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十六夜マリオネット
Episode.1 「醒めない夢と幻人形」前編 錆びた螺旋階段を、二体の少女が上っていた。暗い世界に、硬質な足音の二重奏が響く。 蝋燭に火を灯すことで、好きな願いをひとつ叶えられる。 そんな噂話を信じて月の塔を訪れる人形が後を絶たない。 人形達を創り出した人間がいなくなってしまった現状、この世界の人形達はもう長くはないのだから。 だから、願うのだ。最期に叶えたいことを。これからの幸せを。 叶わないと知っているはずの願いでも、縋る場所があるのなら縋りたくなるものらしい。 塔を目指す深い緑髪の人形――ライラも、そのうちの一人だった。 「ねえ、ライラ」 隣を歩くシェリーが、いつも通りの虚ろな瞳で問いかける。 「この先に行けば、本当に願いが叶うの?」 ライラは静かに頷いた。伏し目がちな黒翡翠が、赤銅色に侵された足元を見つめる。長い睫毛が揺れた。 「なら私は、これからもずっと、あの人の側にいられるように願うことにするわ」 その言葉は、ライラに語り掛けるというよりは、独り言のようだった。 まるで、存在しない誰かを想っているような声色。 ――否。この比喩は適切ではない。 実際、シェリーは想っているのだ。大戦中に戦死した、自らの指揮官を。 指揮官の死を知った日のことを、ライラは忘れない。 訃報を聞いて、彼女の時間は止まってしまった。 感情を持っていたはずのシェリーからは、何の感情も窺えなかった。涙すらも流していなかったと思う。 指揮官のことを人一番慕っていた彼女は、その死を理解することを拒んだのだ。 そしてその日から、シェリーは夢の中に囚われている。 「指揮官が生きている」という自らが創り出した都合の良い幻想に。 そして戦争が終わったことも知らないまま、最期の命令を果たすために殺すべき敵を探し続けている。 世界のさまは、大戦中とはすっかり変わっていたのだが――そんな言葉で醒めるほど、彼女の夢は浅いものでなかった。 そしてシェリーは。今もなお、これからも指揮官に仕えられることを心の底から願っている。決して醒めることのない夢を、これからも見続けようとしている。 もし彼女の願いが叶えば――彼女の願いが強制力を持てば、彼女は死んでしまうかもしれない。 「これからも指揮官の側にいる」というのは、即ちそういうことなのだ。 仕えるべき相手は、もうこの世界にはいないのだから。 だからライラは、それを止めなければならない。 シェリーが夢うつつで自死への道を辿るのを、無理矢理にでも止めさせなければならない。 そのためにライラは、月の塔を目指している。 「シェリーを夢の世界から取り戻せますように」 ただそれだけが、閉ざされた夜の世界でライラが願うことだった。 ゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜ ☂例えば一つだけ願いが叶うのならば こんなちゃちな人生 今すぐに楽にしてほしい ✨纏わりつく歌が耳鳴りのように蝕む 「綺麗事ばかりじゃ生きていけない」と棄てたんだろう ✨間違いと知るには正解が少なすぎた ☂羅針が示すまま ふらふらと歩いて挫いて ✨不条理に刺されて 溢れ出す嘘が浸みて ☂「美しくありたい」だとか醜い感情が芽生えた ✨噤んだ言葉の意図を問えど 目を逸らす愚かな僕だ ☂ねえ、教えて このまま生きていいの? ✨答えてよ ✨☂心さえ失くした灰と化した命だ もう愛してるとか大嫌いとかいらない ✨「昏い」「Cry」「喰らい」 藻掻くガラクタの戯れ言を聞いてくれ ✨☂生まれ落ちてからどうしてまだ泣いてる? 理想も夢も掃いて捨てろ もういいよ ☂何者にもなれないこんな僕を ✨☂その目に映し 灼きつけて ゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜ ✨シェリー(cv.あかりん) https://nana-music.com/users/912797 ☂️ライラ(cv.立花なる) https://nana-music.com/users/7717027 ゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜ #十六夜マリオネット SS:柚乃
