
鶯丸
「――すまない、主。俺はこんなことを書くつもりじゃなかった」 「……なにを、言っているの?」 だって、この筆跡は間違いなく貴方なのに。鶯丸の言っていることが分からない。どういうことかと問うと、随分な間の後、彼は口を開いた。 「……今から言うことを、信じてくれとは言わない。ただ、聞いてほしい。……いいか?」 そんな捨てられた子犬のような顔をされては、頷くしかないじゃない。彼に対する猜疑心は消えてはいないが、信じたい気持ちもまだあった。私の動きを確認した鶯丸の口が開いた、そのとき。 ――ガタンッ、と木箱が大きく揺れる音がした。その音に驚いた私たちの視線は、すぐに音がした方向へと向く。 「……今、すごい音がしたわよね……?」 「あぁ……」 そんなやり取りをしながら、必死に音のしたものを探す。ここは審神者部屋ではあるが、いわゆる荷物置きにも使っていたもので、この部屋にはたくさんの箱があった。辺りを見回していると、また音がする。今度はガタガタガタ……と小刻みに揺れているような音。 「確かこっちの方から……あ、これだわ」 部屋の奥の方の、ドーナツの穴のように積まれた箱の所へと踏み込む。すると、穴の中心に、音と同期するような動きをしている箱があった。鶯丸に頼んで周りの箱をどかしてもらう。ふたりで覗き込みながら開けると、中からはこんのすけが出てきた。 「こ、こんのすけ!?」 「審神者殿! ようやく見つけましたぞ!」 「よ、よかった……! 無事だったのね!」 こんのすけを抱きしめる。管狐は最初こそじたばたと暴れていたが、やがて諦めたのかおとなしく抱かれていた。 ◇ 「――さて審神者殿。そろそろよろしいですかな?」 「え、えぇ。なに?」 しばらくして、真剣な声で言葉を紡いだこんのすけ。それにつられ、私も思わず居住まいを正してしまった。 「お気づきかとはお思いですが、ここはまぎれもない、貴女様の本丸です。ある刀剣に乗っ取られてしまったようですね。ただ、彼の者はその霊力でここを貴女様の本丸とは似て非なるものに作り替えているようです」 「……そう」 俯きながら、返事をする。あの手記を見る限り、この空間を作ったのは今剣だろう。だが、それを作るまでに追い詰めてしまったのは、紛れもなく私だったのだ。 「審神者殿……?」 「大丈夫よ。まだ何かあるなら、続けて」 「は、はい。この黒い瘴気は、彼の者がばら撒いてしまった物と見て、間違いないでしょう。そして、この瘴気に触れた刀剣たちは、例外なく精神を冒されます」 「……え、」 ――例外、なく……? その言葉が、私の視線を彼へと向けさせる。鶯丸は、この瘴気の中でも普通に活動していた。これに触れた刀剣男士が、みんな変になるというのなら、やっぱり、鶯丸は…… 「……隠していて、すまなかったな。主」 「う、そ……」 「こんのすけの言葉は本当だ。俺は今にも、主を隠してしまいそうだからな」 口調はいつも通りのもの。なのにその声音は、焦りとも、くるしみとも取れる。聞いていて、とても哀しくなるような、そんな声だった。 「今まで俺は、この自分と戦ってきた。いや……今でも、だな」 茶を飲んでないとやってられないな、と半ば冗談交じりに彼は吐いた。その横で、こんのすけが口を開いた。それは、やけに響いているように感じた。 「……審神者殿。帰りましょう。元の世界に」 「え、だ、だめよ。ここにいるひとたちも連れて帰らないと――」 「いけません」 静かだが、いつもより強い語気で発せられたそれは、それ以上私が口を開くのを許さなかった。私が次の言葉に迷って、「でも……」と言うと、こんのすけは見たことも無いような険しい顔で遮った。 「もう時間がありません。このまま残れば、もう元の世界には帰れなくなると思いますよ」 「で、でも、みんなを置いていくわけには……」 「貴女様は審神者です。それをお忘れになられていませんか? 他の刀剣たちを正気に戻したい気持ちはよくわかります。彼らが、大切な仲間だということも。……ですが、それは貴女様が今、ここに残る理由にはなりえません」 そこまで言うと、こんのすけはまた俯いて「ぼくも、悔しいんですよ……!」と一言だけ、呟いた。 「……ぼくは、審神者殿をお護りするよう、政府から言いつけられています。何を見捨てようとも、何を犠牲にしてでも。貴女様が審神者である限り、それは変わりません」 反論する言葉もなく、項垂れてしまう。私だって、人間だ。ここから出て、また元の生活に戻りたいという思いがある。でも、でも……それは、みんながいなければ叶いはしない願い。……だって、私だけ帰ったって。 「……そんなの、悲しいだけじゃない……!」 「――主、覚悟を決めろ」 不意に、上から声が降ってきた。それは、鶯丸の声。私は反射的に顔を上げる。私に見つめられた彼は、いつもと変わらない笑みを浮かべていた。 「主がどんな選択をしたとしても、皆さほど気にしないだろう。気にするのは、「そのとき主が笑っているかどうか」だ」 「鶯丸……」 「……主の気持ちはよくわかる。だがそういうときは、よりマシな方を選べ」 「マシな、方……」 あまり綺麗な言葉ではなかったが、その言葉に、これ以上ないほど救われた。ほら、と鶯丸に促され、私はこんのすけと向き合った。 「――こんのすけ」 「はい、審神者殿」 「私は……」 ――みんな、ごめんね。 「元の世界に、帰るわ」 こんのすけはほっとしたような、悲しそうな笑顔で「……分かりました」と呟いた。 「それでは、強制送還命令を出しますが……ちょっと問題が」 「えっ?」 「ここはかなり歪んだ空間なので、強制送還命令を出して上手く外界とここが繋がったとしても、ゲートまでは開くかどうかまでは分からないんですよ」 ……それを先に言いなさいよ。少し脱力感を覚えながら、じゃあどうするのと聞くと、あまりにも体育会系のような言葉が返ってきた。 「ぼくは命令を出す役目があるので……そうですね、審神者殿か鶯丸殿のどちらが霊力でゲートをこじ開けてくれればな、と」 こ、こじ開ける……!? なんか言葉からしてすごい力使いそうね!? 思わずそう口にすると、こんのすけは「ここはものすごく捻じ曲がってますからね~それくらいしないとすぐ閉じちゃいますよ~」と軽く言った。 ……この管狐め……。拳を握りながら鶯丸にどうする?と問い掛ける。すると、意外な言葉が返ってきた。 「――主、俺にやらせてほしい」 「……え?」 どうした? そんなに驚くことがあったか?と問われ、私はさらに首を傾げた。あの鶯丸が、やる気に満ちているだなんて。 ……まあいいわ。一応私にもできるらしいけれど、どうしようか……? 鶯丸に任せる → https://nana-music.com/sounds/044a3017/ 自分でやる → https://nana-music.com/sounds/044a302d/
