§幻想舞踏会§ 第四十三話~ありがとう~
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§幻想舞踏会§ 第四十三話~ありがとう~
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第四十三話~ありがとう~
―…大丈夫、必ず守ります。
皆さんのことを…
下の国々も…
魔導砲で広場が消し飛んだ事により、島々への魔力供給である水脈が無くなってしまった五つの島は、ただ落下するしかなかった。
五つの島が落下するその時、光姫は五つの島を、隊士を守る為だけに力を集中させた。
そうしなければ落下による島々の崩壊と大陸の国への被害、その衝撃の負荷による隊士達へのダメージは甚大なものだったであろう。
周辺の国へ一切の被害を与える事なく、立ち入り禁止区域である巨山があった場所へと島を下ろす。
加護の力を従えたといえど、呪いに蝕まれた光姫に自分自身を守る余力等はとうに無かった。
~~~
瓦礫の中で動かない光姫の元へ、いち早くたどり着いたのは、まりーだった。
腰が抜けてその場にへたり込む。
「ひ、めさま……?
う、そ…姫様…!」
手が、足が、震えてそれ以上動けない。
「い、や…
いや…いやあああああああ!!!」
悲痛な叫び声が響き渡った。
~~~
「…プハッ!!!」
赤ノ拠点島で地面に突っ伏していたていなんが起き上がる。
辺りを見渡すと、眼下に見ていたはずの大陸の山々が周囲に見えていた。
「……まじで落ちやがった…」
土汚れを掃いながら立ち上がとうとした時、遠くから聴こえる悲鳴が耳に届く。
その声の方をする方を見ると、瓦礫に埋もれる人影と、そのそばで座り込んでいるまりーが目に入った。
「まりーちゃん!!!」
まりーの元へと橋を駆け出す。
目の端には、黄ノ拠点島と青ノ拠点島から夜蝶とボブも走ってくるのが見えた。
「うそ…いやああああ!!」
「まりー!!」
まりーを抱き締めて落ち着かせようとする。
しかし彼女の目には、傷だらけの光姫しか見えていなかった。
「て、い、なん、さま…
ひ、ひめさまが…ひめさまが…!」
「わかってる…大丈夫、大丈夫だから…」
「姫様!!」
ボブと夜蝶が光姫の元へ駆け寄る。
「なんて事だ…瓦礫に…。」
「おい!!!!
ボブ野郎!!!!
夜蝶ちゃんと一緒に瓦礫をどかせ!!!!!」
狼狽えるボブへとていなんは罵声を浴びせる。
「わ…分かってます!!!!
夜蝶やるぞ!!」
「うん!」
2人は魔法を駆使し、瓦礫をどかし始める。
その音にまりーが反応し、ていなんの腕の中で暴れ出す。
「…うう…やだ、やだ……
こんなの、うそ…
ああああ!!!」
必死に光姫に震える手を伸ばす。
ていなんは瓦礫の撤去に錯乱状態のまりーを近づけるわけにいかず、ただ強く抱きしめていた。
「大丈夫…きっと大丈夫…!!
あのおてんば光姫なら、この状況だって…!!」
歯を食いしばりながら、抱きしめる腕に力を込める。
暁月やみーも真っ青な顔で駆け付けていた。
光姫の身体が瓦礫の中から現れる。
ボブは傷だらけの光姫を抱き起した。
「姫様!!光姫様!!!」
「姫様!起きて…!」
ボブと夜蝶の声が響く。
光姫の瞼がうっすらと開かれた。
「………ぅ……」
「光姫様!!!
大丈夫ですか!?
今誰かに回復を…!!!」
「ボブ!!
みぃちゃんがいる!!!!
みぃちゃん、光姫を頼む!!」
ていなんの叫び声に突き動かされるようにみーが駆け寄って行く。
「はいっ…姫様…!!
これで少しでも…」
みーの回復魔法が展開されていく。
光姫の身体中の傷がみるみる消える。
しかし薄く開かれている光姫の目は虚ろなままだった。
「姫様!よ、よかった…生き…てた…」
夜蝶が声をかけるが、反応が見えない。
「姫様!!」
ボブも耳元で必死に叫ぶ。
その大きな声がやっと届いたのか、口が小さく動いた。
「…その声は……
ボブ…さん………?
ごめ…暗くて……
よく見えない……。」
「目が見えていないのですか!?
はい!ボブです!
どうしてこんな無茶を…!
いや、それより回復です!!」
みーの魔法で目に見える傷はほとんど治っていた。
しかし身体は冷たいまま、顔色にも血の気が戻らない。
掠れた声で必死に言葉を絞り出す。
「か…ご…加護は………?
ボブさ…お願い………
加護が…見たいの………
私の…希望の……光……。」
「か、加護ですか!?
それなら宝石のところに…」
七色ノ宝石を見上げる。
そこには五色の魔法石が確かに存在し、輝いていた。
「しかし、今は…!」
「お願い………
最後に…もう一度見たいの…」
ボブが返事をできずにいると、夜蝶が静かに歩み寄った。
「………。
…ボブ…2人で行ってきなよ。…2人きりで。
後から来た皆には、私が説明するから…ね?」
夜蝶はみーの回復すらこれ以上は無意味だと感じていた。
だからこそ、光姫の最後の時を、願いを、尊重した。
「………分かった。頼むぞ…。」
「うん…。」
ボブは光姫を横抱きにゆっくりと立ち上がる。
「…姫様、行きましょう。」
「………。」
種をひとつ撒き歌を奏でると、大きな葉が現れる。
ボブはその葉に乗ると、太い茎が空へと2人を押し上げて行った。
腕の中にいる光姫は、とても軽かった。
まるで燃え尽きた薪の様に。
~~~
(身体がもう、動かない…)
目を開いているはずなのに、ぼやけていてほの暗い視界。
聞きなれた声が耳に届いた。
「…姫様、つきました。」
加護を見ようとするが、動けない。
視界も先程よりさらに暗くなっていた。
「…。
ボブ…さん………
そこに…そこに、加護は…
あります…か…?」
側にいてくれているであろう人へ声を必死に絞り出す。
「…あります。
5つの加護が、宝石の周りに浮いています…」
「そう…良かった…。
魔石も………
大丈夫…?」
「ご安心ください。
姫様のおかげで、世界は救われました。」
もう光姫には大陸どころか、目の前にあるはずの加護や七色ノ宝石すら感知する余力もなかった。
(お母様…私…やり遂げましたよ…。
だけど…代償にしちゃったせいで…もう真名が、思い出せない…。
口伝とはいえ…メモでも残しておけば良かったかな…)
光姫の口角が僅かに上がる。
「…ふふ……
………これで………安心して…
いけま…す…………」
ボブが必死に腕の中の小さな身体を揺さぶり、叫ぶ。
「姫様!!!
俺、まだ貴女に伝えていないことがあるんです!
…やっと気づけたことが…!」
必死に声をかける。
もうその声すらも光姫には届いていなかった。
(ボブさんの声…
もうちゃんと聞こえない…。
貴方の声、心地よくて好みだったのに……)
「………もう…私は無…理…
みた…い……………」
光姫の目がゆっくりと閉じられていく。
「何…言ってるんですか…
貴女はそんな弱気なことを…言う人じゃ…
…いつも…もっと…ッ!!」
喉の奥に熱いものがこみ上げ、そのせいで言葉が詰まってしまう。
(ああ…後悔なく笑っていきたいと言ったけど…
ひとつだけあるわね…。
私と…貴方との…)
「ごめん…ね……
ボ…ブ……さ………
約………束…
守れな…かっ…………」
それ以上、光姫の口が動くことは無かった。
「…み、光姫様…?
姫様!!大丈夫ですか!?」
目を閉じた光姫は、どれだけ揺り動かしてもその目を開く気配がない。
ただ眠っているだけの様な穏やかな表情だった。
腕の中の身体がどんどん冷たくなっていくのを感じる。
「…姫様…!
光姫様ァァァアアアア!!!!!」
その叫び声は、下にいる隊士達の耳へも届いた。
「ま、まさ…か…」
ていなんの胸の中で震えていたまりーも泣き腫らした顔を上げる。
「…ボブが必死に何かを言ってる…?
…姫様……し、ん…」
「僕達は…最後まで守られて…
何を…、あいつに何を返せた!
僕は…奇跡があると信じてる…
だから…お願いだ…!
奇跡を…
おこしてくれよ…!」
「姫様…!!ダメです…!頑張って…!!」
ていなんの叫び、みーの祈り、駆け付けた他の隊士達が、ただただ空を見上げ願った。
ボブは光姫の手を握り、冷たくなる身体を必死に温める。
蘇るのは、光姫の記憶だった。
初めての出会いで見た顔。
広場で起きた制裁時の顔。
隊士達とお茶を楽しむ顔。
そして、2人で約束を交わした時の顔。
怒った顔やあきれた顔、悲しみを堪える顔に照れた顔、
様々な表情を見てきたはずなのに、
思い出されるそのどれもが、笑顔だった。
「……ッ!!!
まだ何も言ってないんですよ!!!
俺の気持ちも!
感謝も!
貴女のおかげで俺だけじゃない!
皆さんも救われたというのに!!!
約束したじゃないですか!!
こんな最期はないでしょう!!
いつもの明るい姫様はどこいったんですか!
もう1回笑ってくださいよ!
もう一度…その優しい笑顔を…」
ボブは抱き締めた。
ただ強く、強く、抱き締める。
どこへぶつければいいかもわからない激情を、叫びを、腕の力に込めた。
「…光姫様………」
「……ゃ。」
空高く位置するその場には自分しかいないはずなのに、かすかに何かが聞こえてくる。
「…?」
「…や、坊や。聞こえる?」
辺りを見渡すが、誰もいない。
「鈍いわね、ここよ。
宝石の中を御覧なさい。」
声に促されるまま七色ノ宝石を覗き込む。
そこには、黄金色の瞳をした光姫…いや、ミズキヒメが映っていた。
「…あ、貴女様は…!!」
ボブの驚く様子にクスクスと笑う。
「ちゃんと覚えてた?偉いわね。
単刀直入に言うわ。
その娘、わたくしが助けてあげる。」
「…は?い、今…なんと?」
ミヅキヒメの言葉に理解が追いつかず、言葉を詰まらせる。
やれやれと言わんばかりに宝石の中に映るその女性は口を開く。
「魔石が消滅したことで、わたくしの魂もやっと解放された。
そのお礼と思ってちょうだい。
白ノ加護は王子に無理矢理戻されたとはいえ、わたくしの身に宿したのが最後。
つまり加護を『次世代の王』へと継承する事がわたくしには出来るわ。
加護の恩恵である長寿が、わたくし達ほど長命は無理だけれど、人並みの時を生かしてくれるはずよ。」
「それは…つまり…
姫様は、助かるということですか!?」
ボブの声に力がこもる。
その様子にミヅキヒメは穏やかな笑顔を浮かべた。
「ええ、そうよ。
…そのかわり、わたくしとも約束なさい。
その『言葉』、
必ず伝えるのよ。
もう迷いはないのでしょう?」
伝えられていない想いを差し示すように、ボブの胸を指さす。
「分かりました。
約束いたします。
必ず姫様に、俺の想いを伝えます。
迷いなどありません。」
ミヅキヒメの姿が宝石の中で溶け出し、薄くなっていく。
ボブの頬には、いつの間にか涙が流れていた。
「王子の魂もわたくしが一緒に連れて逝くわ。
やっと夫の元へといける。
その娘に伝えておいて。
ありがとう、と。」
「ミヅキヒメ様…感謝してもしきれません。
貴女のおかげで俺は、自分の想いに気づくことが出来た。
…こんな所で言うのも違うかもしれませんが…
どうか…お幸せに。」
消えていく残像に泣きながらも精一杯の笑顔を作る。
ミヅキヒメの気配が無くなると、静かに浮いていた五つの加護の内、純白に輝く加護がゆっくりと近づいてきた。
そのまま光姫の身体の中へと光の波紋を出しながら溶け込んでいく。
ボブからこぼれ落ちた滴が、光姫の頬にあたる。
すると、瞼がピクリと動いたかと思うと、ゆっくりと目が開かれていく。
水色の瞳がボブを見つけると、優しい声が聞こえてきた。
「………。
……ボブさん………?」
「光姫様!!!
お気づきになられましたか!
お身体は!?大丈夫ですか!?」
「…やだ…
せっかく…顔が見れたのに…
貴方……。
泣いてるじゃない…ふふっ…」
宝石の光に照らされた彼の顔は、初めて見る泣き顔だった。
「…そういう姫様だって…涙が出てるじゃないですか…」
ボブに言われて初めて自分自身も涙が溢れ出ている事に気が付く。
その涙は、今までに流したどの涙よりも心地よかった。
伸ばした手でボブの頬に触れる。
「………あら、
どうりで…
ボブさんの顔がぼやけて見える訳ですね…?
ねえ?もっとよく見せてください。
笑顔が見たいわ。」
「…失礼します。」
ボブは大きな手で優しく光姫の頬を伝う涙を拭い、そのまま顔を近づけた。
「これで見えますか?」
「相変わらずね…。
同じ事を私の大切な隊士にしたら、許さないんだから。
さあ、一緒に皆の元へ帰りましょう?」
「…しませんよ、俺をなんだと思ってるんですか。
はい、行きましょうか!」
七色ノ宝石に反射する2人の顔は、笑顔だった。
~~~
「ボブやろー!!!!
光姫ーー!!!!
生きてっかーーー!!!!」
足元から叫び声が聞こえる。
「ていなんさんの声が聞こえますよ。
早く降りないと植物燃やされるんじゃない?」
クスクスと笑う光姫にボブも自然と笑みがこぼれる。
「それは困りますね、急ぎましょう。」
ボブは植物を収縮させながら降下すると、光姫を抱いたまま地面へと降り立った。
まっ先に駆け寄ってきたのはまりーとていなんだった。
「姫様ああああああああ!!!!!」
まりーは大粒の涙を零しながら光姫の手を握る。
「まりーさん…ただいま。
顔が酷い事になってますよ。」
「だ、誰のせいですか…誰の…!!
大好きな…大好きな姫様がこんなボロボロになって、
泣かない私じゃないって、知ってるでしょう…!?
…ご無事で、何よりです。。
本当に…よかっ…」
嗚咽を洩らしながらさらに泣きだしてしまう。
光姫は困り気味に笑うと、自身の手を握るまりーの掌を開き、水色の抑圧珠をひとつ乗せた。
「もう…これではまだまだ独り立ちは無理そうですね?
これからも私の従者としてお仕事お願いできますか?」
「…もちろんです…!
いつまでも御側にいます…!」
まりーがさらに泣きだす後ろから、ていなんがボブの横っ腹へ拳を打ち込む。
「やったのか、ボブ!!!!
…心配かけさせやがって、このクソ野郎!!!」
「ぐはっ!!
待ってください!?
今姫様抱き上げてるから避けられません!!!」
夜蝶も珍しく悪態をつくことなく笑顔だった。
「ボブ!姫様!良かった…」
「ありがとな、ねつz…夜蝶。」
「ひっどー!今捏造って言おうとしたでしょー!
シバくよ!?」
「シバくならあとにしろ…もう時間はたっぷり残されている。」
「そうだね…
ボブ、お疲れ様!」
次々と隊士達が2人の元へと寄ってくる。
泣いてる者、喜ぶ者、国を越えた関係がそこにあった。
押し寄せる人の波に、ボブが光姫を抱き寄せる。
「姫様、ちょっと皆さんが近いです…少しこちらに。」
「………。」
普段ならば、ここで光姫が吹っ飛ばすのが定石なのだが、彼女は静かにボブの側にいた。
そこにも国を越えた関係がまたひとつ生まれようとしていた。
「さあ皆さん、帰りましょう。」
長い夜が明け、大陸へ眩い朝日が差し込んでいた。
………最終話へつづく。
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