nana

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🖼第1話「キアロスクーロに招かれて」後編 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙──────  炎の絵画のおかげで、僕は無事扉まで辿りつくことができた。ドアノブに手をかけながら振り返れば、廊下の奥で随分小さくなった彼が手を振ってくれていた。僕も小さく振り返すと、そのまま扉の向こうへ歩みを進めた。  すると唐突に、先程別れたはずの頭の無い天使──ダミー・アンジュと、ハーバリウムのトリリウム、そして彼らに囲まれグロッキーになっている兄さんが姿を現した。兄さんは、僕に気がつくや否や怒りと疲れが混ざりあったような表情で口を開く。 「どこに行ってたんだよ、水月……!」 「ご、ごめん。急に道が変わっちゃって」 「はっはーん、さては道がシャッフルすること知らなかったな? これだから新人は~! オレと一緒にいれば抜け道を教えてあげたのにな~!」  僕らの会話を聞いて、ことの次第を察したらしいアンジュが、腰に手を当てて得意げに胸を反らせた。そこでようやく彼のちょっかいから開放された兄さんは、態とらしく大きな音を立てて床に座り込み、ゴミを見るような視線を送っている。 「誰が君みたいな非常識な物体と行動を共にしたがるんだよ。死んでも嫌だね」 「ギャハハッ! お前もう死んでんじゃ~ん!」 「だ、黙れ!」  正論で笑われ、返す言葉もないようだ。兄さんはまた鋭い舌打ちを繰り出すと、アンジュに掴みかかろうと躍起になっている。だが、アンジュとて簡単に捕まる気はないらしい。重たいはずの彫刻の体をひょいっと器用に動かしながら、まるでダンスを踊るかのように兄さんの攻撃を避けていた。 「ふふ、あの二人、意外と気が合いそうねぇ?」  不意に下方から伸びやかな声が響いてきた。見れば、大人しくゆらゆらと揺れているトリリウムが居た。トリリウムは僕の視線に気がつくと、コトッとコミカルな音を立てて止まる。 「ねぇ、あなた。どうやってここまで戻って来れたの? 運だとしたら最高にラッキーボーイね!」 「だったら良かったんですが。普通に迷ってしまいました。炎の頭をした優しい絵画に案内してもらって、ここまで来れたんです」 「まぁまぁ! それはきっとランタン卿ね! お隣にキンキンうるさいエメラルドがいたでしょう?」 「あはは……いましたね」  僕とトリリウムの脳裏には、きっと同じ光景が広がっていることだろう。あの騒々しさを共有できたと分かった途端、トリリウムはその場でクルクル回りながら喋り始めた。 「フレイム=ランタン卿は、人は良いのだけど女性の好みだけが残念なのよねぇ。嘆きの女神……あのエメラルドさんね? 彼女、普段はとても素敵な淑女なのだけど、ひとたび気に入らないことがあると物凄い剣幕で怒鳴り散らすの。もうね、あたしが割れちゃいそうなくらい煩くって! まあプラスチックだから割れないんだけれどね? 例え話よ。そうそうそれで、とりわけ危険なのは宝石の話題や色の話題なのよ。でもほら、あたしたちって美術品でしょう? 色の話をタブーにされちゃあねえ、面白みがないってもので……」  以下、五分以上に渡りトリリウムの話は続いた。脱線に脱線を重ね、途中からはもう、ランタン卿も女神も関係なくなってしまったけれど、クルクルと楽しそうに話す彼女を止めるタイミングは見つかりそうもなかった。女神のことを煩いと揶揄していた彼女だが、どうしても、あなたも大概ですよと思ってしまう。口に出しては言えないけれど。  まさか、このマシンガントークに付き合わされたまま朝を迎えることになるのだろうか? 既に疲弊した耳でぐったりと諦めかけた、その時だった。  ──ぺたり。  不意に、廊下の奥から粘着性のある音が響いてきた。音はこの場にいた全員に聞こえていたらしく、今にも取っ組み合いの喧嘩に発展しそうだった兄さんとアンジュはすんでのところで動きを止め、トリリウムもピタリと黙った。四人……二人と二つで顔を見合せ静まり返っていると、再び音が鳴った。 ──ぺたり。ぺたり。  一定のリズムで、床を飛び跳ねるように。少しずつ音が大きくなっていく。粘着性の強い何かは、確実にこちらに迫ってきていた。 「お、おい、なんだよコレ。ももももしかしてお化け!?」 「は、はぁ? そんなものいるわけないだろ!?」  頭の無い不気味な彫刻アンジュと、死んだばかりの魂であるはずの兄さんが、自分のことは棚にあげてビクビクと手を取りあっている。だが、僕にはこの状況に突っ込みを入れる勇気も余裕も無かった。何故なら、僕も震えが止まらないからだ。  唯一動じなかったトリリウムを抱えて顔を隠していると、トリリウムが可笑しそうにカタカタと揺れだした。 「ちょっとぉ、皆男の子でしょう? 怖がりなんて格好悪いわよ! それにこの音……アンジュは聞いたことあるんじゃない?」 「へ? ……あ、あいつか!」  何かを思い出したかのように、縮こまっていたアンジュの背がピンと伸びた。それと同時に、暗がりの中から音の正体が姿を現す。そこに居たのは……。 「何これ」  そこに居たのは……何だろう。何だコレ。スライム? 餅? 動く餅? カビの生えた鏡餅みたいな物体が、シルクハットを被って飛び跳ねていた。よくよく見ると、中央にビーズのような真ん丸の目が光っている。 「きゅい?」  喋った。可愛い声だった。歩けるようになったばかりの赤ちゃんが履いている、音の出る靴みたいな。無害な音声だ。  謎生物を前に固まって動けない僕らを他所に、トリリウムとアンジュは嬉しそうな雰囲気で物体に寄っていく。 「やっぱりイッシュちゃんね! 久しぶりだわ!」 「可愛いライスケーキめ! どうしたんだよ急に~! お前、館長のとこで十年くらい眠ってただろ~?」 「きゅい、きゅい!」  物体は、トリリウムたちの言葉に返事をしたあと、ぴょんっと大きく飛んで僕らの足元に着地した。 「もっちゅもちゅ! きゅい!」 「まあ! 新人ちゃんが来たから起きてきたのね! なんていい子なんでしょう! 二人とも、この子はスクイッシーちゃんよ。粘土で出来た美術品の赤ちゃんなの。仲良くしてあげてね」 「きゅい!」  物体の一部がにゅうっと伸びて、ちいさな手のような形を象った。何と言っているのかは分からなかったけれど、歓迎の挨拶をしてくれたように聞こえた。  兄さんは顔を顰めて「カビた餅じゃないか」と後ずさったけれど、僕はどうしても、その手を取らずにはいられなかった。  そっとしゃがみ込み、差し出された手のレプリカを握ってみる。想像していたよりもしっとりと、柔らかかった。紙粘土のような感触だ。 「よろしくお願いします。ええと……僕はパブロ。パブロと呼んでください」 「きゅい!」  そしてその時、僕は初めて自分の新しい名を口にすることが出来たのだった。 ⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆  初回だから大サービス!そんな風に告げて、トリリウムたちは朝が来る直前に自ら元の場所へと戻ってくれた。スクイッシーだけは、館長のペットのような存在らしく、どこにいてもお咎めなしだそうで、僕らの足元できゅいきゅいと謎ダンスを披露している。 「館長さんが来るまで、ロビーで待っていればいいのかな?」 「うん。戻ってくるように言われていたからね。仮に間違っていたとしても、僕らは指示された通りのことをやり終えたんだから問題ないさ。きちんと説明しなかった向こうに非がある」  相変わらず刺々しい口調で言い放つ兄さんを軽く宥めてから、僕は改めてロビーを見渡した。深い海の底のような、落ち着いた青色を基調とした館内は、地獄とは思えないほどに洗練されて見える。  ぐるりと一周眺めたところで、僕は、僕らの背後に一枚の絵画が飾られていることに気がついた。それは、銀色に光る額縁に閉じ込められた、油彩の海だった。 「あ……」  目が離せなくなった。ありふれたモチーフなのに、波うつ絵の具の重なり、煌めき、流れに、僕の心は一瞬で攫われてしまった。 「きゅっ? きゅいきゅいきゅい!」  靄がかった頭に幼い声が響く。我に返って足元を見ると、スクイッシーが僕のすぐ側まで来ていた。 「あぁっ、ごめんなさい。少し見ていただけなんです。大丈夫です。すぐに仕事に戻ります」  慌てて返事をして踵を返す。と、また海が僕を呼んだ。戻らないといけないのに、額縁の前から足が動かない。 「綺麗だなぁ。僕もいつか、こんな風に……」  ぽつりと呟く僕の傍で、スクイッシーもその絵を見上げていた。 「きゅー?」  彼のつぶらな瞳には、この海原は一体どんな風に映っていたのだろうか。 ⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆  結局、あの後館長は現れなかった。兄さんと二人で館長の自室へと向かってみると、そこはもぬけの殻で、机の上に置き手紙と山盛りのサンドイッチが置かれていた。中身は全てピーナッツバター。 『すまないが急用ができた。私は夜まで留守にする。それまで好きなように過ごすと良い。机の上にあるのは朝食だ。貴様らが食すかどうかは個々の判断に任せるが、スクイッシーには必ずやってくれ。』  手紙の内容を読み終えた兄さんは、三度目になる特大の溜息をつき、不機嫌そうに窓のそばの長椅子に寝転んだ。 「勝手すぎる。作品といい館長といい、ここの奴らに常識ってもんは無いのか? 水月、悪いが僕は寝る。頭が痛い」 「う、うん。分かった。お大事にね」  兄さんからの返事は無い。すっかり参ってしまっているようだった。気持ちは分かる。死んだかと思えばいきなりこんな奇妙な美術館に連れてこられ、夜通し見回りしろと命じられたのだ。むしろ、僕自身がそこまで疲弊していないことの方が驚きだった。新しい環境に身を置いた時、先に根を上げるのはいつだって僕の方だったのに。 「何でだろうなぁ。確かに大変だったし、今だって分からないことだらけだけど、ちょっとだけ、楽しいって思っちゃった」 「きゅーきゅー」  くい、と靴下を引っ張られる。スクイッシーが、机の上のサンドイッチと僕を交互に見ていた。合点がいった僕は、急いで皿を持ち上げると、スクイッシーの前に置いた。 「ごめんなさい。お腹空きましたよね。さあ、どうぞ」 「きゅ! ……もっちゅもっちゅ」  スクイッシーは一度こちらを見て微笑んだあと、一心不乱にサンドイッチを食べ始めた。いや、食べると言うより、吸収? すごい勢いで消えていく。あまりに良い食べっぷりに、僕は思わず顔を綻ばせた。  ひとつだけ拝借したサンドイッチを齧りながら、僕は館長の部屋を出てロビーに戻る。好きにして良いと言われて最初に思い浮かんだのは、先程見たあの海の絵画のことだった。ロビーの真ん中で揺蕩うそれに、どうして心惹かれたのか分からない。もう一度見れば分かるだろうか。ぼんやりと考えながら歩いていると、角を曲がった先で見覚えのある丸鏡に出くわした。 「やぁ、また会ったね! 無事一夜を明かせたようで何より! さて、今日は何を持ってきてくれたの?」 「ミロワール、さん」  鏡の中から顔を覗かせたミロワールは、昨日と変わらぬオーバーリアクションで、僕の手の中にあるサンドイッチをロックオンした。 「わあ、嬉しい! ちょーどピーナッツバターが食べたいと思っていたんだよ。これは目が回るほどのお砂糖を使うのが難点だけれど、多ければ多いほど美味しいんだから仕方ないよ」  にこにこと笑いペラペラと喋るミロワール。本当に甘いものが好きなんだな。僕は、一口齧ってしまったことに僅かな申し訳なさを乗せつつ、手に持った一切れを差し出した。 「あぁ、食べかけでも良かったら、どうぞ」 「やったぁ! 美味しいものなら残り物だろうと気にしないよ。それじゃあまた、きみに良いことを教えてあげよう」  ミロワールは一口でサンドイッチを平らげると、鏡から身を乗り出して僕と目を合わせた。 「きみは近々、夢を見つけるよ。うんと大きくて壮大な夢をね。でも、その夢を叶えるには、とびきりの代償を払わなくちゃいけない。追うも諦めるも、きみ次第だよ」  飴玉のような双眸が、電光の照明に反射して怪しげに揺れた。 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── Ra Ra Ra おやすみ踊ろうさぁ ふらりStarry手を叩き腰を振れ un deux trois Hide and Seekのようさ あいつにまた邪魔される前に 欲しいと星と星を結んで廻せ ランタンに太陽の鼾つめて 生欠伸ベソかく陽気な筆 ポラリス今夜も光貸して Planet colorで夢見せて 「何描いてるの?」ってもっと聞いて もっともっと聞いて思い出しそうで 「何描いてるの?」ってもっと聞いて もっともっと聞いて思い出せないね 海月のカサで戯けて 舌を出してアメを乞う 月の見えない夜 千切った雲に横たわる ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 〖CAST〗 🌑レンブラント(cv:柊木アカネ*) https://nana-music.com/users/7275860 ─────˙˚ 𓆩 ✞ 𓆪 ˚˙────── 🖼PLAYLIST https://nana-music.com/playlists/4280930 #HEL_L_ETTER #HandS_END #エランダール #菩化鳥

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