「招かれざる客達(8)化け試合」
秘密結社 路地裏珈琲
「招かれざる客達(8)化け試合」
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「おや、そうでしたか。私も、おじいさまとはどこかでお会いしているかもしれませんね」
「ええ、きっと。おたくの銀行、上の方は今会議詰めでお忙しいのでしょう?新しい試みだって、投資型預金のお話。利回りが良くて魅力的ですわ」
「あ...ああ、もうその話もご存知でしたか、では、やはり当行に口座を?」
「まだお話だけ。ほら、支店長さんとおじいさま、よくお茶会でお会いしてるから......」
時折、通訳か何かのように、秋那兎の声が短く割って入る。支店長の名前、最近起きた経済関係のトラブル、流行りの株銘柄。見事な連携プレーで、秋那兎に会話の中身をプロデュースされた“スカーレットお嬢様”が、上流階級の財布事情を小出しに、紳士を完全に捕まえた。
ホールの片隅で、小さなテーブル越しに二人の話はすっかり盛り上がって、一向に終わる気配が見えない。しかし、心配無用、情報源なら無尽蔵だ。なんせ、アルコールを燃料に自分で次から次へと喋ってくれる、手間の掛からないヤツを、秋那兎が飼い慣らしているのだから。
「へぇー、あんたも大変な仕事してんだねぇ、銀行員ってもっと澄ました職業かと思ってたよ」
「だったらいいんスけどねぇ〜、もうごりっごりの縦社会っつの!?今度だって、チームの仕事だからってさ。上司はちょびっと動いただけで、俺の手柄!我が物顏で上に見せびらかすんだから!」
部屋に、鶏肉の皮目を焼き上げた匂いが充満していた。第2キッチンは本日空き部屋。がらんとした広い厨房で、ご機嫌なコック服が鼻歌混じりに、こまこまと酒の肴を作っている。
「なんかすんませんね、こんな行きずりのサラリーマンの愚痴なんか聞いてもらっちゃって」
「あー、いいのいいの!今日はねぇ、ここで待機のお仕事なんだ。私も退屈でさー」
すっかりコックになりきって酒など開けながら、秋那兎が詐欺師の肩を強めに叩いた。来るとは聞いていたが、本当に来てしまうとは......さっさと締め上げて情報を吐かせるか、はたまた、そのまま一旦連れ去るか。短時間で彼女が出した答えは、どちらでもなかった。男の心を掴むなら、まずは胃袋から。そう、ここは厨房である。幸いこいつときたら随分ストレス塗れで、ちょっと優しくおもてなししたら、コロリと落ちた。あとはひたすら、内部事情を引き抜いて、頃合いを見てブチのめすだけ。
さっきからサトウとは無線が繋がらない。スズキはバーテンを演じているようで、一旦通信が切れた。ニノ上は任務に向けてスタンバイしているから、迂闊にこちらから話を振れない。
このまましばらく、もつれた糸がどこか一本でも解けて、誰かが息を吹き返すまで待つしかない。持久戦を覚悟して、気合いをいれ直した矢先の出来事だった。気だるそうなヒールが、コツンコツンと、入り口で鳴った。
「......あ、ごめん。今ちょっと......っ!」
秋那兎の表情が、絶対零度で氷りついた。真っ黒しなやかな、ただならぬ気配のメイド服。
「あれ、仕事?」
「そうなの、休憩中ごめんね“料理長”、すぐ終わるから」
「じゃあ俺、そろそろ行こうかな......」
「あ、いや、待った!そう、すぐに!」
よろよろと、おぼつかない足取りで出入口を目指すカモに腕が届く前に、メイド服の狂犬、さりがギリギリとその手首を握り締める。本気で骨を折りかねない握力に顔を歪め、秋那兎が足を振り込んだ。空を切った良くしなる脚を追って、追い討ちでジャブが来る。右左、避けてオーブン用の分厚いミトンを素早く装備、スパーリングの要領で重い拳を確かめた。間違いない、やる気だ。
「どこの野良猫だよ、行儀が悪いったらない」
「猫に見える?はは、残念〜......わんわんでした」
拳を幾度か交わし合って、兎と犬が歯を見せ合った。
* * * * *
to be continued...
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