nana

「詩人、恋に落ちる」(アンサー・続投)
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こちらが元になりました↓ https://nana-music.com/playlists/2999504 「マスター達今日居ない日だから、安心して......」 大人しく血塗れの手を昇に包帯で手当されているイチロウに、姐さんが暖かい珈琲を差し出した。テーブルの上でふんわり湯気を漂わせる、黒い鏡面に、イチロウのぼんやりした眼が映っていた。 「僕の夢には、顔のない“彼女”がずっと住んで居たんだ。誰だかはわからないけれど、僕は彼女に会いたくて、ずっと夢を頼りに生きてきた。それが急にある日、おさげちゃんになってしまった」 イチロウは頭を抱えて大きく息をつくと、覇気のない声で細々語り始めた。 おさげちゃんこと、ポプカのことが頭から離れなくて、もう恋だと認めざるを得なくなってしまったのだという。寝ても覚めても彼女のことばかり、毎夜、毎朝、夢から覚めた瞬間に消えてしまう彼女の残像に、胸の奥が締め付けられる日々を過ごして数週。一瞬あてもなく逃亡しようかとも思ったけれど、逆に閉じこもって騒動になり、ついに今日、この衝動に駆られて彼は決死の覚悟でここへ訪れたのだった。 静かにりくの問いかけに首を振ったり頷いたり、時々言葉を発する彼は、いつもの掴み所のない世捨て人の気配を潜め、ただ甘い苦悩に迷えるひとりの男でしかなかった。 「本当に、ポプカちゃんが好き、なんだね」 「あぁ、そう、間違いなく...」 ガタン、と急に星干しが勢い良くテーブルから立ち上がった。 今までにない厳しい面持ちでイチロウを見据えた彼女に、その場にいた誰もが驚き、硬直したが、当の本人はといえばそんなこと御構い無しである。猛ダッシュで店の道具箱から紙とペンを持ち出して、イチロウの目の前に叩きつけると、自らもそれを握りしめて突きつけた。さながら、決闘を申し込む武士のような気迫だった。 「ペンを取りなさい!!大事な親友、仲間を......こーんな腑抜けた男になんか任せらせない!!」 唐突な展開で呆気に取られる面々、うろたえて右往左往する昇をよそに、イチロウがゆっくりと星干しを見据えてそれに応じる。 昼下がりの店内で、張り詰めた空気が充満した。 ーーーー.......... 「かわいい!ものすごく気配り上手さんで、それでいながらちょっとおっちょこちょいさんな一面も見え隠れするのが、うーんとえーと...!!」 「僕をなんだと思ってこんな勝負持ちかけたのかな、博士ちゃん...彼女の存在がここに在ることによって、僕を介してこの世に新たな詩が何本産まれたと思う?」 「.........すげえ」 白紙をものすごい勢いで埋め尽くしてゆく、“ポプカちゃんの好きなところ”。 星干しの紙面は大概ながら、イチロウのそれは只者ではない。持てる語彙力全てを注ぎ込んだ、両者の“どっちが愛をたくさん伝えられるか合戦”は、尋常じゃない熱量で白熱する一方だ。半分安心して飽きた3人が、真似してキャッキャと好きなとこ合戦を楽しむ横で、イチロウの紙が両面きっちりと埋まりきり、ペンが二本、テーブルに転がった。 「......やれば、できるんじゃないですか」 「なんだって?」 「そのまま伝えればいいんですよ、それを。あなたの気持ちは本物です、認めます」 意図せずして引き出された、心の奥に溜まった気持ちの数々。実に簡単なことなのだ、ただ自分ひとりでは、自分の中身を覗けないだけで。 「博士ちゃん......」 「私たち、健闘を祈ってます、イチロウさん!」 わあ!と拍手と笑顔でイチロウを勇気付ける一同に、少し戸惑い長らも、僅かな光を見出した彼の目が大きく見開かれた、のだが。 「え!?ちょっ、イチロウさん、イチロウさん!!!」 なんでいつもこの店で事が起こるとこうなのだろう、イチロウはふっと意識が途切れたように瞼を閉じて、静かな呼吸を吐き出しテーブルに沈む。一体何が起きたのだと、しんと静まりかえった空間に、まさかとは思いながらも確信せざるを得ない、軽やかな足音が飛び込んできた。 「ねえ!?落ちた!?イチロウ!!」 「ね、ねぎちゃん.......やっぱりこれってもしかして、いや」 「今日は訳あって薄め!!」 「遅効性睡眠薬ーーーーー!!」 “いや、なんかめっちゃ寝不足顔だったから。” サービスしましたと言いたげな輝く笑顔の浅葱が加わり、混迷を極めたかのように見えたホール。今日は厄日か、奇跡の日か...神さまはそれでもまだ物足りなくて、トドメの一撃をドアから寄越し、匙を投げる。揺れるお下げ髪にお気に入りのワンピースがひるがえり、ついに運命はここで衝突を起こす、そう、そうに違いない。 「おつかれさまですー、あれ、どうかしました?」 シフトの交代がもたらす、まさかの二人っきり状態は、もう回避することなんかできやしない。 「ご、ごごごめんみんな用事があってもう残れないんだけど...」 「イチロウさん疲れて寝ちゃってさ!?」 「あと任せるね!!」 「じゃあ!!」 ひとつだけ、誰も知らない事実がある。 実はドアの外で、彼女、ポプカがこの一部始終を聴いていて、だけれどシフトの時間がきたからって、意を決して扉を開けた事。 「......ぜんしょ、します」 路地裏珈琲開店以来、もっとも静かで危険な数時間が、今始まろうとしていた。 続 ーーーーーーーーーーーーーーー ポプカさんにバトンタッチ。 イチロウさんに当てて一曲、自由に音源を提出してください。 内容によって展開が変化します。 ※任意で、何かひとこと・短めのssなどを添付できます

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