
神迎橋
*神迎橋 ---------------- 季節外れの長雨ーー。 遅刻しそうな朝に限って、沈み橋はきれいに川底へ姿を消していた。 増水した水面は、まるで眠っていた龍がゆっくりと身じろぎでもしたかのように、重たく濁ってどこか不機嫌だ。 足元は最悪。 濡れたアスファルトを走るしかない。 「ついてないな。」 思わずもれた愚痴に、橋のたもとーーいや、沈んだ橋の“あったはずの場所”にふいに影が動いた。 けれど、車の水しぶきに気を取られ、気づけばその影はすでにどこにも見当たらなかった。 何でもない雨の日の出来事だった。 ――その時までは。 * 「どーしたんだよー。今日ギリギリだったじゃん。」 教室に入るなり、友人が笑いながら脇腹を軽くつついてくる。 「寝坊だよ。なんだか夜、寝付けなくて…」 いつも通りの朝。 さっき見た“あれ”は気のせいだろうーー そう思い込もうとして、ふと窓の外に目を向ける。 校庭の隅に、さっきの影と同じ輪郭が立っていた。 傘も差さず、じっとこちらを見ているように。 雨音が急に遠くなる。 ――あれは本当に、気のせいだったのか? * 昼休み。 雨は相変わらず降り続いていた。 ――また、見ている。 窓の外。 白い影が雨のカーテン越しにぼやけて立っている。 朝見た影とは違っていた。 人の形に見えたり、長い尾を引くように見えたり。 (……蛇?) 目が合った。 その瞬間、教室のざわめきが水底に沈むように遠ざかった。 『聞こえるか。』 ――おかしい。これは現実か? 『我は白蛇のシロ。“神の遣い”と人間には呼ばれておる。』 窓ガラスに映る影は、人の姿でも蛇の姿でもなく、雨粒がかたちを取ったような半透明の存在だった。 「……なんで、俺に?」 『そなたが我に気づいたからだ。』 シロは静かに続けた。 『沈み橋は“神迎橋”。土地の神が川を渡り来るための道だ。 しかし長雨で橋は沈み、我は神の元へ戻れぬ。』 「戻れないって…そのままじゃどうなるんだ?」 『我は形を失う。 神使としての務めも、ここで途切れる。』 胸が軋む。 さっきまでただの雨の一日だったはずなのに…… 『頼む。川の水が引くのを待つわけにはいかぬ。 神迎橋を渡れるよう、手を貸してほしい。』 窓の外。 白い影が軽く頭を下げた。 「……わかった。放課後、行くよ。」 そう答えると、シロの影は雨に溶けるようにゆっくりと姿を消した。 『その恩、忘れぬ。』 そして、俺はまだ知らなかった。 “神迎橋”の水底には、白蛇が帰れなくなった理由が別に存在していることをーー。 ---------------- 2年前から温めていたものを蔵出し。 宇佐神宮御鎮座1300年らしいので、 それにちなんだものを… 郷土史的なのを織り込んで書くのは初めてかもしんないなー。 沈み橋は実際ある橋です。 欄干などない超ワイルドな橋です。 お話の内容はフィクションですんで そこんとこヨロシクゥ。 読み物として楽しんでもらえたら嬉しいです。 沈み橋=しずみばし 神迎橋=かみむかえばし
