§幻想舞踏会§ 第三十話~命令と侵食・前編~
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§幻想舞踏会§ 第三十話~命令と侵食・前編~
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第三十話~命令と侵食・前編~
「あら、もういらしてたんですか?」
澄み渡る夜の広場では、光姫がボブと待ち合わせをしていた。
ボブは立ち上がり、会釈する。
「約束しましたので、姫様とデートするって。」
「そうですよ?守って頂かなくては困ります。」
光姫が満足そうに微笑む。
「しかし…、いつも過ごすこの島の広場で良かったのですか?
なんなら七色ノ宝石に大陸へ転送してもらって下界のどこかへお出掛けでも良かったのですが…。」
そう、七色ノ宝石は必要な物資の搬入や下界への報告の為に隊士達の希望があれば転送ができる。
しかし光姫が指定したのは、この広場の中心にある噴水前だった。
光姫は少し考え込むようにうつむくと、ボブへと背を向ける。
「デートですから…。見ず知らずの不特定多数に邪魔されたくないですもの…。」
「…そうですか。」
静かな沈黙が流れる。
その沈黙は光姫の小さな声もボブの耳へと届かせた。
「ボブさん…貴方、お付き合いしている方はいるのかしら…?」
「あ、え…」
突然の質問に動揺を隠せずにどもる。
光姫はボブの方を一向に見ようとはせず、背を向けたままだった。
躊躇いがちに言葉を選んでいく。
「いえ…えーと、別れました。…この島へ来る前に…お互い何かとすれ違いが多く…。」
「………そう。」
ボブはその小さな背中を見つめる。
背筋をまっすぐ伸ばしながらも自分の肩にも届かない小柄な後姿。
無意識に手が伸びて行った。
「ならば、なおさらデートですね!」
その声と同時に光の球がボブの頬を掠め、もみあげの髪を消し飛ばした。
「……………はい?」
振り返る光姫は満面の笑みを見せていた。
まるでとても面白いおもちゃを見つけた子どものように。
「さてデートを始めますよ。ほら避けてくださいよ。ほら。」
そう言いながらボブへと光の球を次々に撃ち出していく。
ボブはそれらを必死に避けながら叫んだ。
「ちょっ!まっ!?こ、これのどこがデートなんですか!?!?」
「いやですわボブさん。デートは立派な訓練ですのよ?
そしてデートに必要なのは【反射神経】。
即座に正しい判断をできるよう磨かなければなりません。」
言葉を続けつつも攻撃の手は緩めない。
「デートに反射神経なんていりませんよ!!!!」
「あらあら口答えする余裕があるだなんて…。
いいですか?
反射神経があれば万が一隣りを歩く彼女が躓いて転びそうになっても即座に支え助ける事ができます。
反射神経があれば雨の路肩で走行車が歩行者である2人に水たまりの水を浴びせてきても、傘を瞬時に横にして防ぐことができます。
反射神経があれば彼女が何かを落とした際に地面に落ちる前に拾うこともできます。
反射神経があればデート中に上から植木鉢が降ってきても避ける事ができます。
反射神経があれば満員電車の中でとっさに彼女へと体重がかからないよう手をつくことだってできます。
…デートとは駆け引きであり、勝負なのです。
勝負に大切なのは判断のスピードと迅速な行動。
そして相手に気に入ってもらえるようポイントを稼がなくてはなりません。
女心を解ってないボブさんでも恋という勝負に勝てるように、
私がデート(トレーニング)して差し上げます♡
あ、私の可愛い隊士とデートなんてしたら消し飛ばしますから。」
「どうしてこうなった!?!?!」
光姫が笑顔で手数を増やしてく。
ボブは必死に回避と防御を繰り返していた。
そしてそれらを茂みから覗く複数の影は、同時に溜息を大きくついた。
「………やっぱりこの二人に普通のデートは無理だったか…。」
「まりーちゃん、あれデートなの…?」
「あっは!ボブの野郎は、ああやって逃げ惑っているのがお似合いだわ。」
「納品作業も落ち着いたから久しぶりに広場に顔を出したのだけど、相変わらずの様ね。」
「…甘いスクープを期待してたのに……。」
「ボブ君はやっぱりボブ君か…。」
全員がいつもと変わらないその光景をやれやれと言わんばかりに眺め、
隠れる気も失せて、各々は立ち上がりわらわらと茂みから出てくる。
ボブはそんな隊士達に気が付き今まで見られていた事を知る。
「皆さん!のんきに見てないで助けてください!!!!!
ていうか姫様!あれだけ近い距離に皆さんが隠れてた事、絶対気が付いてたでしょ!!」
「いや~別に教えろとも頼まれてませんし、彼女たちも気づいてほしくなさそうだったので♪」
光姫は何食わぬ顔で答える。
ボブと光姫のデート(?)はその後もしばらく続いた。
~~~
「さて、そろそろ日付も変わりますし、拠点に帰りましょう。」
光姫が完全に息の上がっているボブに背を向け、拠点に帰ろうと踏み出したその時、
今までにない色合いで突然七色の宝石が激しく光り出した。
突然の赤い光にすべての隊士が驚き、口を閉ざす。
まるで警報のサイレンの様に赤く輝くその宝石を全員が何事かと見上げると、文字は真夜中の空へと文字を映し出した。
< 緊急告知 緊急告知
これは命令である。
全ての部隊隊士へ告げる
島の外への離反
及び自国への帰還
全てを禁止する。
これは命令である。
すべての部隊隊士は
島の外へ出ることを
禁止とする。
その為
転送術式に関する
全ての機能を停止する >
「………は?」
レイカは組んでいた腕を強張らせ、目を見張る。
他の隊士も眼前に並べられたその文字を読み、理解できない様子で言葉を詰まらせていた。
光姫もその文字を読み、笑顔が消える。
(…これは何事かしら…、こんな夜中に…。)
「お家帰れないんですか?!」
夢羽がパニックを起こさんとばかりに声を上げる。
ハンペンはそれをなだめつつも、困惑の表情を隠せずにいた。
次第に困惑と疑念の声で広場が騒々しくなり出す。
光姫はその間もジッと文字を見上げていた。
そして、何かに気が付くと突然声を上げた。
「…まさか!魔法阻害隔壁!?
レイカさん!転送魔法が使えるか試してください!」
光姫がレイカへと叫ぶ。
「…わかったわ。
黒ノ国、私のブティックになら私の魔力が充満しているから、不利な状況下でも魔法を展開させやすいはず…。」
そう言ってレイカは歌を奏でる。
しかし一向にゲートは開かない。
それは声量を上げようが、転送先を変えようが何も変わらなかった。
「…だめだったわ。どこを指定してもだめ。
術式を展開しようとしたそばから何かに弾かれるような感覚。
貴女の言うとおり、阻害されているみたい…」
「…ありがとうございます。」
レイカが悔しそうに唇をかむ。
光姫は思考を巡らせた。
(私達の魔法でも大陸に行くことができないよう、魔法阻害隔壁迄展開するなんて…
きっと島の端へ行っても同じ…。
見えない壁で飛び降りることすら不可能って訳ですね…
まさか…下界で何かが起きた…?)
「七色ノ宝石さん。理由を説明してください。」
光姫が静かににらみをきかせる。
七色ノ宝石は呼応するように、その光を波打たせ、文字をさらに映し出した。
< [魔石の意志]
大陸を侵食中
よって
大陸との経路を切断する
これは命令である
全ての部隊隊士は
この島にて待機せよ >
「大陸を侵食中!?」
「え…?侵食…?」
どよめきがはしり隊士達は動揺を隠せずに宝石をただただ見上げた。
レイカが叫び声をあげる。
「侵食ですって!?
姫様!そもそも[魔石の意志]は消滅させたはずじゃなかったの!?」
その声に全員の視線が光姫へと集まるが、光姫もその内容に驚くばかりだった。
そのままうつむき躊躇いの影を落とすが、その影はすぐに消え決意の色のみが表情にうつる。
「…まりーさん!
抑圧珠を解放して下界の様子を感知します!
私が解放しすれば宝石は誤作動を起こし、一時的に阻害壁を無視して感知できると思います。
その間、他の隊士の皆さんが怪我しないようにフォローを!
揺れますよ!!」
そう言い終わるや否や、光姫は頭部の抑圧珠を引き抜いた。
「…!各員揺れに備えてください!」
ジェイドが全員へと聞こえるほどの大声で叫ぶ。
中央広場が荒波の上を浮かぶ船の様に大きく揺れ出す。
「ボブ先輩いいいいいい!植物出してくださいいい!」
「まかせろ!」
ボブが地面から様々な位置に木を生やす。
「補強にはなると思うわ。」
レイカがさらに糸を張り巡らせ、木々を固定化した。
各々がそばにある物につかまり、揺れに耐える。
光姫は、瞳が陽光の様に黄金色へ輝くと宝石と同じ高さにまで浮き上がり、宝石は不規則に点滅しだした。
すると島を包む見えない壁が消えたことで島へと風が流れ込む。
光姫は意識を大陸の方へと集中させた。
(侵食の発生源は…巨山の根本付近…各国に流れ込んでいる…?
これは調べなきゃ…)
「…黒ノ国。
侵食は
始まったばかりの様です。
私達の様な魔法での戦闘に慣れていない人達が魔力暴走を起こしているようです。」
「黒ノ国ですって!?
もう少し詳しく教えてちょうだい、王宮は?!城下の様子は!?」
レイカが顔を青くする。
「王宮は山から離れている為まだ魔石の気配はありません…。」
(…次!)
「赤ノ国…!
黒ノ国と同じくらい…。まだ少ない…。」
「なんだって!?」
ていなんが声を荒げる。
「おい、光姫!!父上は!?民たちはどうなんだ!?」
「ていなん様!落ち着きください…!」
ジェイドがていなんをなだめる。
無理もない、ここにいる隊士は魔石の脅威とその蹂躙を体験している。
その危険性は大陸の誰よりも理解しているのだ。
ジェイドに諌められ、ていなんは歯を食いしばる。
光姫は汗をにじませつつ、感知を続けた。
自身の身体の異常に目をそらしながら。
「……っ
…黄…ノ国…!
元来魔力頼りの方が少ないから…かしら…
ある町外れのドーム状の施設でのみ、魔石反応あり…」
「それ私のクラブ!?
い、いやぁん!!魔石…」
雪季が声を上げる。
涙目になり、まりーになだめられていた。
「青…ノ国……。
……っ!?
な、これは…侵食が…早い!
大きな建物…
たく…さんの若者がいる。
魔…力が制御できず…に
半数が暴走を…して…」
「まさか…大学!?一番侵食が早いって…」
「なぜ!?なぜ他の国と私達の国だけ侵食のスピードが違うの?!?」
ハンペンは驚愕しつつも、混乱する夢羽を支える。
となりにいたボブも驚きを隠せず声を荒げた。
「学校ですか!?クソ!何か…!」
そう言いながら上空を舞う光姫を見ると、違和感を感じる。
明らかに顔色がおかしい。
いつもの余裕が彼女の表情に一切なかった。
「白……国…
…侵食は……?
…無い?
ど…こにも…。」
光姫は自分の感知ミスかと思い、自身の国を何度も感知するが、やはり浸食は見当たらなかった。
そして光姫の身体を内から締め付けるような痛みが襲う。
(…胸が痛い…)
まるで心臓を何かに締め付けられているかのように、激痛が走る。
ボブが声を上げる。
「姫様!!一度お戻りください!!!」
その声に他の隊士も光姫を見上げる。
光姫はその問いかけに答える余裕すらなく、ただ一心に魔力を解放し続けていた。
(苦しい…おかしい…。
夜とはいえ、これ位どうってことも無いのに…。
まさかこんなにも…)
視線を自分にしか見えない鎖へとうつす。
自身を取り巻く鎖は本数を増やし、初めてその鎖が見えるようになったあの夜よりも、確実に距離が縮まっていた。
ボブはその様子を見て、先日の七色ノ調査時の事を思い出す。
(あの時も確かあんな表情を見せていた…気がする…。まさか…)
「…呪いが…加速しているのか?」
ボブは無意識に声を出す。
「呪い…?」
偶然近くにいた暁月が、その単語を不思議そうに声に出す。
まりーと夜蝶の表情が一瞬にして変わる。
「ボブ!言ってはダメ!」
「ボブのバカ!!」
その声に他の隊士も疑問を抱く。
「…先輩、呪いってどういうことっすか?」
「蝶ちゃん、姫様のことで何を隠しているの?」
夜蝶が冷や汗を流し押し黙る。
そんな広場の様子に気が付いた光姫は声を荒げた。
「黙りなさい!あなたあれほど言うなと…!!」
叫び声をあげたせいか、光姫のバランスが崩れる。
体制を整えようにも、痛みにより朦朧とし、そのまま完全に浮力を消失、
頭から広場へと落ちてきた。
「姫様!?!?」
「あの高さはまずいです!!」
悲鳴が上がる。
助けようにも、光姫の魔力開放の影響で広場が安定しておらず、全員が出遅れた。
レイカもとっさに転送術式を使用するが、光姫の魔力開放が消えたことで阻害隔壁が再生成、
魔法が使用できなくなっていた。
ていなんが舌打ちをすると、叫ぶ。
「ボブ野郎!てめぇ責任取ってこい!!」
ボブはていなんい言われるのと同時か、それよりも早く走り出す。
生やした植物を足場に駆け抜け、突きだした両手に光姫が落ちてきた。
摩擦音が響き、砂埃が舞い上がる。
ボブの腕の中には真っ青な顔をした光姫がいた。
七色ノ宝石は、光姫の魔力放出が無くなったことにより、元の光を取り戻していた。
空へ淡々と文字を映し出す。
< システム復旧
異論は認めない
全ての隊士は
国への帰還を禁止する >
その文字にレイカとていなんが激昂する。
「ちょっと。あまりにも説明が足りな過ぎるでしょう。
今、大陸で何が起きてるのか説明を要求するわ。
それにするべきことは一刻も早く地上に降りて国の人達を助ける事に決まってるじゃない。
なのにどういう了見でここに留めさせておくの?
指をくわえて見てろっていうの…!?」
「何故だ!!!ふざけんなよ…国の民が今まさに抗っているのに、
国を背負った僕達が動かずにどうすんだ!!!」
七色ノ宝石はそんな怒号にも反応を見せず、淡々と文字を映し出す。
< これは命令である
各員、待機せよ
繰り返す
異論は認めない
各員、隊規せよ >
「何で…!?友達が…家族が苦しんでるのに何もさせてくれないだなんて!!」
全員が怒りと焦燥を露わにする中、
ボブは腕の中の光姫の様子に確信を持つと、静かに話しかける。
「姫様…もう今は隠しているべき場合では有りません。
状況が切羽詰まっている以上、皆さんにも話す必要があります…!」
その言葉を聞き、光姫はボブの胸ぐらを掴み鋭く睨み付ける。
「…ぅ…
あ、貴方…私に殺されたいのかしら!?
お黙りないと…言ってるでしょう!」
「ひ、姫様落ち着いて…」
まりーが光姫の元に駆け寄ろうとすると、ボブが片手を突きだし、まりーを制止した。
そして、静かに語り出す。
「皆さん。少しお話がございます。
[光姫]とい名前について、黙っていた事があります。
この名前は、白ノ国に代々伝わる冠名であると同時に、[呪い]でもあるのです。
これは秘匿されなければならない禁術と共に、代々受け継がれるもの。
レイカ様にこれをお話しされたあの日から、姫様の身体は呪いに蝕まれております。」
ボブが突然語り出した内容に、隊士達にどよめきがはしる。
「貴方!本当に殺すわよ!!
私は自分の目的の為に手段は選ばないと言ったでしょう!!」
光姫はボブから離れようともがく。
しかしいくら暴れようとも彼は決して腕の力を緩めなかった。
「姫様…!お身体に障ります…!」
まりーが涙目になりながら光姫の元へ行こうとするが、ボブは一向に光姫へ誰も近づけようとしない。
光姫へと視線を落とし静かに言葉を紡ぐ。
「姫様、もうひとつ。
確認したいことがあります。
七色ノ宝石を調査するした時、落下したとはいえ衝撃はあまり無かったはず。
にも関わらず、貴女はダメージを身体に受けていた事を隠していらっしゃいましたね?
…あの時は俺が冷静さを失っていたとはいえ迂闊でした。
今の様子を見て確信しております。
姫様、貴女のその呪いは抑圧珠を外す…
つまり魔力を一定以上解放すると、呪いの進行が加速するんですね?」
「………!」
光姫は目を見開いた。
まりーへと視線を写す、まりーはボブの語る内容に絶句していた。
…真実を知られたくなかった。
しかもこんな学生に…。
自分が死ぬ事は怖くない。
自分の<役目>さえ果たせばあとは死んでも構わない。
だからその<最後の時>までは知られる訳にいかなかったのに…
でないとこの<真実>は最後の選択への<足枷>となってしまう。
私の目的を果たさなければいけないのに!
光姫の脳裏には先代である母親が静かに息を引き取るその時、
自身の運命を決めたであろう<最後の遺言>が響く。
< 良く聞きなさい○○…その時は近い…我らの王に……貴女が…安寧を… >
そして、その言葉はいつも胸にあった。
なのにこの島に来てからはその言葉を塗りつぶすほどの感情が胸を支配していることに気が付く。
楽しいという心。嬉しいという心。個人を大切に想う心。
そして光姫としてではない、初めての自身の願いが芽生えていた。
(…終わるなら、せめて友のまま…。)
<隠し通すこと>。
それは光姫の使命の為である以上に、光姫自身がその身を犠牲にしてでも成し遂げたい唯一の願いだったのだ。
「…離しなさい!
私から離れて!!聞こえないのですか!?」
身体の痛みも意に介さず光姫はボブから離れようともがく。
しかしボブの腕力にはかなわない。
「ダメです!!離しません!!
…殺すとおっしゃるのなら、どうぞ好きにしてください。
俺はもうその覚悟は出来ています。」
ボブは真っ直ぐと光姫を見つめる。
その目に揺らぎは一切なかった。
レイカも思わず声を出す。
「姫様!落ち着いてちょうだい!
貴女の目的は知らないけど五国の緊急事態ででしょう!
今は被害のない貴女の国にもいつ魔の手が及ぶかわからない…
私闘をしている場合じゃなくてよ!」
「だからこそ私が行かなければ!
今行けば全ての国を!!」
光姫は口をついて出た言葉に驚きとっさに口をつぐむ。
レイカはその様子を見逃さなかった。
「貴女…まだ何か隠しているの…?」
「…っ。
七色ノ宝石!!
いい加減にしなさい!
私だけでも下へ降ろして!
私が時間を稼ぐから!」
「時間をかせぐ…?」
その言葉にボブの光姫を抱える手に力がさらに入る。
それに気づいた光姫は、目の前の学生へと視線を戻し鋭く睨む。
「ボブさん…離して!
本当に…私はいつでも貴方を殺せるの…!
本当に貴方は死ぬんですよ!!」
光姫の手に光が鋭く集中する。
そして、狙いを定めんとばかりに手をボブの眼前に付きだした。
その様子にまりーは声を荒げる。
「姫様!何を…!
ボブ…姫様を離して差し上げて!!」
しかし、そんな声はもちろん、何も彼には聞こえていなかった。
ボブは静かに光姫を見つめる。
今まさに目の前で自分を殺そうとしている…
いや、自分を殺すと思わせようとしている女性の肩は震えている。
その苛烈な瞳に、殺意などどこにもなかった。
ボブは鋭く光る光姫の手を優しく握る。
手は傷ひとつ付かず、血の一滴も流れなかった。
「…姫様、貴女は優しすぎるのです。
今も、すぐに俺を殺すことは出来たはず。
優しいが故に、代々の使命を一心に引継ぎ、自身の呪いも隠し、1人でなんとかしようとしている。
俺はね、光姫様。
そんな貴方を尊敬しています。
憧れています。
…愛すべき人だと思っています。
でも、どうか1人で抱え込まないでください。
この島には各国から集まった素晴らしい方々が沢山います。
そしてみなさんが貴女の事を心から心配しています。
もっと頼ってください、俺を含めてここにいる仲間を!」
ボブの切な言葉が広場に響く。
いつの間にかすべての隊士は口を閉ざし、事の成り行きを見守っていた。
ボブの言葉は嘘偽りの無いまっすぐな言葉だった。
そして、魔力を感知できる光姫は、その言葉が本心であることを誰よりも感じていた。
「…馬鹿なの…?
貴方…本当に…!
天然タラシのくせに…
私が…敵かもしれないでしょう…!
悪ノ王の手先だって疑わないの…?
貴方の国…いえ全ての国の…敵だって…!」
言葉と一緒に涙が溢れる。
母との別れ以降流れなかったはずのソレは、確かに光姫の頬をつたっていた。
ボブは泣き顔を隠すように優しく抱きしめる。
「姫様はそんな方ではありませんよ…。
俺だけでなく、皆さん疑いません。
姫様は全ての国の事を考えて下さっていました。
今度は俺達が返す番です…。」
…後編へつづく。
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