nana

🍸EP.
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【Last episode - エノの裏話 - 】 ──目が覚めたのは、3日前。 病室の天井を背景に私を見下ろしていたのは、締切が控えていた仕事の担当者だった。連絡のつかない私を心配して部屋を訪ねてくれたのだ。 彼女いわく、私は10日ほどの間昏睡状態だったと思われる。 「もう、体調は大丈夫なんですか?」 データを受け取るだけならメールで済むものを、律儀に見舞いの品持参で自宅を訪れた彼女に「一服していかないか」と言って私は玄関扉を開いた。 「あ、お仕事中でしたか? スミマセン」 点きっぱなしのデスクトップに気づいた彼女は、口では謝罪を陳べながらも至極興味深そうに画面を覗きこんだ。 「いいわよ、仕事じゃないから」 「……あの、何だか、違いますね」 「何が?」 「雰囲気……? 画風が、いつもと違う気がします」 目をぱちくりさせてこちらを振り返った彼女に、 「色々あったから」 私は左の口角を上げて見せる。 「大冒険だったのよ」 「病室で眠っている間に見た夢ってヤツですか?」 「ええ」 「“大冒険”ってところが、早くも先生らしくないですよね(笑) 先生は、ラブロマンス専門かと」 「あら、ロマンスだってちゃんとあったわよ? アチラはサテオキ、私はそう思ってる」 「“アチラ”??」 「ふふ。タヌキ(の、ご主人様)」 「……タヌキですか」 次は関西弁の男にしようかなぁ、と小さく付け加えながらアイスコーヒーをグラスに注いだ。 今度はもう少しまとまな恋愛ができるといいな。誰かを真剣に想うことは、まだやっぱり怖いけれど。 「この絵、人間ばっかりじゃないですか。そのタヌキは?」 「これから描くのよ」 急がなくてはいけない。 きっと、忘れてしまうから。 システムキッチンから作業机に視線をやっても、近視のせいで液晶画面がボヤけて見える。 ──そう、こんな風に日々ボヤけて行く記憶を。せめて一枚描き残せたら…… 「いつか、懐かしく思い出せるように──」 願いを込めて、胸元で揺れるどんぐりのペンダントトップをそっと握りしめる。 あの時、あの場所で、目的を共にした仲間が。得た経験が。これからの私を支えてくれる。 そんな予感を、私は信じたいと思っている。 『Thanks for everything by asakac』

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UTAO
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