ国でも朱に次ぐスピードの持ち主である夜蝶ですら、避けきれずに背中に一撃を受けた。
「…!皆…!?」
ボブは目の前の光景に絶句する。
誰もが倒れ、苦悶の表情を浮かべている。
< [その手を離せ
国民を選べ
過去の偉人達のように] >
新たな球を生み出しながら宝石はボブへと語りかける。
ていなんが身体を引きずりながら起こし、ボブの様子を見る。
ボブ黙ってうつむいていた。
「…チッ!ボブ!!
迷うな!!
お前の気持ちで決めろ!!!」
ていなんの怒号にボブの身体はピクリと動く。
そして、顔を上げるとはっきりと言葉を紡いだ。
目の前の、強大な相手に向けて。臆する事なく。
「…過去の偉人様達のことは尊敬している。
あの方たちは己の信念を貫き通したからだ。
…なら、
今俺は姫様を守りたい。
それが、俺の信念だ。
お前に指図される謂れはない!」
…
…
…
「…あ~もう……耳元で…きゃんきゃん
うるさいですね……。」
ボブの腕の中から、聞きなれた悪態が聞こえてくる。
「…姫様…?」
「みつ…ひ…め…?」
瞳が水色に戻っている光姫は、真っ青な顔で半身を起こすと、左手を伸ばし指を鳴らした。
手の先からいつか見た光の波紋が広がる。
波紋に当たった隊士の傷が次々と癒えて行った。
ボブの肩を支えにしながら起き上がり、鋭く宝石を睨みつける。
「国民を選ぶ前に私の意志があるでしょうが!
…っ!ゴホッ…
…私の大切な民は大陸だけじゃない、ここの人達もです!
私欲張りなの!
今はお呼びじゃなくってよ!」
光姫が叫ぶと同時に無数の白い光が空に浮かぶ魔石を次々と撃ち砕いていく。
(お願い、宝石の中にいる人…いえ、ミヅキヒメ…!
あと少しの時間だけ抑え込んで!!)
光姫は宝石へと自身の魔力を撃ち込んだ。
光姫の魔力は宝石を破壊することなく溶け込み、撃ち込まれた場所から宝石の色が元の色に戻って行く。
< [ミヅ…]
システム正常化
システム正常化
各部隊隊士
各拠点島にて待機せよ
これは命令である
大陸への帰還は
変わらず禁止である
魔石の侵食継続中
しかし
各部隊隊士の
大陸への帰還は禁止である >
七色ノ宝石は空へと文字を映し出した。
光姫の回復魔法により動けるようになった隊士達が起き上がる。
光姫は肩で息をしていた。
ボブがその様子に気が付く。
「姫様!!お身体は!?」
「…離れてください。」
光姫は静かにつぶやくとボブの身体を弱弱しく押しのけた。
そんな様子の光姫へていなんとそうまが近づく。
「光姫。大丈夫か?」
「…ていなんさん…。
まりーさんのこと、お願いしますね。
仲直りして?
私、ヤキモチ妬くけど
やっぱり二人が仲良しじゃないと嫌みたい…」
青白い顔で必死に笑顔を作る。
ていなんは先刻の攻撃で気絶しているまりーを静かに見つめた。
「姫様、お身体の方は…」
そうまが真剣な眼差しで問いかける。
光姫はその質問へも笑顔だけを返した。
「…そうまさん。
彼と一緒に王を目指しなさい。
貴方とても素敵よ。」
そうまは手を伸ばそうとしたが、硬く握りしめてゆっくりと降ろした。
「姫様に褒めてもらえるなんて光栄です☆
ありがとうございます!」
「……ケホッ…ケホッ…
後で私の部隊の子にまりーさんを迎えに来させます。
私はこのまま島の端まで行き、大陸の様子を見てきます。
その後は拠点に戻りますのでこれにて…」
光姫はボブを一瞥すると、踵を返しふらつきながらも歩き去って行った。
「元に戻ったなとりあえず…。
ふぅ……力が抜けた…」
ボブは深いため息を吐く。
そうまはいつもの笑顔に戻っていた。
「戻った…みたいだね。
とりあえずは一安心って感じだね。
そうだ、さっき言ってたことだけど、この後ちょっとだけ僕に付き合ってくれない?」
「ん?なんだ?」
そうまはボブの正面に立つと、ボブの顔を覗き込むように話し出す。
「僕が姫様抱えて飛んだ時、変な顔してたよねー!
…姫様のこと、
まだ悩んでるままなの?
まだ気持ちは決まらない?」
「…。突然なんだお前…。」
そうまの顔から笑顔が消える。
真っ直ぐと見つめるその瞳と表情は、普段の幼馴染の顔ではなかった。
「僕は、王は僕よりもボブの方がふさわしいと思ってた。
でも、お前このままじゃ王にも男にもなれないよ。
このまま中途半端なままなら…全部僕がもらう。
次の王の座も、姫様もお前にはやらない。
それが嫌なら腹くくってね。」
そうまはボブへと拳を押し当てる。
「それだけ☆
でも本気だから覚悟しておいてね。」
「…おいお前。それはどういう…」
「まぁ、早めに腹くくることだな
お前が覚悟決めたんなら、
その時はキューピットでも、汚れ役でも、引き受けてあげる。」
そうまの言葉がボブの心へと真っ直ぐ響いていく。
ボブは黙り込み光姫の去って行った方を見る。
光姫の姿はもう無かったが、先程迄見ていた後ろ姿が今も思い出された。
(今まで、そうまと沢山競い合ってきた…。
テストの点だけじゃない、幼少期からずっと、
本当にしょうもないことから研究発表まで。
そうまと競うことが楽しかった。
だが…先程のセリフは…聞いて胸が締め付けられるようだった。
勝負なら燃えるはずが…痛い。
…あぁ、そうだ。
なんだ簡単な話じゃないか。
覚悟だ。
決意だ。
俺が嫌なんだよ。国王の座を奪われるのが…
そして…姫様を誰かにとられるのが。)
ボブの心は、今度こそハッキリと澄み渡っていた。
胸の痛みも、苦しみも、その感情に名がついた事で全てがクリアに映し出されていた。
「…もう腹は決まっているさ。
お前には負けん。
国王の座も、光姫様も。」
ボブは笑顔で応えた。
その様子にそうまも満足げにはにかむ。
「そっか、じゃあ楽しみにしてるよ♪」
「フン、お前だけなんか余裕なのが腹立つ。
俺はもう知らん、帰るぞ。」
「あはは、僕はいつもこんな感じだから、それは仕方ない!
うん、疲れただろうからしっかり休みなよー?」
「だからなんで上からなんだよ!
お前も一緒に帰るぞ!ほら!」
「そうだね☆
どうせ同じ寮だもんねー
帰ろうかー!」
そうまとボブはいつもの調子で拠点へと帰って行った。
~~~
他の隊士のいない島の端で光姫は咳込む。
口をおさえるその手には、赤い血が滲んでいた。
「…まだ大丈夫…まだ…。」
必死に自身へと回復魔法を展開する。
「…お願い私の身体…あと少しだけでいいから…そしたら…」
【最後の選択】はもうすぐそこに迫っていた。
…つづく。
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