この狭い鳥籠の中で
✝️アリエル
この狭い鳥籠の中で
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第3節 この愛は憎しみ
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少女──ヒルデの長い話が終わり、彼女は虚ろな目で笑い始める。
「ははは、ざまあみろ!そうやってあいつを刺し殺してやったんだ。この村を捨てて旅に出るなんて……!きっと外の世界に行ったら帰ってこないくせに!!やっとあたしの、あたしだけのかみさまをみつけたとおもったのに!ばかみたいだ、だまされた、だまされたんだ…………」
ネージュは改めて辺りを見回した。
一面の雪原に見えるが恐らくこの雪の下には一つの集落が埋まっているのだろう。何百年間も魔法で守られていた場所が、魔女の死とともに守護の効力が切れたら……きっと長い年月で積み重なったしわ寄せを一気に被ることになったのだ。
すると、突然ヒルデがネージュにすがりついた。
「魔女様……お願いです!どうかあたしを殺してください!」
「……それは無理です」
「な、何で……?」
「私にはあなたを殺す理由がないし……それにあなたには強い魔法がかかっています。死を遠ざける魔法です」
その言葉を聞いてヒルデは目を見開く。そしてその場に崩れ落ちた。
「死ねない魔法?あは、あはは……最高にクソったれな魔法だ……魔女を殺したら呪われるっていうのは本当だったんだな……」
虚ろな目でそう呟いたヒルデは、最後の糸がプツリと切れたようにその場で気を失った。
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次に意識が浮上した時、ヒルデは古いが清潔なベッドの上にいた。微かに薬草の香りがする。
「ここは……?」
「ここは貴方が気を失ったところから一番近い村の診療所です」
その声に驚いて振り返るとそこにはネージュが座っていた。そこでヒルデはネージュがここまで自分を運んだと悟った。
「余計なことを……」
「余計なこと?」
「そうだ。あたしはこの世界なんて汚くてろくでもなくて大っ嫌いなんだ!この前までこの世界にも綺麗なものがあるって信じてたけど、それも勘違いだった!こんな世界で生きてく意味なんてもうない……それなのに、よりによって死を遠ざける魔法だなんて……最後の最後にとんだ呪いをかけてくれたもんだよ……!」
ヒルデは血を吐くような声で悪態をつく。
その様子を見たネージュはしばらく無言だったが静かに何かを差し出した。ヒルデは息を飲む。
「貴方をここに運んだあと、他にも生き残りがいないか探しに行きました。残念ながら他の人は見つかりませんでしたが……これが」
それはアリエルの使っていたノートだった。緑色の表紙に美しい唐草模様が描かれたそれはアリエルのお気に入りで、読み書きを教えてくれるときによく使っていた。
「読んでみて。貴方には読む資格がある」
その言葉にヒルデは震える手でページを捲った。
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この気持ちをどうしたらいいの分からず、
私は今この文章を書いています。
何代目かの領主様から考えがまとまらない時は
文章にすると良いと聞いたことがあるので。
この気持ちはきっと村の皆からすると
裏切りと受け取られるでしょう。
だから私はこの気持ちを隠すしかありません。
特に私を心から敬愛してくれている彼女に、
いつもきらきらとした目で私を見つめて
控えめに微笑みかけてくれる彼女に
軽蔑の目を向けられたら……とても悲しいから。
思い返せば私には両親の記憶がありません。
物心ついた時にはもうこの部屋にいました。
私が知っているのは自分の名前、
そして自分は魔女だということだけでした。
当時の領主様はものを知らない私に
様々なことを教えてくれました。
「魔女は何故魔法が使えると思いますか?」
ある日領主様は私に問いました。
私は正直に分からないと答えました。
「それは人間たちを守るためですよ、魔女様」
成程、私はそれを合理的だと判断しました。
強い力を持った者が弱い者を助ける。
それは自然なことであると思ったからです。
だから私はその領主様の教えに従って
この部屋の中で村を護り続けてきました。
村の皆は私を敬ってくれました。
心地良いようにと部屋を整えてくれました。
厳しい冬も暖かな食事を用意してくれました。
過酷な外の世界から私を守ってくれました。
貧しいこの村ではそれらを揃えるのは
容易なことではありません。
だからこれは皆の愛だと、私は信じています。
そしてその愛に応えるのが正しいこと。
私はそう信じて生きてきました。
けれど……けれど……
(何度か書き損じを横線で消した跡がある)
認めます。正直に。
私はこの部屋の外に出たいと思っています。
いいえ、部屋どころか村の外に出たい。
彼女は私以上に美しいものは無いと
いつも褒めてくれますが、
彼女の語る世界はなんて美しいのでしょう。
たまに晴れた日の朝焼けや
夜に村の皆で囲むたき火のゆらめき、
赤ん坊の小さな桃色の爪……
彼女の目から見た世界はこんなにも美しいのに
どうして彼女は世界が嫌いなのでしょう?
その全てを私は自分の目で見てみたい。
そして私の目にそれらはどう写ったのか、
今度は私の口から彼女に聞かせたい。
そしていつか……彼女と一緒に
外の世界で美しいものを見つけたいのです。
肩を並べて、同じものを見て語り合いたい。
そう私は彼女と──ヒルデと友人になりたい。
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最後の一行を読み終えたヒルデの手から、ノートが滑り落ちる。自然と息が荒くなる。
「嘘だ……嘘だ……じゃあ、魔女様は……」
本当に戻ってくるつもりだったんだ。
呆然とするヒルデの脳裏に雪崩に飲み込まれる直前の出来事が光のように舞い戻る。
『駄目駄目駄目駄目……!』
取り乱したヒルデはナイフを振りかざし、
『あたしを置いていかないで!』
そう叫んで振り下ろした。
アリエルの白い頬に赤い飛沫が飛ぶ。ナイフで刺されて驚く顔すら美しかった。そのままアリエルは倒れ込み、白い床に赤が広がっていく。
『え?……あ、あれ?』
パニックになり慌てて傷口を抑えるヒルデ。今思えばあまりにもちぐはぐな行動だ。けれどそんなヒルデを見てアリエルは微かに微笑んだ。そしてもう力の入らない指先でヒルデの頬を撫でるとそっと抱きしめた。
『ヒルデ、貴女を許します』
そう、確かに彼女は最期にそう言った。
「ああぁぁぁぁ…………そんな、ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
ヒルデの頬がぐしゃりと歪み、瞳からぼろぼろと涙が溢れ出す。親に捨てられ、大人たちに虐げられ、子供の頃に枯れ果てたと思っていた涙が胸の奥から次から次へと流れてくる。
「本当は村を裏切った事なんてどうでもよかったんだ……アリエルの……ただアリエルの側にいたいだけだった……だから、何処かに行くなんて許せなくてあたしは……あたし、なんて事を……」
「……貴方にかかった魔法は呪いではないと思います。きっと貴方に生きていて欲しいというアリエルさんの願いです。だからそんな軽装なのに雪崩にもこの国の寒さにも耐えられた。固有魔法は強い想いが形になるものですから」
「あは、は、それでもひどい魔法だ……アリエルのいない世界で生きてくなんて……」
涙を流しながらも諦めたように笑うヒルデの肩をネージュはルチアの手つきを思い出しつつ、ぎこちなくさすってやる。
「愛してるからこそ憎んでしまう……そういうこともあるんですね。愛って難しいです……」
ネージュの呟きと共にヒルデの懺悔の嗚咽は一晩じゅう闇夜に融け続けたのだった……。
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四角く切り取られた空 幼き日の私の世界
窓辺に降り立った君は
月光のように 優しく笑った……
冷たい土の下に 埋められたはずの
歴史の闇の中に 葬られたはずの 陰の存在
友達が欲しかったけど
それがどんな物か知らなかったよ……
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✝️アリエル(cv.海咲)
北の国の魔女。
天使の如き絶世の美少女。強い魔力を持っており、物心ついた頃から地下牢のような部屋に閉じ込められ、村に守護の魔法をかけ続けさせられている。人を信じ抜く清い心の持ち主。
自分は村人たちに敬われ大切にされており部屋の外には出るべきではないと考えていたが、ヒルデとの出会いで外の世界に興味を持つ。不幸なすれ違いから死を迎えることになったが、彼女は最期まで大切な友人の幸せを願った。
【好き】村のみんな(特にヒルデ)、ヒルデから聞く部屋の外の世界の話
【嫌い】分からない
【特技】守護の魔法
【ステッキ】ヒルデから貰った花
【固有魔法】「貴女を許します(フォーギブ·ユア·トレスパス)」
大切な人から死の危険を遠ざける魔法。相手を思うほど加護は強力になり、本人の死後も愛する人を護り続ける。
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◇第2章 プレイリスト◇
https://nana-music.com/playlists/3840346
◇素敵な伴奏ありがとうございました◇
炉利王@Merveille様
https://nana-music.com/sounds/01a6c100
◇ 𝕋𝕒𝕘 ◇
#魔女アリエル
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