
鶯丸
その後も脱出するための手段や手がかりを探したが、なにも見つからなかった。理由はまあ……こちらにも思い当たらないことはなかったが、一番大きいものは「すでに破壊されている」こと。例えば、鶯丸のふとした「そういえば、次元の歪みのようなものは感じていたな」という呟きにより、彼の示すところまで行ったとき。私もこういった場所には度々あるものだと思っていたが、どこに行っても見当たらないため、その線は諦めていたのだ。 「――ここだ」 「……何もないじゃない」 彼の指さすそこは更地、というには雑然としている部屋。その様子に首を傾げながら返答する。すると彼は「正しくは【あった】だな」と返した。 「どういう、こと?」 「時間経過で収束したか、あるいは――誰かに破壊されたか」 前者であればいいんだがな、と鶯丸はそこで言葉を切った。破壊されたとしたら、誰がそんなことを……? いや、今は脱出の手段を探すのが先――とは言っても、どうしても気になってしまう。鶯丸の言葉にはそうね、とだけ返し、次の探索場所へと思考を向けたのだった。 ◇ 「――そうだ、私の部屋に電話があったのをすっかり忘れていたわ」 「電話?」 「そう。政府への連絡手段に使っていたものよ。彼らに繋がればなんとかなるかもしれない」 そう言って、私の部屋へと足を向ける。最初に目覚めた、あの場所へ。そこは【審神者部屋】と呼ばれるもので、私も含めて誰もが入れるようにしていた。それが、いけなかったのかもしれない。 「……まさに徹底的に、という感じだな」 「本当にね……」 私の部屋にある電話。その回線が斬られていた。まるで刃物で斬ったように、真っ二つに。こんな風に斬られてしまっていては、電話そのものが使い物にならない。もう、どうしろってのよ……そう口の中だけで呟いて、立ち上がろうと下を向いた。そのとき、私の足下に一枚の紙が落ちているのに気が付いた。それを手に取ってみると、先刻見つけた手記と同じ筆跡の文章が見える。 『あのひから、おしごとをしているあるじさまをみると、むねがもやもやします。あるじさまがいなくなってしまったら、あるじさまのれいりょくでけんげんしているぼくたちは、かたちをいじすることができない。ぼくははせべからなんどもききました。そうしたら、とうかいされるか、すてられるんでしょうか。……いやです。ぼくは、ずっとあるじさまのおそばにいたい。すてられたくないです』 ところどころに、楕円の染みがあるのを見つけた。……おそらく、泣いていたのだろう。今剣と思しきその刀剣の、悲痛な叫びを聞き取れなかった私は強い罪悪感に駆られた。 「――貴方の言葉、聞いてあげられなくて、ごめんね……」 しばらくして、裏が透けて見え、文章が続いていることに気が付いた。なんだろうと思い、裏返してみる。そこには、『主は休むということをしないからな。誰が言っても、それは変わらないだろう。……なら、隠せばいい』と書かれていた。 ――この、筆跡は。出陣の報告書で何度か見たものだ。……鶯丸が、部隊長だった時に。私の本丸では、出陣のたびに報告書の執筆を部隊長に頼んでいた。もしこの筆跡が本物なら、今、私と共にいる彼は……? 今までずっと信じていた彼への恐怖や猜疑心が、私の中で首をもたげていた。 ◇ 「主、他になにか見つかったのか?」 今私のいる場所から、少し離れたところでお茶を飲んでいた鶯丸に突然声をかけられた。とっさになにもないと言ってしまい、少し動揺してしまった私を知ってか知らずか、彼はそうかと一言。お茶をもう一口飲んでいた。 ……それ、どこから持ってきたのよ、と言いそうになった瞬間、あることに気が付いた。私と出会ってからの、彼の余裕綽々とも取れるこの態度はもしかして……、 ――私を、神隠しするため? 急に、不安になった。あの石切丸のように目は赤くはないけれど、もし、鶯丸にも同じようなことが起こっていたら。私は、このひとから―― その時、不意に鶯丸が口を開いた。 「あらかた、この本丸は探したな」 「そ、そうね」 「そのどこにも手がかりがないとなると……残るはこんのすけのみ、か」 「……え? なんで、こんのすけ?」 知らないのかと返されたが、知らないものは知らないわよ。彼によると、こんのすけは強制送還命令を出せるらしい。なんでそんな大事なこと言わないの……。 「でも、これまでいろんなところを探索したけれど、どこにもいなかったわよね?」 「あぁ、それが問題だな。……もう一度見て回るか?」 目的が違うと見える物も違ってくるぞ、と彼は言う。あの文章を見てしまった私は、どうしても頷くことはできず、かといってはねのけることもできない。曖昧な返事をしながら、動けずにいた。 「……主、どうした?」 「い、いいえ。なんでも、ないわ」 どうしても彼を見ることができずに、目を逸らしてしまう。ご、ごめんなさいとなぜかも分からず謝りながら席を立って、鶯丸の横を通り過ぎようとした。 「待ってくれ、主」 その言葉と共に、腕が引っ張られる感覚がした。振り返ると、鶯丸が私の手首を掴んでいる。 「あ、あの……鶯丸?」 「すまないが、その言動は俺でも少し堪える。この状況で疑われるのは仕方のないことなんだが……言いたいことがあるのなら話してほしい」 真っ直ぐな目に、見つめられて。私はその目に甘えてしまっていた。先ほど見つけた紙を、彼に見せた。 「これは……」 「今剣の手記よ。さっきのはページが欠けていたみたいなの。……それの、裏を見てくれる?」 私の言葉に合わせて、鶯丸は紙を裏返す。その瞬間、彼は焦りとも悲しみともつかない顔をしていた。 → https://nana-music.com/sounds/044a3008/
