
山姥切国広
私は死んだ。 敵の急襲により、殺された。 刀剣たちは皆、最後まで私を守ろうと戦ってくれた。 確かに、最後の敵を彼らが葬るところまでは見届けた。 けれど、そこまで。 そのあとは、わからない。 最後に誰かが私を呼んでくれた気がする。 優しい声だった、悲しい声だった。 これは。 この声は誰───。 「───主。」 ああ。 これだ。 この声だ。 この声が、最後に私を呼んだ。 振り向くと、山姥切が悲しげな顔で、それでも真っ直ぐに私を見ていた。 「……すまない、主。」 そうか。 お前は気付いていたんだね。 私が死んでいることをわかって、それでも私を守ってくれていた。 なんて優しくて、なんて……。 私は山姥切へ日記を差し出すと、ゆるりと首を振った。 十分だ、十分なのだ。 彼が謝ることなどない。 この日記の主も、なにも背負うことなどない。 だが、それでも。 ───私がここにいるのは間違っている。 お前もわかっているでしょう? そう問えば、山姥切の顔が歪む。 ああ、違う。 そんな顔をしないで。 私は無理矢理笑うと、山姥切の前髪をくしゃくしゃと撫でた。 普段は邪険に手を払うくせに……。 指に触れる金糸は、柔らかくひやりとしていた。 「……ここは、その日記の主が作ったものだ。あんたが死んだことに耐えられなかったものが、もう一度あんたに会うためにここを作った。だが、主を失ったことで堕ちかけていた霊力は、こんな穢れに満ちた場所を生み出してしまった。……主、頼むから誰も恨まないでやってくれ。俺たちはただ、……あんたともう一度話したかったんだ……。」 震える声で、そう言われた。 誰が恨むことが出来ようか、誰が嫌うことなど出来ようか。 彼らの思いに、彼の願いに、私の目から涙が落ちた。 その時。 ───ガツンッ!! 離れの戸が強く叩かれた。 来た。 赤い目の刀剣たちが追ってきたのだろう。 私はぐっと生唾を呑み込み、考える。 私は既に死んでいる。 それならば、ここでこのまま殺されることが正しいことではあるのだ。 彼らが私を思ってくれていることは嬉しいが、それとこれとは違う。 私は歴史を守るために審神者となった。 その私が歴史を変えるようなことをしてはいけない。 一度目を閉じ息を吐くと、私は意を決して一歩を。 「主。」 踏み出すために上げた足が宙を掻く。 肩を押されたことで、軽く後ろへたたらを踏んだ。 なにかと見返せば、山姥切は酷く穏やかな顔で私へ言う。 「この空間は不完全だ。俺でも、やろうと思えば空間を抉じ開けることはできる。あんたひとりが通れるくらいの隙間は作れるだろう。……これが正しくないことくらいはわかってる。それでも、あんたは生きてくれ……。」 聞いたことがないほど優しい声。 私への思いだけが詰められた、優しいかみさまの声。 私はふっと息を呑み、そして。 ───お前はどうなるの? つっと、そんな言葉が出た。 彼は「ひとりが通れるくらいの隙間」と言った。 けれど、ここには私と山姥切の二人がいる。 それでは、私が通ったとして、山姥切は? 嫌な想像に私がまさかと口にすると、山姥切は少しだけ眉を下げた。 そうか。 お前が"代わり"になるつもりなのか。 1.無理矢理引き留める → https://nana-music.com/sounds/0442ed00/ 2.引き留めきれず振り払われる → https://nana-music.com/sounds/0442ed54/
