フィクサー
ぬゆり
🎪救い垂らす時まで🎭 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 第18幕『役割』前編 草木も眠る丑三つ時。まるで街灯に誘われた夏の虫のように、目の前の景色だけがひたすらに忙しなかった。 「さぁさぁ紳士淑女の皆様! 今宵のショーは必見ですよぉ! なんてったって、我がサーカス団ISが誇る期待の新星の初ステージ! とくとご覧あれ!」 電飾で飾られた番台から、リヴィアの快活な声が響いてくる。蠢く数多の黒い影にも臆すること無く、笑顔を振りまきながら声を張り上げる姿に、スーは少しだけ彼を見直した。 「あんな化け物たちの前で、よくやるなぁ。怖いとは思わないんでしょうか、彼は」 「そうねぇ。慣れって怖いわよね。初めの頃は結構可愛かったのよ。殺される~ってこっちにすっ飛んできて」 リヴィアの真似だろうか、嫌に特徴的な高い声で呟いた後、ダンは可笑しそうに肩を揺らした。きっと彼女にとっては、何百年と繰り返してきた日常の一頁に過ぎないのだろう。不安の影に囚われているこちらの様子などお構い無しに、いつもの怪力で背を叩いてきた。 「痛っ! 相変わらず、力の扱いが馬鹿だ」 「嫌ぁね。逞しいと言ってちょうだいよ」 けたけたと嗤いながら、ダンは右足に重心を寄せて、見定めるようにスーの全身を眺めた。 「身なりは問題なし。悪魔ウケする可愛い顔だわ。それに性格の方も十分。あなた狡猾で器用だし、態度大きいから。この世界がよく映えるわよ」 そう言うが早いか、ダンは長く綺麗な指で強引にスーの顎を掴んだ。むに、と頬を抑えながら、彼女は驚くスーの目の前でパチリとウインクをする。 「大丈夫。心配しなくても上手くいくわ。この地獄を貴方の手のひらで踊らせてやりなさい」 彼女の紅い唇が、天井から溢れた光の欠片に照らされて艶やかに光る。触れられていない筈の背が自然と伸びてゆく。 「勿論です。言われなくても」 見上げた視線の終着点には、真っ黒に塗り潰された最上階の客席。その影の中から、機械的な笑みが顔を覗かせている。 「楽しませてくれよ、新人」 久しぶりに見るサフィの姿は、出会った頃から変わらない、底知れぬ不気味さを秘めていた。 ───────────── 大したものだ、と思った。何百・何千もの得体の知れない怪物に囲まれて、倒れるまで止まらない音の箱の中で、それでも臆する事無く、たった一人で踊る彼。デビュー作でここまで堂々と舞ったのは、地獄街史上彼が初めてだ。 『たのしいっ!たのしいっ!』 『中々壊れないな。今度のは良いですね』 『来月にはきっと単独公演してんぜ。腕三本と目玉四つ賭けよう』 耳に入ってくるざらついた声達も、今日はとりわけ陽気な色を滲ませている。サフィは目の奥をきらりと瞬かせて、再び舞台に視線を落とす。 「おまえを連れ帰ってきて正解だったよ。おれだけじゃ、【彼女】に喜ばせてあげられないから」 サフィの唇が、僅かに緩む。貼り付けた笑顔のその裏で、錆びついていた本物が姿を現した。 「もう少し頑張っておくれ。あとでご褒美をあげるから」 サフィがパチリと指を鳴らした瞬間、劇場に流れていた音楽が鋭く響き、空気を圧迫した。ナイフのように尖り出した音波を正面から受け、舞台の上の小さな身体は徐々にバランスを崩していく。螺を回したオルゴールが少しずつ眠りにつくように、スーの身体は音圧に耐えきれず指先から崩壊していく。 「……!? ぁ……!」 叫び声をあげようとした喉元は、声を発することも許されないまま、音の衝撃波であっという間に折れてしまう。朦朧と歪むスーの視界いっぱいに、薄気味悪く微笑むあの顔が映った。 ───────────── そよ風が一定の感覚で頬を撫でていく。スーはゆっくりと目を開く。いつの間にか、頭を揺らすあの音も劇場の喧騒も消えてなくなっていて、何処までも青空の広がる地平線が続いているのみだった。 「何処……?」 手探りに腕を動かして見ると、何か柔らかい茎のようなものが触れた。目を転じると、地面に横たわる彼の身体を覆うようにして、真っ白い小さな花が一面に広がっていた。 「こんな植物、図鑑でしか見たことない」 スーは思わずその花を撫でてみる。これ程までに柔く、可憐な生命が存在しているということが驚きだった。彼のいた場所では、花はとうの昔に滅びていて、世界は無機質な機械と枯れ草と焦げたような大木で出来ていた。スーは香りのしない人工物の花を見て育ったのだ。 地獄街とも生前とも違う綺麗な世界に戸惑い、暫し考えあぐねたスーは、ぐるりと辺りを見渡してから、合点がいったように手を打った。 「あ、ようやく天国に来れた?」 『やれやれ、おまえはすぐ思いあがる。そんなわけないだろ』 すぐに否定されてしまったところを見ると、やはりそれだけは有り得ないらしい。記憶を失う前、最後に見た光景。それは、サフィがこちらに向かって手を伸ばす光景。この場所に連れてきたのは、他でもない彼だった。 「声だけが聞こえる。貴方は今何処にいるんです」 『この世界一体が、おれ。ここはおれの記憶の中なんだ』 「何故僕がそんなところに? これも罰なんですか」 『違う。ご褒美さ。おまえはおれのことを知りたがっていたようだからね。地獄街の誕生からおまえが落ちてきたところまで、長い長い歴史を、とくとご覧あれよ』 サフィは一息つくと、ふわりとその気配を消した。それと同時に、丘の方から一人の少年が長い空色の髪を揺らしながら駆けてくる。幼く純粋無垢そうなその顔立ちには、何処と無くサフィの面影があった。少年は息を切らしながら、白い頬をほんのり赤く染め、きらきらとした瞳をこちらに──否、スーの更に先へ向ける。 「サフィただいま戻りました!」 「おかえりなさい、八体目の使徒。待っていましたよ」 身体の外側と内側から包み込むようなあたたかい声が響いて、スーは後ろを振り返る。そこには、陶器のように滑らかな肌と髪を持った、美しい人の姿があった。男とも女ともつかぬ、少年とも青年ともつかぬ、異様で不可思議なその人を見て、幼いサフィが感動に目を潤ませたのが分かった。 「おれに頼みがあるって、本当ですか、神様!」 神。スーはサフィの記憶に続けて呟いてみる。成程、と妙に納得してしまった。【神】はサフィに視線を向けると、流れるような動作で頷いた。 「わたしが新たに創造した、人間の世界へ、あなたを送ります」 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 〖LYRIC〗 今日までの記憶の全部を消してしまう時まで眠れない あしたから生きていく 自分の身代わりが欲しくて堪らない 大丈夫と言わせて 後から君のせいにさせてはくれないか 今更意味ないから 後から君のせいにさせてはくれないか 出来ない約束を とうとうと溢れる 一言一言ばかりに脳を奪われるくらい 意味を成せない 何も出来ない 見えない 逃げたい 飛びたい やめたい 逸らせない だから 沈め 沈め 這い上がれないほどまで 飽きるまで 落とせ 救い垂らす時まで ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 〖CAST〗 🧊サフィ(cv:オムライス) https://nana-music.com/users/1618481 〖ILLUSTRATOR〗 冬猫 https://nana-music.com/users/5429105 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 〖BACK STAGE〗 ‣‣第17幕『暗転』〖STORY ONLY〗 https://nana-music.com/sounds/068fcb41 〖NEXT STAGE〗 ‣‣第19幕『役割』後編 https://nana-music.com/sounds/0691d4ff #CIRCUS_IS #ぬゆり #フィクサー
