
Be careful about your feet and…
皐葵羽と朽木刀人(CC)(BGM:風りんご様)
-- 皐葵羽の目は、向こうから歩いてくる杖をついた青年をとらえていた。 🕊(ご老人…いや、若い男性…かな。 足が悪いのだろうか…でもなぜこんな道を? この道はレンガ舗装だし、ところどころレンガが浮いているから、彼が躓く可能性は50%…) 横目で杖の青年を見守りつつ通り過ぎようとした瞬間、視界の端でがくんと杖の男性の体が傾くのを捉えた葵羽は反射的に相手の体を支えていた。 杖の青年は転ぶことを覚悟していたのだろうか。 葵羽が咄嗟に出した腕で支えた体は、ひどく緊張していた。 ♟️「……?」 🕊「あの…大丈夫ですか?」 ♟️「えっ…あ、はい。」 緊張していた体がすばやく姿勢を立て直す。 相手が怪我をしたり体を痛めた様子が無さそうなのを感じた葵羽は、安心したように息を吐いた。 ふと、杖の青年の顔に目がとまる。 🕊(あれ…よく見ると、目に傷があるし、瞳が開かないな…。もしかして…見えてない、のか? それに、腰のアレは、刀…? こんな昼間に見せつけるように刀を持ち歩くなんて…) 葵羽の親切心と知的好奇心が擽られた。 🕊「よかった。この辺、足場が悪いのでよかったら目的地までご一緒しますよ。」 ♟️「!?いやいやそんな、とんでもないです!これ以上迷惑はかけられません。」 🕊「そう遠慮なさらずに。俺も急ぎの用事ではないので、時間はありますし…」 ♟️「でも…」 なおも渋る彼の右手を、葵羽は優しく握りしめて笑顔を浮かべる。 その笑顔が杖の青年に見えるはずもなく、杖の青年はなかなか首を縦には振らない。 そっと葵羽が彼の手を引くと、戸惑いながらも杖の青年が一歩を踏み出す。 それが同伴了承の合図であると察した葵羽は、相手の歩幅に合わせながら半歩先を歩いていく。 しかし、せっかく2人で並んで歩いているのに無言なのもおかしいだろうと、葵羽が口を開いた。 🕊「何処へ向かっておられたのですか?」 ♟️「実は…最近できたばかりだという…」 🕊(最近?ああ、この道の先の…) 🕊「ケーキ屋さん…ですか?」 ♟️「え?はい…。」 杖の青年は行き先を言い当てられたことに驚きを隠せない。 🕊(しまった、何か勘づかれたか…?) 🕊「…ちょうど雑誌で見かけたので。」 ♟️「…そうですか。」 葵羽は明るく誤魔化してみたが、杖の青年の反応は不自然なほどに平坦だった。 彼の開いていないはずの瞳で何かを見透かされそうになるのを察知した葵羽は、足元の小石を道の脇に向かって軽く蹴りながら会話を続けた。 🕊「甘いものがお好きなんですか?」 ♟️「嫌いじゃないです。」 🕊「…彼女さんにプレゼント、とか?」 ♟️「違います。」 🕊「では家族でしょうか?」 ♟️「……違います。」 甘党でもなく、誰かにケーキをプレゼントするわけでもない。 なのに自分と歳があまり変わらない青年が、こんな昼間に刀を腰に差して杖をつきながらこの足元の悪い道を進んで、最近できたケーキ屋へ向かう目的は? 葵羽は頭の中で計算したいくつもの仮説を棄却しながら歩みを進めた。 ♟️「たまに無性に甘いものを食べたい時だってあるでしょう。」 青年が軽く拳を握る。 嘘の気配を感じた葵羽は、目を細めて微笑んだ。 🕊「あぁ、なるほど。たしかにそういう時もありますね。」 ♟️「でしょう?」 杖の青年は小さく安堵の息を吐いた。 心理戦よりも肉弾戦が得意なタイプなのだろうかと考えつつ、葵羽はまだ笑顔を見せない青年の顔を軽く覗き込んだ。 青年は口をきゅっと結んでいて、明らかに今の状況は本意ではないことを表情で物語っていた。 ♟️「そういえば、名前を知らないのは都合が悪いかもしれませんね。 …お教え願えますか?」 杖の青年は眉根を寄せてそう尋ねる。 🕊「名乗り忘れていたとは…申し訳ありません。…さつき、と申します。」 ♟️「さつきさん…」 不意をついた杖の青年の質問に、葵羽は一瞬表情を曇らせつつも、柔らかに…そして冷静な声のトーンで答える。 信頼できない相手に名乗るときは“皐“だけ。 そう葵羽は心に決めていた。 そんな葵羽の“何か“が伝わってしまったのか、杖の青年の顔の表情も曇る。 こちらが名乗った以上、相手の名前も聞いておきたい。だけど、無理強いしてはいけない。 これは尋問ではなく…そう、ただの会話の一環なのだから。優しく、丁寧に、相手に敬意を持って。 🕊「貴方の名前をお伺いしても…?」 ♟️「朽木と申します。」 🕊「朽木さん。あともう少しで到着しますよ。」 ♟️「ありがとうございます。」 最後まで緊張した面持ちの杖の青年を横目で見つつ、葵羽は青年の手を引いたまま歩き続けた。 甘い匂いが鼻をくすぐるお店の前で、葵羽は歩みを止める。 🕊「到着です。」 ♟️「あ…ありがとうございます。」 🕊「無事にたどり着けてよかったです。では、俺はこれで。」 ♟️「え?」 🕊「え?」 拍子抜けした表情の朽木。 🕊(ああ…、襲われると思っていたからあんなに緊張していたのか) 朽木の様子を冷静に分析しつつも、葵羽は何も分からないフリをして首を傾げて見せた。 ♟️「あ、いえ。ここまで本当にありがとうございました。」 🕊「大したことはしていません。では、"またどこかで"。」 ♟️「……」 神妙な顔つきをしている朽木を見ては柔らかい笑みを浮かべ、葵羽は店のドアを開いて朽木の手を引き店の中へ誘導する。 朽木が店員に声をかけられたことを確認し、葵羽はそっと店を出た。 🕊(盲目の青年…ね) ふと帰り道にある公園の小さなステージに目が止まり、どこかの誰かがそんな人の話をしていたような…と歩きながら記憶を辿る。 細いのに、腰に携えた刀に見合うだけの筋肉がついた腕。 腰を支えられただけですぐに体勢を立て直せる体幹の強さと身のこなし。 足音と気配で相手との距離を測り、ぶつからずにすれ違える感覚の正確さ。 そしてなにより、自分を“敵である“と察知できるあの感性。 只者じゃない。 つまり、また顔を合わせる確率は── 次会うときは自分の作ったケーキを食べてほしいな、とどこか平和ボケした願いを持ちつつ、音を立てずに素早く拳銃を構える練習をしようと葵羽は決めたのだった。 -- #BGM #オリジナル #台本 #声劇
