§幻想舞踏会§ 第三十七話~青い薔薇と約束~
§幻想舞踏会§
§幻想舞踏会§ 第三十七話~青い薔薇と約束~
- 128
- 10
- 0
§幻想舞踏会§
第三十七話~青い薔薇と約束~
広大な広場をボブは走っていた。
何度も見送った後ろ姿を、何度もからかわれたあの悪戯な笑顔を、
何度も目にした、信念を持った姿を、
光姫を必死に探していた。
「姫様は一体どこに…昨日のダメージも残っているはずなのに…。」
昨日のミヅキヒメの言葉が悪寒と共に脳裏をよぎる。
―…この身体
あと1か月もたないわよ。
「…チッ!!」
最悪の想定をかき消すように舌打ちをしながら、島の端へとたどり着く。
そのまま周囲を見渡すと、数メートル先の島の隅で探し求めていた後ろ姿があった。
「あれは…!」
光姫は見えない壁に手を当て、睨みつけるように大陸を見下ろしていた。
「…侵食が止まらない…。
速度は遅いけど…。
まだ大丈夫…
手遅れになる前に…」
「姫様!!!」
「!?」
ボブが荒い息を整えながら駆け寄る。
大陸にのみ感知を集中させていた光姫は突然現れたボブに驚きを隠せなかった。
「昨日のダメージもあるでしょうに…お出かけとは!
まりーさんも心配しておられましたよ。帰りましょう!」
「………ボブさん。
何の御用ですか?
私の心配は無用です。
あの程度何ともありません。
私の事は放っておきなさい。」
興味がないと言わんばかりに視線を大陸へと戻してしまう。
ボブはめげなかった。
「放っておけるわけないじゃないですか!
今も呪いが進行しているのでしょう?
さぁ、拠点に帰りましょう?」
光姫へと手を差し出す。
差し出された手を見て、光姫は何かを言いかけ…
そして、口をつぐんだ。
「…貴方には関係ありません…!
1人で帰れます…!」
「ちょっと姫様!?」
光姫はボブがいる方角とは反対へと歩き出そうとする。
しかし呪いにより衰弱した身体が言う事を聞かない。
真っ直ぐ歩こうとするだけで、ふらついてしまう。
その拍子に、光姫の頭部についていた青い薔薇のコサージュが一輪、地面へと落ちた。
コサージュが取れたことにも気が付かずに光姫は歩いて行く。
そんな青く咲き誇る薔薇にボブは気が付き、拾い上げた。
「…ん、これは…」
それは本物の青い薔薇をブリザードフラワーに加工したコサージュとなっていた。
次の瞬間、
ボブは突然の感情の波に飲み込まれた。
「………!?」
青い薔薇から、強い想いが流れ込んできたのだった。
青い薔薇を見ているはずなのに、脳内には自分ではない誰かの視点での視界が流れ込む。
あまりの思念の強さと、突然の出来事に、ボブは只飲み込まれていった。
~~~
歪んだ視界に映るのは、誰かの墓だった。
「…お母様…」
自分の中から声がする。
墓前につく自分ではない小さな手が、降りそそぐ滴によって濡れていた。
。。。
次に移ったのは、鏡に映った少女だった。
広い室内で鏡を見つめながら抑圧珠と共に青い薔薇を髪飾りとしてつける。
「……奇跡なんて…起こらないのかな…」
鏡に映る少女の頬は濡れていた。
。。。
真夜中の部屋でランプが沢山の本を照らす。
一般人が立ち入る事のできない重要文化財である書物が保管されている部屋で、必死に何かを調べていた。
机の端にあるノートには走り書きで様々な単語が書かれている。
その単語の中には、「悪ノ王」という言葉がいくつも書かれていた。
。。。
満月が照らす夜、1人祭壇で佇んでいた。
右手には長い年月で茶色く劣化した紙。
そこには悪ノ王の封印が一定の周期で弱まる事が書かれていた。
そして、次の周期はまさに「今」であった。
「私は…神にすら見放された存在だったのね…」
蔑むような声が、1人きりの祭壇に響く。
もう涙は出てくることが無かった。
「このまま…国の繁栄の為だけに用意された婚約者と結婚しても…
結局最後には…私は身を捧げなければいけない…ということですか…。
…は…ははっ…」
。。。
「まだ可能性はあるのかな…加護さえ…加護さえ見つければ…」
様々な歴史書を読み漁る。
しかし、いくら調べても何も情報は出てこない。
年月だけが虚しく過ぎて行った。
。。。
今夜も歌を捧げる。
満月の光に照らされながら、誰に知られることもなく、歌を歌い続けた。
ずっとずっと、歌を奏で続けた。
誰にも聴かれる事のない歌を、歌い続けた。
歌わなければいけないのに、声が途切れてしまう…
静まり返る祭壇。
誰にも声が届くことのない空間。
ここなら…声に出してもいいだろうか…
光姫じゃなくてもいいだろうか…
…今だけなら…お母様も許してくれるだろうか……
「 ……誰か、助けて… 」
~~~
脳が激しく揺さぶられるような波が落ち着いて行く。
ボブは突然の思念を、理解するより先に…声を絞り出した。
「姫…様……。」
「…?」
光姫は静かに振り返る。
ボブの手の中にある青い薔薇が、自分の物だと気づくには時間はかからなかった。
ボブは言葉を続ける。
「…俺は植物と話せるんです。
正確に言えば、植物と、そこに込められた思いを読み取るんです…。
………申し訳ございません。
見るつもりはありませんでした。
姫様…、一体いつから頑張ってたんですか。」
「……何の事…?」
「イメージが…入ってくるんですよ…。
姫様がこのコサージュをつけた時の涙も、絶望も…。
1人で調査し、今が悪ノ王の封印が弱まる周期であることが分かったのも…
自分が身を捧げなければならないことを受け入れる姿も…
そして…
1人儀式を終えた後に……
呟いた言葉も………。
………。
姫様は、いつから自分の心を殺してきたんですか…!
姫様の心は…いつから、助けて欲しいと叫んでいたのですか…!!」
ボブの語る内容に心臓が跳ね上がる。
「なっ…?!
…かっ、返してください!!!」
とっさに動こうにも身体が言うことを聞かない。
「…伝わってくるんです…。
背負うしかない運命への悲しみが…絶望が…
貴女の冠名の下に隠れた…
[本当の叫び]が……。」
「嘘よ!!!
私は悲しんでなんていない!
私は私に…私の名に誇りを持っている!
お母様に恥じぬよう…!!
デタラメを言わないで…!!
それを…それを返して!!」
うつ向きながら光姫は叫ぶ。
握りしめられた拳は白く滲んでいた。
本来なら駆け寄って奪い返す位の剣幕である。
しかし、それをしてこない。
いや、出来ないのだ。
ボブはそれが何を意味するのか痛いほど解っていた。
ゆっくりと光姫のもとへと歩み寄る。
「…姫様、失礼します。」
ボブは、コサージュを元の位置へとつけ直した。
そしてそのまま真っ直ぐと光姫を見つめる。
「俺はもう迷っていません。
守るべき人と、信念を見つけたからです。
光姫様…俺は必ず貴女を助けます。
だから、大陸へ戻ったら、一度だけ…
一度だけでいい。
この島で初めて会った時のように、貴女と2人で話がしたいです。」
「………。」
光姫はゆっくりと顔を上げる。
自分を見つめるその瞳は、本気だった。
(………馬鹿な子。)
「…安心してください。
貴方達は、私が必ず大陸へ帰します。
…。
…だけど、そこに私はいません…。」
自分自身を嘲笑うかのように微笑む。
しかしボブは引かない。
「いいえ、貴女はいます。
必ずです。
俺が…俺達が、絶対に姫様を大陸へ連れて帰ります。
お願いします。
全てが終わってからでいいんです。
俺に…時間をください。」
(…迷いの無い目。
……もう私が消えることは決まっているというのに、何を根拠に言ってるのかしら。
…約束なんてしても、絶対に叶うはずが無いのに…)
光姫は小さくため息をひとつついた。
「…いいですよ。
そのかわり?私はこれでも姫ですからね?
私が満足するような手土産の一つでも用意してくださいよ?」
いつぶりだろうか、悪戯な笑顔がボブへと向けられた。
「…!
ええ、もちろんです。
姫様のお気に召すような物を必ず持っていきます。」
「ふぅん?
期待しないでおきますねw」
2人の間に久しく無かったあたたかい空気が流れた。
~~~
「…では私はこれで。
まりーさんが心配してるだろうから、帰ります。」
光姫は踵を返す。
「大丈夫ですか?せめて入り口までお送りを…」
「大丈夫です!」
(…これ以上、この子の前で醜態を晒したくない。)
光姫は息を大きく吸い込むと、声を張り上げた。
「まりーさん!!」
すると、すぐにまりーが風の如く現れた。
「姫様!!こちらにいらっしゃったのですか?!
お身体は?!
大丈夫ですか?!
心配したんですよ?!」
「ごめんなさい、ちょっと下の様子を見てたの。
拠点まで連れ帰って頂けませんか?」
光姫は両手をまりーへと広げる。
「下の様子を…そうでしたか。
後程聞かせてくださいね?
では失礼して…」
軽々と光姫を横抱きにする。
まりーはボブをじっと見つめ、会釈をした。
「さっきはごめんなさい。
取り乱しすぎた…。
姫様を見つけてくれてありがとうボブ…。」
まりーは光姫への負担のないようゆっくりと拠点へ歩き出した。
光姫はまりーの腕の中から最後に一度だけボブを見る。
彼はこちらへと頭を下げたままだった。
(守れない約束なんてしてごめんね。…最後に、未来という夢を見せてくれてありがとう…)
「まりーさん、帰ったら少し寝たいです。
寝所の用意をお願い。」
そう言い残し、光姫は腕の中で静かに眠りへと落ちていった。
まりーは自己干渉術により淡く光り出す主君を見つめる。
(姫様のお身体…こんなにも軽かったっけ…)
目から溢れそうになる涙を堪えるように、空を見上げる。
「…呪いよ…。
…どうか、このまま…
姫様の時間、これ以上、奪わないで……。」
………つづく
コメント
まだコメントがありません