
『静かな物語』
🗡&🌒
🗡️ レナート・パトローネ (Renato Patrone) 【種族】人間 <https://nana-music.com/sounds/06eaa61c> cv.狐面さん <https://nana-music.com/users/9943240> 🌒ヴェスパー・ヴァルティエ(Vesper Valtier) 【種族】 死神 <https://nana-music.com/sounds/06e964ed> cv.悠生 <https://nana-music.com/users/2260339> . 葬儀の日は、いつもより風が冷たく感じる。 土の下で眠る人々を想いながら、レナートはランタンを片手に墓地を歩いていた。 今日執り行った葬儀の片付けと、夜の見回り。そのどちらも司祭である彼の仕事だった。 美しい満月の夜だったが、今は雲が月を覆い、墓地は薄暗い。 その一角に、人影があった。 こんな夜更けに墓地へ来る者など珍しい。近頃は墓荒らしの噂も聞く。 警戒しながらも、レナートは当たり障りのない声音で呼びかけた。 「……こんばんは。こんな夜更けに、一体なんの御用でしょうか?」 人影がゆっくりと振り返る。 ランタンの明かりが照らしたのは、見知らぬ男だった。 「こんばんは。……こんな時間までお仕事? 司祭さんも大変だね」 男は咎められたことなど気にも留めず、緩く笑う。 その余裕が、かえって怪しい。 レナートはランタンを持たない手で、そっと懐の短剣に触れた。 「今日は一件葬儀があったので、その片付けと見回りに。そういうあなたは?」 男の視線が一瞬だけレナートの懐へ落ちた。 気づかれた。 そう悟ったものの、男は何も指摘しなかった。 「俺は……そうだな。人を見送りに来た、ってところかな」 「人を見送る……?」 既に故人は土の下に眠っている。 遅れて訪れる親族にも心当たりはない。 「ご親族……ではないですよね?」 「うん。親族でも、知り合いでもないよ。生きてる間に会ったこともない」 男は墓石へ目を向けた。 「でも、この人が今日で人生を終えたことは知ってる。だから、最後までちゃんと見届けに来た」 再びこちらを向いた男の赤紫の瞳に、淡い青が浮かぶ。 そして、あまりにもあっさりと言った。 「……もしかして、もう何となく分かってる? ……俺、死神なんだ」 ――安らかに眠る魂を連れ出す者。 かつて老司祭から聞いた話が脳裏を過ぎる。 気づいた時には短剣を握り、一気に距離を詰めていた。 「……ここに眠る方を、どこへ連れていくおつもりですか?」 男の表情から笑みが消える。 その掌に淡い光が集まり、次の瞬間、巨大な大鎌が姿を現した。 「……待って。俺が死神だからって、今ここで君に危害を加えるつもりはない」 「私への危害は心配していません。安らかに眠る魂をどうしようというのですか?」 男は僅かに目を見開いた。 やがて大鎌の刃先を下げ、真っ直ぐにレナートを見る。 「……何もしないよ。魂を奪うつもりも、どこかへ連れていくつもりもない」 「何も、しない……?」 想像していた死神とはあまりにも違う。 「では『死神』とは何者なのですか?」 男は墓石へ穏やかな眼差しを向けた。 「君が聞いてきた“死神”がどんなものなのかは分からないけど……俺たちは、人を殺すための存在じゃない」 静かな声だった。 「人にはそれぞれ、生まれた時から決められた寿命がある。その時間を生き終えた時に、その人生の最期を見届ける。それが俺たち“死神”の役目」 嘘を言っているようには見えなかった。 レナートはようやく短剣を懐へ戻し、頭を下げる。 「……まだ全てを信じられたわけではありませんが、嘘ではないと感じました。いきなりの無作法、失礼致しました」 「頭上げて。むしろ全部信じたって言われる方が困るかも。会ったばかりの、自分で死神だなんて名乗ってる奴だしね」 大鎌が淡い光となって消える。 「私はレナート。教会で司祭をしています」 「俺はヴェスパー・ヴァルティエ。……長いから、ヴェスでいいよ。よろしく、レナートさん」 「よろしくお願いします、ヴェスさん」 緊張が解けると、レナートの中に別の疑問が湧いてきた。 「先程、死神は最期を見届けると仰っていましたよね。ですが葬儀にはいらっしゃらなかったようですが……どのようなことを?」 「俺たちが見届けるのは、もっと前。その人の寿命が尽きる瞬間だよ」 ヴェスは墓を見つめた。 「最後の瞬間まで生きるのを見届けて、その人生がちゃんと終わったことを確認したら……“本”を閉じる。そこまでが俺たちの仕事」 そして首を傾げる。 「そこで君に質問。……彼の“本”の所在、知ってる?」 「……本、ですか。いえ、彼に関しては知りません」 「そっか。変なこと聞いてごめん」 ヴェスは困ったように目を伏せた。 「……ということは、俺は彼の本を探して閉じなきゃいけないのか。あんなタイミングでトバリ討伐に呼び出されなければ、見失わなかったのに……」 本来起こるべきではないことが起きている。 そう察したレナートは墓前を見つめた。 「……もしよろしければ、私も本探しをお手伝いしましょうか」 「……レナートさんが?」 ヴェスは驚いたように瞬く。 「これは俺の仕事だし、レナートさんには関係ない……って言いたいところなんだけど。正直、今は手掛かりがなくて困ってる」 少し居心地悪そうに視線を逸らしてから、再びこちらを見る。 「だから……その申し出、ありがたく受けてもいい?」 「ええ、もちろんです。そしたら、まず何から始めましょうか?」 「まず、この人が生前どんな人生を送ってたのか知りたい。“本”はその人の人生そのものみたいなものだから」 レナートは記憶を辿る。 「彼は、とても家族思いの方でした。優しい奥様と暮らしておりましたが、奥様は若くして先立たれたと聞いております」 妻を亡くしてからも、二人で訪れた町や村を巡っていたこと。 葬儀に参列したのは姉と弟家族だったこと。 そして――。 「看取ったお姉様によると、最期に奥様の遺品である指輪を手に、『君に……会いたい』と話されていたそうです」 「……“後悔”っていうより、“未練”……いや、それも少し違うのかな」 ヴェスは考え込む。 「ちなみに、奥さんのお墓もここにあるの? それと、その指輪は今どこに?」 「奥様の墓参りへ行ったという話は聞いたことがありますが、彼がここへ来たことはありません。それに……葬儀の際、指輪はありませんでした」 記憶を辿るうちに、もう一つの違和感へ辿り着く。 「葬儀の準備を進めていたのは弟家族でした。……あまり考えたくはないのですが、盗まれたという線はないでしょうか」 「……その可能性はありそうだね」 ヴェスは目を細める。 「俺がこの人を見届けた時には、“本”も指輪も確かにそこにあった」 二つが同時期に消えた。 偶然とは考えにくい。 「レナートさん。弟家族とは連絡が取れそう?」 「住所は分かりませんが、泊まっている宿なら伺っています」 「それなら十分。行ってみようか」 二人は墓地を離れ、夜の町へ向かった。 道中、レナートはふと尋ねる。 「先程のお話ですが……死神が本を閉じるのは、正しく寿命を迎えた人ということで合っていますか?」 「うーん……“正しく寿命を迎えた人だけ”っていうのとは、ちょっと違うかな」 ヴェスは歩きながら答える。 「事故でも、病気でも、誰かに殺されたとしても――そこでその人の人生が本当に終わったなら、“本”は終わりを迎える。殺されたからって、『まだ死ぬはずじゃなかったから閉じられない』なんてことにはならないよ」 「……そうなんですね。……良かった……」 小さく零した言葉に、ヴェスがこちらを見る。 けれど何も訊かなかった。 「……まあ、死神が見てるからって安心して死ねるかって言われると微妙だけどね」 少し冗談めかして肩を竦める。 「でも、一人きりで逝く人もいるからさ。そういう時くらいは、誰かが最後まで見ててもいいんじゃないかとは思ってる」 やがて宿へ辿り着く。 「……ところで、こういう時って司祭様と死神、どっちが前に出た方が怪しまれないと思う?」 レナートは思わず笑った。 「恐らく、ではなく私でしょうね」 女将へ事情を説明し、故人の弟を呼んでもらう。 やがて現れたのは、五十歳前後の男だった。 「夜分遅くに申し訳ありません。本日葬儀を行ったあなたのお兄様の遺品について、少々伺いたいことがあるのですが」 『……兄の遺品、ですか』 男は訝しげに眉を寄せる。 『身につけてた物とか、荷物は姉さんが確認してました。葬儀が終わってから、俺たちで分けて持って帰る物と、墓へ入れる物を決めて……』 「その中に、奥様の指輪があったはずなのです。今どちらにあるか、分かりますか?」 男の表情が強張った。 『……指輪、ですか。さあ……姉さんが遺品を確認してたんで、俺はよく……』 「へえ」 黙っていたヴェスが声を挟む。 「君、さっきは『俺たちで分けて持って帰る物を決めた』って言ってたよね」 沈黙。 やがて男は観念したように俯いた。 『……別に、盗むつもりじゃなかったんです。兄貴の物、俺には何も残らない気がして。一つくらい俺が持っててもいいだろって……指輪、俺が持ってます』 レナートは責める代わりに、静かに頼んだ。 「お兄様のために、その指輪を少しの間貸していただくことはできませんか?」 男は迷った末、頷いた。 やがて持ってきた小さな布包みを開くと、長く使われていたらしい一つの指輪が現れる。 「ご協力ありがとうございます。大切にお借り致します」 二人は再び墓地へ戻った。 墓前には、まだ何もない。 「……まだないね。レナートさん、その指輪、ここに置いてみてくれる?」 レナートは指輪を取り出し、墓前の献花の間へそっと置く。 ヴェスが小さく呟いた。 「死にたくないのに死んじゃったなら、未練が残るのは当然かなぁと」 その時だった。 「……あ」 何もなかった墓石の傍らに、淡い光が滲んだ。 輪郭のなかった光がゆっくりと形を成し――やがて一冊の“本”となって、墓前へ現れる。 ヴェスは数秒それを見つめ、小さく息を吐いた。 「……なるほど。これで辻褄が合った。あの人にとっては、ちゃんとここに指輪があることまで含めて“終わり”だったのかも」 本を拾い上げ、表紙を撫でる。 「レナートさん。これが、さっき話してた“本”だよ。……君にも見えてる?」 「……ええ、見えます」 今まで故人が語っていた妻との思い出、その後の暮らし。 その全てがそこに遺されているのだと思えば、胸に寂しさと安堵が入り混じる。 「この本は、この後どうなるのですか?」 「俺が閉じるよ。それで、この人の人生は本当に終わり」 ヴェスは本を僅かに持ち上げる。 「閉じた後は、俺たちが然るべき場所へ送る。……だから、これでお別れだね」 「そうですね」 レナートは静かに微笑んだ。 「なかなかない経験をさせていただきました。私自身、彼を無事見送ることができて安心しています。ありがとうございます。指輪は責任をもって弟さんへお返しします」 「そっか。それなら良かった。……じゃあ、俺も俺の仕事を終わらせようかな」 ヴェスは墓前へ向き直る。 そこに眠る男と、その傍らに置かれた指輪を見つめてから、静かに本を閉じた。 「――おやすみ。今度こそ、良い旅を」 ぱたり、と小さな音が夜の墓地に響く。 閉じられた本は淡い光に包まれ、その輪郭ごと夜気へ溶けるように消えていった。 レナートは胸元で十字を切る。 「どうか、安らかな眠りになりますように……」 やがて指輪を回収し、懐へしまう。 「これで一件落着、かな」 ヴェスがようやくいつもの調子で笑った。 「まさか本一冊閉じるのに指輪探しまでやることになるとは思わなかったけど。手伝ってくれてありがとう。借りは必ず返すね」 「こちらも、ある意味知人がお世話になりました。借りなどと思わないでください。私も力になれて光栄でした」 「そっか。じゃあ、お互い様ってことで」 ヴェスはもう一度だけ墓前を振り返った。 「さて、と。俺はそろそろ行こうかな。今日はありがとう、レナートさん。君のおかげで助かったよ」 そう言って、ひらりと片手を上げる。 「こちらこそ、本当にありがとうございました。ヴェスさんも、お元気で」 「ああ。またね、レナートさん」 それだけ告げると、ヴェスは踵を返した。 レナートはランタンを片手に、その後ろ姿が夜の闇へ消えていくまで見送る。 やがて静まり返った墓地の見回りへ戻り、その後、自身も教会への帰路についた。 夜風は冷たいままだった。 それでも、不思議と来た時より心は軽い。 人ならざる死神との、奇妙な邂逅。 再び巡り会う日が来ることを、レナートはひっそりと願っていた。
