💐咲かせや咲かせ
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桃は花姉妹の中でも、とりわけ人との関わりを好む子だった。しょっちゅう人の姿に化けては、その時代に沿った少女に成りすまして人間の中に溶け込んでいく。ある時は姫君に、またある時は百姓の娘に、飽きればコロコロと姿を変え、人間とのひとときを気ままに楽しんでいた。
これは、世がまだ戦国時代と呼ばれていた頃の話。
「桃? 桃はどこじゃ? 桃はおらぬか?」
紅色の艶やかな着物の少女が、庭に面した板の間を通り過ぎる。血色の良いつるりとした頬は膨らみ、夕焼けのような色の瞳は不満げに細くなっていく。
「全く見つからぬではないか。少しは手加減してほしいものじゃ」
ぷんぷんと音が出そうな口振りで愚痴る彼女の後ろ側、庭の低木の影に隠れていた桃は、笑いを堪えたまま勢いよく立ち上がった。
「こちらですよー! さや姫!」
「なんと! 桃はまことに、身を隠すのが上手いのぉ」
「ふふふ、またわたしの勝ちですねえ」
「ぬぅ、悔しいの」
さや姫と呼ばれた少女は、着物の袖で口元を隠しながらそっぽを向いた。へそを曲げた時によく見せる癖だ。
(からかうのはここまでにしておいた方が良さそうだなぁ)
桃は彼女の表情を伺い、宥めるように着物の袂から紙包みを取り出した。
「ごめんなさい、さや姫。これで機嫌を治して」
「おお、花餅! わらわはこれが大好物じゃ!」
薄桃の餅菓子を見た途端、さや姫はころりと表情を変えて包みを受け取った。一国の姫としてお転婆すぎるのではないかと思うことも多々あるが、桃は彼女の天真爛漫な部分が大好きだった。
桃がさや姫の侍女として仕え始めてから今年で早三年。初めは数ヶ月だけ忍び込んで終わりにしようと思っていたが、彼女との日々が存外楽しくて、随分と長い間居座ってしまった。
「でも、さや姫とこうして過ごすことが出来るのも、あと僅かですね」
「うむ。そう……じゃな」
餅菓子を飲み込んで、さや姫は寂しそうに下を向く。十四を迎えたばかりの彼女は、来月の末に隣国の若殿様の元へ嫁ぐことになっていた。楽しい日々も、もうすぐ終わりを告げる。
「さや姫、そんなに悲しい顔をなさらないで。毎日、手紙を書きますから」
「まことか? 毎日じゃぞ? 約束じゃぞ?」
「はい、約束です」
縋るように差し出された手を、桃はそっと握る。離れていたって繋がる手段はある。二度と会えなくなるわけでは無いのだから、きっと大丈夫。そんな思いを胸に込め、桃はしっかりと頷いた。
心の底から、また会えると思っていた。けれど二人の別れは、思いもよらぬほど唐突に訪れた。
さや姫が嫁ぐ日まであと一週間。最後のその時まで、いつも通りに接してほしいという彼女の願いから、桃は今日もさや姫とのかくれんぼに興じていた。
「桃はおらぬか?」
遠くから、自分を呼ぶ声が聞こえてくる。またさや姫の負けだ。桃は可笑しくなって、隠れていた着物の裏側からぴょこんと飛び出した。
「残念! 今日はこちらでしたー!」
「桃? どこにおるのだ? 声を出してくれぬか」
一瞬の出来事だった。桃の身体を、若草色の着物を纏ったさや姫がすり抜ける。何事も無かったかのように、さや姫は桃を呼び続けている。
「え……?」
「やはり桃には適わぬ。降参じゃ。出てまいれ」
「さや姫、桃はここです。桃はここに……」
「む、さてはまた庭におるのかもしれん。行ってみよう」
くるりと振り返ったさや姫が、もう一度桃と重なって過ぎていく。その時にはもう、桃は全てを理解した。
さや姫はもう、桃の姿を見ることが出来なくなったのだ。
昔、姉たちから聞いたことがあった。精霊は人に姿を見せることが出来るが、その力は永遠ではない。元から精霊を見ることが出来る人間でもない限り、数年も経てば波長は合わなくなり、人に認知されなくなることもあるのだと。
さや姫と遊ぶ日々はあまりにも楽しくて夢中だった。わたしも人間になれたような気がして、そんなこと、すっかり忘れてしまっていた。
「そうか。わたしはもう……」
庭の方角からは、未だにさや姫の声が響いてくる。桃は、ふらふらと日の下に歩いていくと、さや姫の背にそっと寄り添った。
「桃? 降参だと言っておるではないか。早う出てまいれ」
「桃はここです、さや姫」
「わらわが我がままを言うから、怒ってしもうたのか? 桃、桃?」
「ここにいますよ……いるのに……」
「……わらわが嫌いになったのか?」
「そんなことない! そんなこと……」
嫌いだなんてただの一度も思ったことがない。大好きだ。誰よりも、何よりも。あなたと、あなたと過ごす毎日が。
けれど、どれだけ叫ぼうとも、この声はもう届かない。さや姫の瞳に、桃は映らない。
夕べの紅の中、か細い二つの泣き声はいつまでも止まなかった。
さや姫のお気に入りであった、桃という名の侍女が夜逃げをした。出自も分からぬ娘だったから、きっと並々ならぬ事情があったのだろう。周囲の人々は、嘆く姫をそう言って励ました。けれども姫は浮かない顔のまま、最後まで後ろ髪を引かれる思いで、生まれ育った城をあとにしたのだった。
非常な別れからあっという間に数十年が経った。桃にとってみれば一瞬だが、人間にとっては一生分の時間。彼女のことはもう忘れてしまおうと思っていたが、街で偶然花餅を目にしてから、どうしてもあの日々が恋しくなってしまった。
もしかしたら、また姿が見えるようになっているかもしれない。そんな蜘蛛の糸ほどの希望を握りしめ、桃はさや姫が嫁いで行った城に出向いた。門の前まで来たところで、さてどうしたものかと首を捻っていると、不意に女性の声が桃を呼んだ。桃の、名前を。
「そこの者。其方はもしや、桃と申す者か?」
「さや姫……!?」
聞きなれた口調。その声にも面影はあった。けれど、振り返ったその先に居たのは、彼女とはよく似ているけれども全く別の人物だった。
「あなたは……」
「ああ、白き髪と薄紅の瞳。やはり桃と申す者か」
女性は感嘆の息を漏らすと、傍に付き従っていた従者たちを遠ざけさせ、桃の傍へと歩み寄った。
「……わらわはとき。とき姫である。さや姫の、孫にあたる者じゃ」
「……!」
洗練された所作で深く礼をしたあと、とき姫という女性は呆気に取られる桃に微笑みかけた。
「おばあ様の言う通りになったわね。あの時の姿のまま、来てくれた」
通された広間で、桃はとき姫から一通の手紙を受け取った。そこには、丁寧な文字で、桃への思いが綴られていた。
『桃。さや姫はとても怒っています。わらわを置いて逃げるとはどういうことじゃ。
けれど、貴女にも事情があったのだろうということは分かっています。隠し通せていると思っていたのでしょうけれど、わらわにはお見通し。貴女はきっと、きっと人ではないのですね。
かくれんぼの時、ふっと気配がなくなったり、まるで空を飛んでいるかのように軽やかな身のこなしをしてみせたり。違和感は幾つも見えておったぞ。 でも、そうと伝えたら貴女が消えてしまうような気がして、言うことは叶いませんでした。
桃。もしもう一度わらわに会いに来てくれるのならば、この文を読んでくれるのならば、ひとつ願いがあります。どうか、わらわのことを忘れないで。春が来たらすぐに思い出すような唯一として、貴女の心の傍に置いていて欲しいのです。叶えてくれるか、最愛の友よ』
文語と口語が混ざり合う、無邪気な手紙を読み終わる頃には、古びた和紙には幾つもの染みができていた。
「ふふ、目敏い人だ。わたしの負けですねぇ、さや姫」
まさか、正体を見抜かれていたとは思ってもみなかった。もっと早くに伝えていたら、結末は違っただろうか。一瞬そんな考えが脳裏を掠めたが、それは不可能だと直ぐに首を振る。あの時の桃も、さや姫と同じだった。正体を告げればさや姫が居なくなってしまうような気がして、言えなかったのだ。
「今度はわたしが探す番ですね」
潰えた命が巡り巡った先、いつかまた何処かで。次のかくれんぼは、まだまだ終えられそうになかった。
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🍵今となれば名残雪
🔑虫は歩く いよいよと
🌺限りあるものが謡う
🦄眠り冬を超えて
❤️🌸待ち遠しや梅 桜 ハナミズキ
🪁🌻燻れば蝶に蜜蜂が舞う
💍🏹清浄明潔はよ来いひんかな
🍑🏵今はただ陽光に
🍑誰が夢を描く
🌺🍑🌸さあさ もっと
💐踊れや踊れ
晩まで鳴子鳴らせ
🫧🦋🍁🌾花吹雪 咲かせや咲かせ
🩰💗🌱⛄️新しき春の日来たれ
💐さあさ もっと祝えや祝え
晩まで祭りあかせ
🩰💗🌱⛄️皆囲え 咲かせや咲かせ
🫧🦋🍁🌾新しき春の日来れば
🌺🌸心もまた息吹く
🍑咲かせや咲かせ
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❤️梅‐ume‐(CV:日向ひなの)
🌺椿‐tsubaki‐(CV:@あん子)
🍑桃‐momo‐(CV:蓬)
🌸桜‐sakura‐(CV:猫小町たまこ)
💍藤‐fuji‐(CV:おと*°)
🪁紫陽花‐ajisai‐(CV:桐生りな)
🏹百合‐yuri‐(CV:琉伊)
🌻向日葵‐himawari‐(CV:RAKKO)
🏵秋桜‐cosmos‐(CV:唄見つきの)
🔑金木犀‐kinmokusei‐(CV:すずめ)
🍵菊‐kiku‐(CV:はいねこ)
🦄柊‐hiiragi‐(CV:ゆうひ)
🩰蕾‐tsubomi‐(CV:瑠莉)
💗咲‐saki‐(CV:ゆるは)
🫧葵‐aoi‐(CV:翡横)
🦋蘭‐ran‐(CV:海咲)
🍁椛‐momiji‐(CV:月瀬ひるく)
🌾稲‐ine‐(CV:Arisa)
🌱芽‐mei‐ (CV:香流 紫月)
⛄️霙‐mizore‐(CV:白水)
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#謡う季節と花姉妹
#甘味屋花音のおしながき
#咲かせや咲かせ #EGOIST #supercell #UniZ_One #ユニゾン #Kさん #朱奈
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