
§夢幻ノ箱庭§ 第二話~青ノ都市~
§幻想舞踏会§
§夢幻ノ箱庭§ 第二話~青ノ都市~ 広大な牧草地と森林の広がるその土地は、年中風が吹くことで有名だ。 安定した気候とその自然の豊かさから、農畜が盛んに行われている。 また、その土地に住む人々は昔から知識欲・探究心が強く、 国で最も大きな大学では学問として様々な学科が存在していた。 そこはかつて青ノ国と呼ばれていた都市。 国が統一され、与えられた名は第四都市・八咫烏街。 通称<青ノ都市>と呼ばれた。 元青ノ国は他の国と違い、国王に任期があった。 現国王が神官へとなるのも一つの選択だったが、丁度任期満了のタイミングだった為 国王はそのまま退位し、新たに国民投票で選ばれた者が神官となっていた。 青ノ都市は【学問と自然環境】の統括を任命され、 国立大学は国の統一後に市立大学へと名を変えたが、他の都市の学生も編入してくる等 さらに賑わいを見せていた。 ~~~ 都市の中心街を走る大通りを鼻歌交じりに歩く一人の女学生がいた。 「ふんふふーん♪今日は~待ちに待った~♪」 軽い足取りで向かった先は沢山の本が所狭しと並べられている書店だった。 迷う事無く店頭の新刊コーナーへと向かう。 そして、大きなポップと共に積み上げられた雑誌をひとつ手に取った。 表紙に写る女性をうっとりと見つめる。 雑誌の大見出しには [密着!加護をその身に宿した白国の姫君] と書かれていた。 「はぁ、光姫様…素敵…!」 女学生は同じ雑誌をもうひとつ手に持つと、そのまま会計を済ませて店外へと出る。 読みたい衝動を抑え込み来た道を引き返すべく歩き出そうとした。 しかし、彼女は気づいていなかった。 自身の靴紐がほどけ、さらにその紐を自分自身が踏んでいる事に。 紐を踏んでいては足は前に出せない。 そのまま足がもつれる。 「わわっ!?きゃあ!」 手に持ってた本を抱きしめたまま前のめりに倒れかかる。 「危ない!!」 後ろから突然腕を掴まれ、倒れかかった重心を戻される。 驚きつつ振り返ると、そこには背の高い眼鏡をかけた男子学生がいた。 「あ、ボブ先輩!」 「夢羽…お前危なっかしいな…。」 見知った中の二人は互いに安堵の溜息をもらす。 「ありがとうございます先輩…。 ところで先輩、なぜここに?」 「本屋に用事があってな…。ってその袋、お前もか?」 ボブは夢羽が両手に抱き締めた袋を指さす。 よく見てみると、ボブも同じ袋を手にさげていた。 「えへへ、買っちゃいました光姫様特集の雑誌…。」 「お前もか…。」 「も?お前もって事は、ボブ先輩も…?」 夢羽が目を輝かせて覗き込む。 とたんにボブの顔が真っ赤になる。 「なっ!違うぞ!!俺は参考書を買いに!!あくまでもそっちはついでで…」 「ちょっとうるさいそこのボブ!」 後方から突然声がする。 そこにはドーナツを頬張りながら、ボブをにらみつけるさきの姿があった。 「道端で騒がないでよねまったく。」 「お前の声だって大概だぞ…。そしてまた買い食いか!」 「さき先輩っ!さき先輩も本屋さんに用事ですか?」 夢羽が駆け寄る。 「ううん、私はその隣のミ○ドに友達と新作ドーナツ食べに来たの。」 そう言って、さきは後ろの人物を指さす。 そこには眠井ともう一人、初対面の女学生がいた。 「ボブ達は初めましてだよね? 魔法医術学科の翠ちゃん。いつも宿題とか手伝ってもらってるんだ~ 翠ちゃん!この子が例の夢羽ちゃんであの黒いのがボブだよ!」 「あら、例の!」 さきから話は聞いていたようで納得と言わんばかりに声を上げる。 そのまま翠は会釈をする。 「初めまして、翠です。お噂はかねがね…特にボブさんの方。」 「噂?」 ボブが不思議そうに首を傾げるのに対し、翠は笑顔で答えた。 「ええ、《女誑し》と伺っております。」 「…おいさき、話がある。お前こっち来い。」 「え、嫌だよ私嘘ついてない。」 さきはドーナツを食べる手を止めることなく即答する。 「…お前そのドーナツ没収するぞ。」 「…できるもんならやってみな。」 本屋の前で不穏な空気が漂い始めた、その時…。 [フルコンボ!] 向かいのゲームセンターから歓声が上がった。 カラフルなボタンのついたゲーム機の前で見覚えのある後ろ姿が野次馬に囲まれながらガッツポーズをとっている。 「よーっし!新記録更新! 次はどの曲にしようかな…よし、<私、アイドル宣言>のハードにしよう。」 慣れた手つきで画面を操作していく。 画面が煌びやかに光り出し、音楽が流れ始めた。 「よーし、これもフルコンボ狙…」 「何やってるんだハンペン?」 後ろからボブが顔を出し、光るボタンを覗き込む。 「うわ!ボブ先輩?!」 ハンペンの身体が跳ね上がる。 「いや、新機種の音ゲーを…」 「うわーボタン沢山ある~」 反対側からはさきが顔を覗かせ、手当たり次第にボタンを叩いて行く。 「ぎゃあああさき先輩!?!? それ画面にあわせて叩かないと…ああ!フルコンボがあああ!?!?」 ハンペンの悲痛な叫びが響く。 そんな様子を眠井は黙々とノートに書き込んでいた。 「眠井ちゃんはまた人間観察?」 「はい。ボブ先輩の周囲はネタが尽きませんので…」 「あはは…確かに。」 ハンペンの新記録更新は、その後も二名の先輩により成されることは無かった。 ~~~ 「うう…酷いっす先輩方…。」 「すまんすまん、そういうゲームだと知らなくてな。 学食でカツカレーおごってやるから許せ、な?」 「先輩、俺がカレー嫌いな事知ってて言ってますよね…?」 ハンペンはガックリと肩を落とし、ボブとさきは悪びれる様子も無く眠井達のいる方へと戻ってくる。 「さて、そろそろ大学に帰…」 誰がという訳でもなく、帰路につこうとしたその時、遠くの方からどよめきやら小さな悲鳴と罵声が聞こえてくる。 「どけどけ!!!」 一人の男が人混みを押しのけて赤ノ都市の魔導騎士から逃げている。 ボブ達が事態を把握する時間も無く、その男が突っ込んできた。 「邪魔だガキ共!!!」 「ひゃあ!」 「うわっ!」 「きゃあ!」 力任せに全員を押しのける。 よろけた際にボブと夢羽は手に持っていた本を、さきは手に持っていたドーナツを落っことしてしまう。 「ああああ!私のドーナツがあああ!!!」 「きゃあああ!光姫様ぁああ!!」 袋から飛び出し汚れた雑誌と土まみれになったドーナツに悲鳴を上げる。 翠と眠井は冷静に状況を判断し、逃げた男性と追いかける魔導騎士へと視線を向ける。 すると、逃げている男の足元が見えない何かに掬いあげられるかのように浮かんだと思うと、 突然男が前のめりに転倒する。 男自身も何が起きたのか解らずに目を見開いている。 そんな男性に考察する時間を与える間もなく、肩に手が置かれる。 魔導騎士…ではなく、ボブだった。 「お前…俺の友人後輩と未久さんの本に何してくれんだ…」 「うっ…うるせ ガハッ!?」 反論しようとした男の上に、さきが走り幅跳びの様に飛び降りてきた。 鈍い音と共に男の身体に衝撃が走る。 さきはそのままグリグリと踏み躙りながらドスの効いた声を腹の底から響かせる。 「あんた…私の大事なドーナツどうしてくれんの…?」 「い、今それどころじゃ…!?」 這いずりながら逃げようとするが、男は自身の足が動かない事に気が付く。 視線を足元へ向けると、両足が完全に凍っていた。 後方から、笑顔も無く瞳孔が完全に開いた状態の夢羽がゆっくりと歩いて近づいて行く。 「私の光姫様……… 読書用と保存用…姫様の御顔が汚れて… なんてことを……」 「…ひぃっ!?」 「き、君達そのへんで…!」 やっと追いついた若い魔導騎士が三人を宥めようと割って入る。 「「「…あ?」」」 そこにいたのは、もはや学生ではなかった。 ~~~ 眠井は目を輝かせてノートにペンを走らせる。 翠はにこやかにその様子を眺めていた。 「あはは、別に男の方は良いとして魔導騎士はさすがに手を出さないでほしいな~」 爽やかな笑い声に振り返ると、書店からそうまが笑顔で出てきた。 ハンペンと翠が驚く中、眠井は冷静に会釈する。 「こんにちはそうま先輩。やはり近くにおられましたか。」 「あれ、眠井ちゃんは気づいていた?」 「男が不自然に転びましたので。あとその時、風が吹いていました。」 「流石は観察家。敵わないな~ いや僕も本屋にいたんだよ。これは本当に偶然ね? で、面白いやりとりが聞こえてきたから店の奥から観察してただけだよ☆」 夢羽とボブの落とした本を拾い上げ土を手で払いながら、悪びれる様子も無く白状する。 眠井はペンの動きを止めることなく、そうまが片手にさげている袋を見る。 「…そうま先輩も新刊の発売日で来たんですか?」 「さあ~?そこは想像に任せるよ☆ まあそれに丁度、今持ってる本を読み終わったから新しい本にしおりを挟みたくてね。」 そうまの胸ポケットには細かな装飾の施されたしおりが顔を覗かせている。 人混みの向こうでは、いまだ三人による男への制裁が続いていた。 強盗は残り3人。 …第三話へつづく。
