【読み物】荘園の君へ
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【読み物】荘園の君へ
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荘園の君へ 物語
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ここではないどこか。
世界の狭間。
世界の果て。
どこに存在しているのかわからない、そんな場所に外界から閉ざされた荘園があった。
そこには世界中の植物が集まり、命を紡いでいる。
荘園を管理するのは1人の女性。
“フィー”という名と役割のみ与えられた、悠久を生きる者。
その傍らには、園を彩る生命以外存在しないはずだった。
小さな手が花を摘む。
「みて、フィー!すっごく綺麗なの!」
無垢な瞳はキラキラとした輝きを浮かべながら、私を真っ直ぐに見つめている。
「こら、ユアン。走ったら危ないわよ」
荘園の植物は、世界からその種が無くならない限り蘇る。
ユアンが摘んだ花があった場所には、もうその芽が息吹を伝えている。
植物と私しかいない荘園に、世界の管理者の目に留まらなかった綻びから、ユアンは現れた。
不安に押し潰されながら、父母を呼ぶ彼に対し、どうすればいいのかわからず慌てていたのは、今はもう良い思い出。
「フィー!早くおいでよ!」
荘園の時は流れない。
けれど、ユアンの身長は日々少しずつ伸びてきている。
「もう、仕方ないなぁ」
それが何故なのか、私にはわからなかった。
ユアンと一緒に生活する為に、増えたものがあった。
「フィー、お皿並べたよ」
ユアンの手に合わせた、小さな食器達。
「うん、フィーの料理は今日も美味しい!」
ユアンの為に用意した食材。
ユアンの為に覚えた料理。
足りないものは全て、私を造った方に頼んで創造してもらった。
「今日は僕が作るから、フィーは座って」
ユアンはどんどん大きくなって、私の手から離れていって。
「フィー…ほら、手を」
少しずつ、関係性が変わっていくのを感じていた。
「僕の故郷の近くに、有名な丘があるんだ。そこにはいろんな花が咲き乱れてて…もちろん、ここほどでは無いけど」
時折懐かしむように、遠くを見るように、あなたは語る。
「その丘で大切な人と誓いを交わせば…未来永劫、一緒にいられるんだって」
あなたの瞳に熱が灯り、頬に紅い色が差す。
「…いつか、フィーと一緒に行きたい」
その背は、また少し大きくなった。
あなたが故郷を懐かしむ度、胸の辺りが少し痛むの。
あなたの視線が向けられると、私の心によろこびが溢れるの。
ユアンに秘密で見ていた外界の知識に、それはあったわ。
ああ…私、恋をしているのね?
「フィー」
あなたが私の名前を呼ぶだけで、
「ほら、こっち」
あなたの空色の瞳に私が映るだけで、
「大好きだよ」
あなたに抱き締められるだけで、こんなにも幸せなの。
「もし、私達に子供が出来たら…男の子なら“グラン”、女の子なら“フローラ”がいいわ」
「それってもしかして…“グランの冒険”の?」
「そう、ユアンも知ってるのね」
「…昔…母さんがよく読んでくれたから」
私はあなたと一緒にいられて幸せ…でも。
でも…でもね、ユアン。
時折、花園に涙を隠しにいくあなたは…
この場所で、幸せでいられるのかしら?
ハーデンベルギア…花言葉は、運命的な出会い。
あなたがこの荘園に現れた瞬間、開花した花。
2人の出会いを意味しているものだとずっと思っていたけど。
その運命って、もしかして…
「っっ!!」
荘園が揺れる。
立っていられないほどの揺れ。
「フィーっ!!」
ユアンが私を庇うように抱き締める。
足元に、今はもう使わなくなった小さな食器が転がってくる。
幸いな事に、椅子が倒れたり食器が転がったりしたくらいで済んでほっと胸を撫で下ろした。
「ちょっと外を見てくるね」
そっと離された手に、心細さを感じてしまう。
「大丈夫、すぐ戻るから!」
駆け出していくユアンを見送って、倒れた椅子や食器を戻しながら、思い出してクスリと笑った。
「そういえば、ユアンが来た時もこんな風に揺れたっけ」
不安でいっぱいで、怖くて仕方なくて泣き喚いていた小さなユアン。
小さな食器を拾いながら、随分大きくなったなと思い出に浸ったりしながら。
いくら待っても帰ってこない彼に不安を覚えた。
荘園はいつものように静けさを保っている。
空には星が流れ、夜の装いを纏っていても優しい明るさが花々を照らしている。
「…ユアン?どこにいるの?」
ここはとても不思議な場所。
広くもなく、狭くもなく、私の足でも容易に彼を見つける事ができる。
なのに…
「ユアン!どこなの?ユアン!」
いつもなら聞こえる「ここだよ」が聞こえない。
心が不安でいっぱいになる。
あの時出会った幼いユアンは、こんな気持ちだったんだろうか。
探し回っていると、それを見つけた。
大木のうろ、その中に。
幼いユアンが泣いていた場所に、亀裂が入っていて。
亀裂の向こうに見えた世界では、見知らぬ男女と幼いあなたが…ユアンが抱き合って泣いていたの。
震える手で亀裂を触ると、ただの絵のように、鏡のように、触れる事しか出来ない。
それは、あなたと私の世界の壁のよう。
叩いても、
殴っても、
何をしてもあなたには届かない。
まるで、私が時折見る外界の知識のようで…。
気づいてしまった私は、声をあげて泣いたわ。
泣いて、泣いて、枯れてしまうほどに、
私を造った方が泣き続ける私を哀れに思い、無理矢理眠らせてしまうほどに。
幸せな眠りから覚めた私は、あれは夢だったんだと思う事にした。
いつものように朝を迎え、荘園の花の世話をする。
たまに外界の知識を覗き見て、好きな物語を見るの。
小さな食器も、2人分あった椅子も、全部全部片付けてしまいましょう。
私は、夢を見ていたの。
…幸せすぎる夢を見ていたのよ。
いつものように外界を覗いていると、ある幸せな場面に巡り会えた。
どうやら、赤ちゃんが産まれるみたい。
赤ちゃんの父親かしら?椅子に座った男性が、祈るように必死に手を組んでいるわ。
「世界は違うけれど、私も祈りましょう。どうか、無事に産まれますよう」
しばらく見ていると、産声が上がった。
一気に幸せな雰囲気に包まれる。
「……え?」
産まれたばかりの赤ちゃんを見つめる男性。
頑張った妻を労り、頬にキスを贈るあなたは…。
「…ユアン」
私の頬に涙が伝っていくのがわかる。
綺麗な布で包まれた赤ちゃんを抱いたあなたは、涙を浮かべながら、幸せそうに微笑んでいる。
『…愛しい子…君の名前は…』
あなたは、そこで言い淀んでしまう。
「…憶い出さないで」
『…なんで』
「愛しているわ、ユアン」
『…君の名前が、憶い出せないんだ』
それでいいの…あなたは幸せになるのよ
私以外の…愛する人と。
“男の子ならグラン。女の子なら…”
「…そうだ…可愛い子…君の名前は…フローラだ」
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