§幻想舞踏会§ 第十七話~初めての違反者~
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§幻想舞踏会§ 第十七話~初めての違反者~
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第十七話~初めての違反者~
静まり返った夜、青の拠点島へと続く橋の前に一人の人影があった。
島と島を繋ぐ木製の橋には街灯が無く、夜闇に溶け込んだその橋を照らすのは月と星の光だけのはずだった。
しかしその人物の周りに夜闇は無い。
自身の内から溢れ出る光が漏れ出し、白くそしてハッキリと光っていた。
その白き光と服装だけで判断するのなら、その人物は光姫だ。
しかし、光姫と判断するには普段とあまりにも違かった。
青の拠点島から流れ出る風によってなびく髪で見え隠れするその表情には、いつもの笑顔が無い。
静かに、そしてまっすぐと、笑顔の剥がれ落ちた表情で青の拠点島を見据えていた。
まりーと夜が襲われた日、光姫は五隊長会合室へ赴き、そのまま白の拠点に戻る事無くその場所へ来ていた。
光姫は足音静かに、しかし臆することなく真っ直ぐと青の拠点島へ歩き出す。
その途端、中央広場の七色の宝石が光り出し、光姫の方へと光を飛ばした。
飛ばされた光はいまだ歩き続ける光姫を囲うように一つの円を作り出した。
光姫の周囲に光の文字が映し出される。
< 規則違反行為 >
< ただちに中央広場に引き返されたし >
< 規則違反 規則違反 >
< 入島が許可されているのは自身の拠点のみ >
< 青の拠点島から速やかに退島せよ >
行く手を阻むように映し出されるその文字を、光姫は無表情で静かに一瞥する。
そしてその文字にゆっくりと手を伸ばし、
「…うるさいです。」
文字を握りしめると、まるでガラスが粉々になるかのように砕け散った。
七色の宝石は、大きな中央の島と五つの拠点島を魔力による磁力で空高い位置に維持し、
そしてどこかの次元にある闘技場や試練の泉へつながる為のゲートを作り出す役割も担う。
島が破損した場合は速やかに修復する自動回帰魔法に加え
各拠点へ告知や試合映像を映し出す、莫大なエネルギー源でありこの要塞の母体とも言える存在である。
そんな宝石が映し出した文字を、光姫は片手でいとも容易く砕いたのである。
静かに宝石の方へ視線を向け、光姫はつぶやく。
「…今回の騒動及び違反行為の全責任は私が後程負います。だから行かせてください。
…。
<貴女>みたいに
『造られた物』には解らないでしょうけど…
私達には心というものがあるのです…」
七色の宝石の返事を待たずに光姫は視線を風の吹く先へ戻し歩き出した。
しかし、宝石がそれ以上警告を出してくることは無かった。
島は部外者を押し返すようにより一層激しく風が吹き荒れ出す。
その風は次第に魔力を多く含みだすと無数の槍のような形へと姿を変え、部外者を排除するべく襲いかかってきた。
拠点島にも意志があり、部外者が現れると拒絶するかのように反応することがこの時初めて体現されたのである。
…しかし、相手が悪かった。
「おだまりなさい。」
光姫は歩みを緩めることなく、一言発すると小さな光の球を十数か所へ向けて放った。
すると瞬く間に風は無くなり、視界が開ける。
夜闇の中の魔力を感知し、風の発生源を貫いたのである。
視界の開けた先には、重厚なレンガ造りの施設が姿を現した。
「…?」
その中の一室を見つめ、光姫が何かを感じ怪訝の表情を浮かべた。
そしてその表情は確信へと変わり、島へ入って初めて歩みを止める。
次の瞬間、風が止み静まり返った島に光姫以外の声が響いた。
「姫様…!?」
声のする方へ視線を向けると、青の拠点の扉が開き中から青風八咫烏隊隊長のそうまが現れた。
「な…何故姫様がここへ…。」
驚きと困惑の表情を浮かべながらそうまは問いかける。
光姫は笑顔を作る事無く言葉を静かに紡ぐ。
「ごきげんよう、そうまさん。素敵なプレゼントを貴方の所の隊士より頂きましたのでお礼に参りました。
このような贈り物は初めてでしたので、私も直々に参りましたの。」
そう言って袂から夜の衣服の切れ端とまりーの衣服の一部を取り出す、それらはそうまの元へと飛んで行った。
いまだ困惑の表情を浮かべているそうまは、切れ端を受け取る。
まだ乾ききっていない夜の衣服を見つめていると、そうまの表情は困惑から驚愕へ、そして恐怖の表情へと変わった。
その水の気配は普段から感じていたある隊士の魔力とあまりにも似ていたこと、
そして、どうして光姫が規則を破り単身でここまで来たのか理解したのである。
「あの、姫さm…」
「私は魔力の痕跡を見間違えるはずがありませんので、立て続けに起きた奇襲の犯人も確信してます。
本来ならば、私は今更謝罪も求めておらず、弁解の余地すら持たないつもりでした。」
光姫は視線を先ほど見つめていた一室の窓へと移す。
「…しかし、事情が変わりました。」
「事情…?」
「…彼女を、さきさんと一度お会いすることは可能ですか?」
光姫のその真っ直ぐな視線は有無を言わさない威圧があふれていた。
「…すぐに連れてきます。」
そうまは足早に拠点の中へ入って行き、それを見送る光姫もそれ以上前に進むことはなかった。
ただじっとその場から動かず、入り口の扉を見つめていた。
幾分たったであろうか、扉が開きそうまとさきが並んで出てきた。
さきも光姫同様無表情のまま、じっと真夜中の来訪者を見つめていた。
「…連れてきました。今回の件はうちの…」
「そうまさん、もういいんです。」
静かに遮る光姫はそうまを見ることなく、さきを見据える。
さきも黙ったまま動かない。
最初にその二人の間の沈黙を破ったのは、光姫だった。
「さきさん…先に謝りますね。痛かったら申し訳ありません。」
言い終わると同時にさきは、歌を歌いだした。
彼女の魔法により水が溢れ出し、光姫を飲み込まんと襲いかかった。
さきの隣にいたそうまは反応が遅れたが、光姫が作り出した光の膜により間一髪で守られた。
「さきちゃん!いったい何を!」
そうまの声には無反応というより聴こえてはいなかった。
水は渦潮のように巻き上がると8頭の水竜へと姿を変え、次々に光姫へと襲いかかっていった。
津波のように襲い掛かる水と水竜により光姫の姿は見えなくなる。
溢れる水は島の端へ流れ出ると下の大陸へと流れ落ちて行く。
(こんな濁流のように出し続けたら普段のさきちゃんならとっくに魔力が枯渇しているはず…!)
「さきちゃん!このままじゃ身体が危ない!今すぐやめるんだ!」
そうまは必死に叫びかける。
しかしさきはそうまを見ることなく、いまだ光姫の立っていた場所へ集中砲火を続けていた。
「こうなったら…!」
そうまが手元に本を召喚し、ページを開こうとした瞬間、
「そうまさん、手出しご無用です。」
水の渦中から閃光がしたと思うと、一筋の光線がさきの胸元を貫いた。
さきは光線の衝撃でそのままのけぞり、地面へと倒れ込むところを、光の膜によってつつまれゆっくりと地面へ横たわった。
さきが横たわると同時に荒れ狂っていた水は重力に逆らうことなく地面へと流れ落ち、島の端へと流れて行った。
渦中から現れた光姫は髪一本濡れることなく、最初と変わらない場所に立っていた。
「さきちゃん!」
そうまがさきに駆け寄ると、さきは心地よい寝息を立てている。
「…ね、寝てる?」
光姫は水が引くとさきの元へと歩み寄り、額に手をあてた。
「これでもう大丈夫でしょう。」
光姫は一息つくと、安心したように笑った。
そうまは状況が把握できずに光姫とさきを交互に見つめる。
「一体どういうことですか…。」
「彼女は正気じゃなかったって事ですよ。」
「え?」
「煉獄の魔石に当てられたのか、はたまた何かが入り込んだか…。
ここへ来るまで解りませんでしたが、彼女と対面して彼女の意志ではない事は確信しました。
自分のしたことがどこまで記憶にあるのか解りませんが、次に目覚めたときはいつもの彼女でしょう。」
そう言うと、先ほどまでの怒りは全くない表情で光姫は続けた。
「そうまさん、もしも彼女に件の記憶があるのならば、謝罪を要求します。
その後は、仲直りしましょう。
そして明日、朝一番に隊長の皆様を五隊長会合室へ集めてください。
…では。」
そう言い終わると、光姫は踵を返し島を去って行った。
「…。」
そうまは腕の中でスヤスヤと眠るさきを抱き起こし、拠点の中へと入った。
二隊長は同じことを考えていた。
(なぜ煉獄の魔石が…。)
だからといって今ここで何かが出来る訳ではない。
今はただ、静かに夜が明けるのを待つことにした。
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光姫が青の拠点島から広場に戻ると、七色の宝石が光り出し光姫の前に文字を写しだした。
< 規則違反者の処遇が決定するまで【無色の間】にて待たれよ >
「…いいでしょう。青隊からの申請は必ず私を通してくださいね。
………。
貴女としても困るでしょう?
予定外に【供給源】が減ってしまうのは…」
七色の宝石がより一層強く光ると、光姫の目の前に扉がひとつ現れた。
光姫は臆することなく真っ直ぐ入って行くと、扉は静かに閉まり、霧散した。
扉に入るその時まで見えていた光姫の、既に何かに気づいているかの様な悪戯な笑顔、
その笑顔の真意は彼女以外知る由もなかった。
…続く。
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