§幻想舞踏会§ 第三十二話~第三回戦・橙色の間と灰色の間/意見の決裂~
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§幻想舞踏会§ 第三十二話~第三回戦・橙色の間と灰色の間/意見の決裂~
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第三十二話~第三回戦 橙色の間と灰色の間/意見の決裂~
魔石の侵食騒動の後、隊士達は三回目の試合を迎えた。
各々が、島に、宝石に、そしてある人物に疑問を持ちながらも、勝負は勝負。
隊士達は闘技場へ赴いた。
試合の出場順は、直前まで相手部隊には知らされない。
にも関わらず、両闘技場で運命のいたずらかと思うマッチングが実現した。
隊長同士の戦いとなったのである。
~~~
【橙色の間・第二試合】
「…まさか朱さんと戦うとはね…。」
「それはこっちの台詞です…。」
ていなんと朱は互いに笑顔だがどこかぎこちない。
無理もない、隊長とは部隊一番の実力者、勝ち星をとりに行くはずの試合戦略がこうして両部隊とも狂ったのである。
両者は同時に歌いだす。
―…8:00 2車両目お気に入りの特等席
隣の人眠そうですね そんな日常
8:07 開くのは向かいのドア息を呑む
言いかけてた“その言葉”は今日も逃げた
―…クローゼットの奥で眠るドレス
履かれる日を待つハイヒール
物語の脇役になって大分月日が経つ
忙しいからこそ たまに
息抜きしましょうよ いっそ派手に
ていなんから溢れ出る炎と
朱の周囲を鋭く走る雷が闘技場を埋め尽くす。
両者の考えている事は同じだった。
「タイプは違えど攻撃型の私達は…」
「…一撃に全てを乗せるだけだね。」
ていなんの炎は鋭い炎が渦を巻き、1つの球体のように集約されていく。
どのくらいの熱量を持つのだろうか、周囲の景色が温度の差で歪んで見えるその球体は、帯の様に解け出す。
中からは美しい炎の鳥が生まれ出てきた。
空高く翼を羽ばたかせ、朱を見下ろす。
自身の手に集約させた魔法を地面へと叩きつける。
破裂音を次第に大きくさせながら、放電気味に膨れ上がって行く黄色い閃光は地面から生える水晶の様に大きくなっていった。
一際大きな放電を見せると、水晶は砕け散り、中から反り返る角と靡く鬣を持った、黄色く輝く麒麟が姿を現す。
蹄で地面を抉り、足へと力を集中させんと嘶いた。
火の鳥と麒麟は、目が合うと同時に互いへと飛び掛かる。
炎と雷が激しくぶつかり合った。
閃光と衝撃波で視界は不良となる。
決着はおのずとやって来た。
まさに猛進する麒麟の勢いに火の鳥は次第に押されていき
そして、その輝く角によって貫かれた。
宝石が七色に光り、闘技場の上空に文字を映し出す。
第二試合
勝者、
黄晶麒麟隊 朱
~~~
【灰色の間・最終試合】
灰色の間でも、互いの部隊の隊長が対峙していた。
しかし橙色とは事情が少しだけ違う。
今回のこの試合は、黒闇夜叉隊隊長のレイカが光姫へと申し出たのであった。
―… 一騎打ちを申し込むわ。
これは試合の告知があったその日の夜の事だった。
レイカは光姫へと試合のマッチングを願い出た。
それは、自尊心でも自己犠牲でもない。
黒ノ国を背負う身として、【白の影ノ国】と言われ続けた国として、
まさに白黒ハッキリとつけたかったのだ。
光姫もこれを承諾。
そして、こんにちの試合へと至ったのである。
戦況は第四試合までで互いに2勝2敗。
この最終試合で、部隊としての勝利も決まると言う状態だった。
「申し出を受けて下さりありがとう、姫様。」
「…いえいえ、レイカさんからの招待状ですもの。断る理由がありません♪」
お互いに笑顔を保つが、和やかな雰囲気はどこにも流れていない。
先に歌ったのはレイカだった。
―…アップダウンは世の常
クズ引いたって動じない
肝心なのStrongなMind
出し抜いてSuvive
行きつく先はHeaven or hell
この世界のルール
たった一つ 勝者こそが正義
「全てを包み込む深く美しい闇に染めてみせます。」
闘技場を黒が飲み込んだ。
広場で観戦する隊士達もその闇によって何も見えない。
まさに黒一色。
全ての色が彼女によって染まった。
その闇の中で全てを見通し、そして動けるのはレイカのみ。
レイカは自身の影から精霊を生み出し、闇で包み込んだ光姫を見据えた。
黒しかないはずのレイカの視界に映ったのは、「光」だった。
「…勝利は白き光の下に。」
―…悲しみが終わる夜明けに
歌が大地に響きだす
風が涙拭うように
歌が心癒してゆく
響け歌よ 届け歌よ
空を越えて君の元へ
闇夜に響く歌声が、言の葉が、雲の隙間から差し込む光のように闘技場へと降りそそいだ。
広場で観戦している隊士達は姿や魔法など見えず、ただ歌声だけを聴いた。
…そして、とある隊士の頬には涙がつたっていた。
差し込む光は精霊を含む全ての黒を消し去った。
宝石が七色に光り、闘技場の上空に文字を映し出す。
最終試合
勝者、
白光天照隊 光姫
「一度の敗北であきらめるつもりはないの。姫様、またいつか勝負してくださる?」
「ええ、もちろんです。私もタダで勝ちを譲る気はありません。」
~~~
試合も無事終わったが、いまだに大陸への帰路は七色ノ宝石によって遮断されたままだった。
光姫は今日も島の端へと赴き、大陸へと意識を集中させる。
(…大丈夫、今日もまだ魔石の侵食は止まっている。)
「…でもまたいつ進行が始まるかわからない。」
独り言のようにつぶやきながら、拠点へ帰ろうと歩く。
しかし考え事をしながら歩いていたせいか、足元への注意がおろそかになった光姫は、そのまま躓いてしまった。
身体能力は平均以下の彼女は、受け身もとれずに転倒する。
<パリン>
何かが割れる音がした。
「…いたた…。…ん?ああ?!」
ゆっくり起き上がり、自身の帯部分を見てみる。
そこにはいつも付けている装飾である、小型の鏡が、割れて散らばっていた。
「…鏡が割れちゃった。
拾わないと…誰かが踏んだり触って怪我でもしたら大変です。」
地面に散らばった破片を拾い集める。
鋭い痛みが指先に走った。
「痛っ…」
手を見ると、赤い血が溢れていく。
「…まあいっか。」
そのまま拾い続けている所に、まりーとボブ、そしてジェイドを従えたていなんが現れた。
「姫様…どうかなさったんですか?」
まりーが駆け寄る。
光姫はとっさに怪我をした手を隠す。
「あ、まりーさん。鏡を割っちゃって…
ちょっと拠点から予備を持ってきてくれませんか?」
「あ、はい。ちょっと探してきます。」
まりーは駆け出していく。
光姫は大きなため息をひとつ付いた。
ボブは後ろ手に隠した、光姫の手が赤い事に気が付き、光姫の後ろに回り込み手を掴む。
「姫様。怪我しているではありませんか。」
「…こんなのかすり傷です。」
そう言ってるそばから血が流れ落ちて行った。
「どこがかすり傷なんですか!!とりあえず止血して!これ塗って!!」
ボブがてきぱきと傷を処置していく。
「…魔法無しってこんなに面倒なんですね…。
ありがとうございます。」
そう、普段の光姫なら魔法で治してしまうような怪我である。
しかし彼女はそうしなかった。
理由は明白、魔法の使用を極力無くし[呪い]の進行を少しでも遅らせるためだ。
それは口にはしないが、誰もが気づいていることでもあった。
「姫様!」
まりーが足早に戻ってくる。
「控えはやはりありませんでした。
まさか大陸へ帰れなくなるとは思っていなかったので…」
「そうですか。仕方ありません。
正装の規則に違反しますが、しばらくは鏡無しで過ごすとしましょう。
…ちなみに抑圧珠のストックはいくつありました?」
仕方ないと言わんばかりに、鏡の付いていた装飾をはずしまりーへと預けながら言葉を続ける。
「姫様の抑圧珠は一度にそれなりの数を消費しますので、もって3回分かと…。」
「3回分か…。」
(抑圧珠が無くなれば私の魔力は常に溢れ出続ける。それが意味する事はただ一つ…
使い時は決めないといけませんね。)
そんな2人の様子にていなんは素朴な疑問をぶつけた。
「あれ?光姫…そういえばなんで鏡をいつも身につけてるんだ?」
不思議そうにまりーの手に渡った割れた鏡を見つめる。
「え?鏡ですか?
私達白ノ国の象徴と言われている天照様の神器である八咫鏡。
これを模しているただのレプリカですよ。
王族の装飾には必ず鏡を用いた何かを身に着けるというルールがあるんです。」
そこまで答えて光姫はふと何かを思うかのように首を傾げる。
「…あれ?もうひとつ意味があったような…。」
そんな独り言は誰にも気づかれることはなかった。
「神器?…神器なら持ってないとやばくないか?」」
「んー…。
そもそも天照様の持ち物を模して作った装飾なのでこれ自体には何の力も無いのですよ。
今回壊したのだって初めてではありませんし。」
光姫がいたずらに笑う。
ボブもていなんに続けて質問をぶつける。
「その鏡はいつからつけていたんですか?
鏡を付けるという習わしはいつから始まったのかわかりますか?」
「…?
これは私が生まれた時から正装として身に着けてますよ。
そしてこの光姫の正装は初代光姫様の正装を倣ってますので、初代光姫も鏡を持っていたはずですよ?」
光姫はなぜそんな質問をしてくるのか解らんとばかりに不思議そうに答える。
ボブは考え込みながらつぶやく。
「初代…つまり【ミヅキヒメ様】ですかね…。
あの方の時から鏡を付けていらっしゃったんですか…」
ボブのつぶやきに、その場にいた全員が怪訝な顔を見せる。
まりーがボブへと声をかける。
「…ボブ、ミヅキヒメって誰?ミツヒメじゃなく…?」
「…あ、そうだ。
この間の説明をまだしてませんでした…!」
全員がボブの言葉に耳を傾ける。
「実は、先日姫様に七色ノ宝石の調査依頼をお願いした日です。
俺と姫様で植林へと落ちて行ったあと、皆さんが来るまでの間、
姫様が別人のように話をなさったんです。
そのときの姫様は自らの事を[ミヅキヒメ]と名乗っていました。」
「ミヅキヒメ…?ミツヒメではなく…?」
「はじめは光姫様とお呼びしたのですが、ミヅキヒメだと訂正なさいました。
そして…
[もうすぐ国は1つになる]
[この島は大陸だ]と仰っていた事から、
あの人格は初代光姫様ではないかと推測しています…。」
「ま、まって!国が1つになる!?
なったって文献なんてどこにもなかったよね?
しかも島ではなく大陸?」
「ええ、大陸。それも[青国]だと仰っていました。
…姫様は覚えておられないのですか?」
ボブは光姫に問いかけるが、彼女は理解できないという表情だった。
「…何の事ですか?」
「…覚えておられないのですか?」
まりーはブツブツと独り言のようにつぶやく。
「冠名はそう簡単に変えて良いものじゃない…。
ううん、冠名が変わったなんて歴史はどこにもないはず…」
「わかりません。それらが文献に残っていないのであれば、ミヅキヒメ様に直接聞くしか…」
ジェイドが珍しくボブへとつっかかりもせずに尋ねる。
「ボブ君、そのミヅキヒメ様とか言う人、また呼び出せないの?」
「呼び出す…そうだ!」
「…その反応…呼び出せるんだね?」
ボブは調査時の光景を思い出しながら推測する。
「宝石と共鳴した後に、一時的にミヅキヒメ様が現れたなら、もう一度呼び出すには宝石と姫様を共鳴させれば良いんだと思います。」
まりーの表情がこわばる。
「まって!
その時姫様は、抑圧珠を解放していたでしょう?
あと3回…あと3回しかできないのよ?
ううん、あと3回と拘らず、次解放するだけでどれだけ呪いが進行してしまうか…!」
「…しかし、それ以外にミヅキヒメ様から話を聞く術がありません…。」
ていなんがまりーを後ろからなだめる。
「まあまあ、まりーちゃん落ち着いて。
僕もミヅキヒメに会ってみたいな。
大丈夫、今度は僕達もそばにいるから。
…ねえ、光姫。
僕会ってみたいよ。
初代かもしれない、もうひとつの人格に。
なんとかなるならその案に賭けてみたい。」
ていなんが光姫を見つめる。
まりーは慌ててていなんを引き寄せた。
「てぃー様!まって!
姫様の呪いが…
解放してしまえば、呪いは確実に姫様のお身体を蝕む…!」
ていなんがまりーへと見せた顔はいつもの甘い顔ではなく、一国の姫としての顔だった。
「…呪いの事を知る上でもやらなきゃわからない。
まりーちゃん、キミが一番知っている言葉だよ。
【行動せずに後悔するより、行動して徒労に終わる方がマシ】
これは僕、[ていなん]だけの意見じゃないよ。」
そう言い、ていなんはまりーへ光姫を見るよう促す。
光姫の顔は既に覚悟を決めた顔で真っ直ぐとまりーを見つめていた。
「姫様!なりません!
お身体を第一にお考えください!!」
光姫のその様子にボブは何かを思い出したように、近づく。
「…ひとつ確認し忘れていました。
姫様少しお顔を見せて頂いてよろしいでしょうか?」
ボブは至近距離で光姫を見つめ出す。
「はい!?!?」
「俺の目を見てください…」
「えっ!?ちょっ!?は?」
光姫の顔が一瞬にして真っ赤になった。
すると、納得したかのように顔を離す。
「やはりそうです。目の色が違います。
ミヅキヒメ様の時、姫様の目は水色ではなく黄金色になっていました。」
「…目の色?」
ていなんは光姫の目を覗き込むように、顔を近づける。
「…やっぱり、僕もミヅキヒメに会いたい。
何かあってもいいように、そばにいるから。」
「て、ていなんさんも顔近いですよ」
ボブのせいで紅潮した頬は熱をもったまま、またもや美形が至近距離に来る。
光姫は動揺を隠せずにいた。
「だってさー、目の色なんて気にした事なかったし…
ねえもっと見せてよ」
「…ちょっとていなん様、姫様に近いです。」
ボブはていなんから引き離すように光姫をまたもや抱き上げる。
ていなんは露骨に嫌な顔を見せた。
「…チッ、ド天然タラシ野郎が…。
ボブ、きみも僕と同意見なんだろう?」
「ええ、俺もそ…、……?」
ボブはもちろん、ていなんと同意見のつもりだった。
なのになぜか素直に同意の言葉が出せない。
ボブ達、青ノ国の大学生は未来の国王になるべく[君主学]を学んでいる。
そしてそうまとボブはその学問において、S適正という類稀なる優秀な成績を収めていた。
だからこそ、光姫の覚悟、
そして赤ノ国の姫であるていなんの意見、
これが【国の為】としては正しい意見だと頭では理解していた。
なのに、口が、言葉が、その正しい意見を紡いでくれないという事態に陥っていた。
自身の事なのに理解が出来ず、腕の中にいる光姫を見つめる。
光姫は、また抱き上げられた事でふくれていた。
「…私は反対。抑圧珠を外すのはダメ。」
まりーの怒気を含んだ声に、ハッと我に返る。
ていなんへとまりーが意見する。
「姫様の呪いをこれ以上…ううん
呪いの進行速度を速める訳にはいかない。」
「まりーちゃん。僕達だけの問題じゃない。国が危機に瀕しているんだ…。わかってよ。」
「私は姫様の御身を守る者。これ以上姫様の命を削らせるようなことなんてさせない!」
「…っ」
まりーとていなんの間に、火花が散ろうとしたその時、
「はい、皆さん一旦落ち着きましょう。」
ジェイドが冷静に間に入ってきた。
「…ジェイド…。」
「ていなん様も落ち着いて。あなたらしくない。
僕たちで論争してもキリがない。
ここの皆さんで決める事です。多数決で決めましょう。」
ジェイドは周囲を見る様促す。
いつの間にか集まった隊士達が心配そうに、その様子を見守っていた。
まりーは拳の力を緩める。
「……わかった。
でも、私は反対。
これ以上姫様を苦しめたくない。
それだけ言わせてもらう!」
まりーはジェイドの向こうにいるていなんをキツく睨む。
ていなんは苦悶の表情を浮かべていた。
「でも僕は…!
光姫を救う事も…そして下にいるみんなの為にも、今出来る事をする!
わかってよまりーちゃん…!」
「…考えておくね、てぃー様。」
まりーはていなんの顔を見る事なく、背を向けた。
ていなんはまりーの様子に歯を食いしばり、ジェイドと共に歩き出す。
そしてまりー達の見えないところまで行くと、近場の木へと拳をぶつけた。
「ていなん様…。落ち着いてください。」
「………悪い。
まりーちゃんにとって光姫が大切な存在だっていうのは痛い程わかる…
……でも僕は……国を背負ってるんだ…。」
「僕はていなん様の味方です。」
「…ありがとう、ジェイド。」
ていなんの拳には、いまだ力が込められていた。
2人が去って取り残されたあと、ボブと光姫はいまだ見つめ合っていた。
ていなんとまりーの会話を聞き、冷静さを取り戻した光姫が最初に口を開く。
「…貴方もていなんさんと同じ意見なのでしょう?」
「………。
確かにもう一度、ミヅキヒメ様とお話ししたいです。
しかし…お身体の心配が…」
ボブの発言が珍しく歯切れが悪い。
光姫はそんな彼の心境を理解した。
理解した上で、彼への優しさを捨てる事を決めた。
「…私の身体よりも大事なことがあるでしょう。
そちらが優先よ。」
光姫は毅然と応える。
冷静さを失ったのは、ボブの方だった。
「何言ってんですか!姫様はご自分の身体を一番に考えてください!!」
人目もはばからず声を荒げる。
しかし光姫の視線は揺るがない。
「 [個]より[全]!
貴方、君主学を学んだのでしょう?
S適正保持者なのでしょう?
何を一番優先させるか、しっかり見極めなさい!」
強く、そしてハッキリと伝えるかの様に言葉を紡ぐ。
自分とは違い、これからという[未来]がある目の前の青年に、光姫は冷たく道を指し示す。
「もちろん全体を…国を優先するべきなのはわかってます!
ですが今は、一応とはいえ魔石の侵食は止まっています!ミヅキヒメ様にお会いしたいのは確かですが、姫様のお身体が持たないようならばストップもかけられます。」
「………。」
光姫は静かに見つめる。
(目の前の青年は、まだ若い。
そして学問として[王の素質]が何たるかを学び、それを発揮するポテンシャルもある。
…しかし優しすぎる。
だから、私が教えてあげなくては。
私自身を貴方の経験の糧にする。
私がいなくなった後の未来の為に…。)
「………ボブさん。
私はまだ死にませんし、死ぬ訳にもいきません。
だけど、ここが決断の時なのです。
私は何度も伝えています。
人生は選択の繰り返しなのだと…。
私という[個]を
貴方達と国…いえ、この大陸にすむ人々という[全]の為に切り捨てなさい。
どちらも尊重できる、都合の良い未来など無いのです。」
ボブは光姫のその真っ直ぐな視線に、目を逸らすことしかできなかった。
ゆっくりと光姫を降ろし、自身の腕から解放する。
「…まだその時ではないと言ってるんです……。
他の道を模索する時間もまだあります…。
それに…
…それに、俺は!
一個人として、貴女を失いたくありません。」
心からの本音をぶつける。
目の前で頑なに自分自身の道を正そうとしてくれている女性に。
光姫は、目を見開くが、すぐに表情は元に戻った。
先ほどよりも、暗い表情で。
「あなたそれでも王を目指す学生?
そんなでは将来青ノ国の王にはなれませんよ。
そして、もう二度とその無自覚天然発言も勘違いはしませんからね!」
(そう、彼は私個人への恋愛感情なんて無い。
あの発言にも意味なんて無い。)
光姫は自分の言葉に傷ついている自分がいる事を、胸の中にそっと隠した。
「まりーさん…帰りますよ。」
光姫は背を向け歩き出す。
どこか悲しげなその背中に、ボブは言葉をぶつけた。
「たとえ!世界を救うのにミヅキヒメ様と話すことが必要でも!
その為に姫様を苦しめる事になるのなら、俺は他の手段を考えます!」
(何を言ってるんだ俺は…)
「王になるために今姫様を切り捨てる事が君主学と言うのなら…
俺は、そんなものいりません!」
(俺は何を口走ってるんだ…!)
思考と紡ぐ言葉が噛みあわない。
ボブは自分の心が理解できずに戸惑いを隠せなかった。
光姫は足を止めるが、振り向かない。
そして、背中を向けたまま静かに言葉を紡ぐ。
「…貴方はまだ若い…。
そして、何より未来への時間がある。
…私と違って。
…これからの人生で沢山学びなさい。
何が最善なのか。
犠牲ではなく、礎として
何が必要であるかと、その代償を。
私には無い[未来]で、私の分まで沢山の知識を、そして経験を吸収しなさい。
そうすれば、いつかわかりますよ。
私の言ってる事が、間違えていないことを…。」
まりーはボブを一瞥すると、光姫の元へと走って行く。
光姫は拠点へと歩き出し、もうその足を止めることも、振り返ることも無かった。
ボブはその後ろ姿をただ黙って見つめる事しかできなかった。
(姫様の言っていることが正しい…。
それは俺がこれまでに学んできた全ての知識が肯定している。)
頭では理解できている。
しかしボブの脳裏に浮かぶのは、光姫の言葉だった。
―…私という[個]を 切り捨てなさい
(間違っていない。青ノ国の最後の王も姫様と同じ意志だったはずだ。
国民のために、自分の身を投げ打った。
俺はそれを学んだし、そして尊敬している。)
なのに、身体が、言葉がいう事を聞かないでいた。
自分の感情なのに抑える事が難しい。
ただあるのは、光姫の言葉を
あまりにも単純な一言で一蹴したいという気持ちだけだった。
(…嫌だ。…そうか、俺は嫌なんだ。
姫様がいなくなるのが嫌だ。それだけだ。)
ボブは踵を返し、自身の拠点へと歩き出す。
その目は、決意の意志に染まっていた。
「…誰一人、欠けることなく。
世界を救う…。
そしてみんなで大陸に帰るんです…。
…必ず!」
…つづく
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