6/26 完結: 求む、プロの暇人(のまこ専用: 短編)
秘密結社 路地裏珈琲
6/26 完結: 求む、プロの暇人(のまこ専用: 短編)
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「あっ、来た!はいはいはい、待ってた、のまこちゃん!さあこっちへどうぞ」
久々に顔を出したばかりだと言うのに。君を見るや否や、サトウは至極嬉しそうに駆け寄って来て、後ろから背を押してカウンターへと急かす。どうやら、君に拒否をするような権利の類はないようだ。一言も声を発さずにテーブルを拭き続けている仏頂面の目の前で、わざわざサトウが椅子をひいた。さながら、生贄でも捧げるみたいな光景だった。
「はい、スズキさん。見つけてきたよ、プロの暇人」
聞き捨てならない一言だったろう、もちろん発した本人もその自覚があったようで、君が反論する前に、まあまあ聴いてとあやしにかかる。
「のまこちゃん、スズキさんは可哀想に、休めない人なんだ。この有り様だよ、ちょっと隙間の時間で無理にも仕事を探して潰す。これじゃ僕が落ち着かない」
サトウが喋り続けている間も、スズキは君にグラスを出して、よく冷えたレモン水を注ぎ、丁寧にメニューを置き、また真っ白な布巾でグラスを磨きはじめ、それが延々と繋がっていく。言われてみれば忙しない、働き者と言うよりは、中毒のようだった。
「さあ、のまこちゃん。そういう事だから、君のゆとりと余裕に満ちた、その佇まいを見込んでのお願いさ。スズキさんに、暇である事の素晴らしさを叩き込んでやってよ。この人を癒せるのは君しか居ない!」
君は休日を、いかがお過ごしだろうか。本当に暇を愛する人間ではないとしても、怠惰に過ごす甘美な一日を説きながら、スズキにおススメの音楽でも囁いて、サトウの言う通り宥めなければ、ここから帰してもらえそうにない。
スズキが困ったようなしかめっつらで、ジッと君を見つめた。
「......まあ、なんだ。良かったら、参考に聞かせてくれ」
* * * * * * *
オーダー: 「ワーカホリックの彼を宥める、癒しの歌」
アンサー:https://nana-music.com/sounds/04e617dd
* * * * * * *
「......でね、スズキさん?聴いてる?」
「聴いてる」
「いや、聴きいりすぎて前のめりだね、スズキさん」
のまこちゃんがたまには外に出ようとか、散歩したら今の時期は草木の調子がいいとか、それらしいアイデアを出してくれたにも関わらず、スズキさんは微動だにしない真顔で、ウンウンと頷くばかりだった。そりゃそうだ、だって彼はそういった世間一般の朗らかな幸せを体験していない。思い起こそうにも、引き出しがないんだ。
結局食いついたのは、多分初めて聴いたのであろう、ちょっと早口で明るい調子の、彼女が歌ってくれた歌についてだけだった。それも、おそらく意味など分かっちゃいない。
「結局今のはどういう歌だったんだ。」
「どういうって......なんか明るいし、テンポいいし。情景が綺麗でしょ」
「意味は」
「失恋っぽいけど...無くていいんじゃないですか?そういうのいちいち考えるから、暇を楽しめないんですよ!」
のまこちゃんが、空っぽ!と笑って、パッと手を開いて見せた。手のひらを、いまだ釈然としていないスズキさんの視線がウロウロ彷徨っている。探したがるのだ、そうやって探したって、答えは何処にもないのに、彼はいつでもそう。
「ほら、それ。考えるんじゃなくて、感じて?」
「海の底だの、海底列車だのの風景を?」
「いや、メロディとか」
「ほう」
「そ、なんか1つくらい思う事あるでしょ」
「......好きだ」
「え?」
「いや、メロディが」
「......。」
僕は、錆びたブリキ人形みたいな速度でこちらに振り向く彼女に、多分この後しこたま謝って、それから大笑いして、珈琲にアイスまで付けてあげなくちゃいけないと思った。
「まあまあ、その会話ができただけでも大進歩だよ」
背を向けて文句をこぼした彼女には、残念ながら見えなかったようだけど。プロの暇人をもってしても、難攻不落なプロの仕事人に、いつぶりか見る、ほのかな笑みが浮かんでいた。
スズキさんが人の心を授かる日も、近いのかもしれない。
* * * * *
変わった事は起きなかったようですが、スズキさんとちょっと仲良くなったみたい。 (短編END)
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