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「ごめんね。素朴な疑問なんだけど、キミどうして音楽科に入ったの」
静寂に最初にメスを入れたのは、Dream Pillow の中でも大人のポジションとして皆を見守っているAWAKEの2人、みいとまるだった。
「確かに。普通の教科の成績はそんなに悪くないんだから、普通科に入学すればよかったじゃん?今から編入とかできないの?」
胸に刺さる直接的な意見だが、確かにその通りだ。
誰もが同じように思ったであろう空気を察して、歌撫は肩を窄めたままその問いに応える。
「私は……それでもいいんです。でも、親が……」
「はあ?」
「親ぁ?」
みいとまるの2人は、明らかに「言っていることが理解できない」といった感じに表情を歪めた。
「はい。我が家は音楽家系で、親や兄弟がみんな音楽関係の仕事に就いていて……私もそれを望まれてるんです。
でも私には他の家族みたいに才能がなくて……だから高校から音楽関係の専門科があるところで学びなさいって……」
歌撫の言葉に、案内人が何かに気づいたように声をあげる。
「ん?歌撫さん、苗字“音凪”って言われましたよね?」
「はい」
案内人の言葉に歌撫が頷くと、それと同時にテーブルについたメンバーの数人から
「えっ!?」
っと大きな声が発せられた。
「音凪!?もしかしてあの世界でも名の知れた指揮者の音凪響一郎の娘!?」
「世界的ピアニスト音凪美歌のお子さん?」
「最近ブレイクしたバンド“リルリラ”のボーカルが確か【OTONAGI】って!」
「私が好きなゲームのサウンドクリエーターが音凪なんとかって……」
メンバーがそれぞれ知っている音凪という名前のアーティストの名前を口にすると、歌撫は彼らの顔をぐるりと見渡して首を縦に振る。
「全員、私の家族です」
「「「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」」」
ただでさえ声量のある面々が、とんでもない大声で叫ぶ。
多分、森中にその声が届いたであろう。
幸い防音が行き届いた録音部屋には届かなかったようで、REMやNon-REMのメンバーがうるさいと怒鳴り込んでくるようなことはなかった。
「はぇーそりゃ音楽の道に進まざるを得ないわな」
まるが苦笑いしながら頭を掻くと、隣のみいは口元で拳を握って何か言いたげな表情を見せる。
「親からの厳命なんです。父は……その、私の為に学校にたくさん寄付を……」
生々しい話に誰もが一瞬眉を顰めた。
「だから、どうにかして成績を上げたくて」
「……親のために?」
どこか突き放すような冷たい声に、歌撫はハッと顔を上げる。
その声の主は飼い主に捨てられた小動物を憐れむような表情で彼女を見つめた。
「親のために一生に一度しかない青春を、つまらない学校生活で潰しちゃうんだ。可哀想」
「ちょっ!みっちゃん、言い方っ」
「ごめんね。私、回りくどい言い方得意じゃなくて」
みいは口を尖らせて少し戯けて見せたが、発言の撤回はしなかった。
歌撫はその言葉に悲しそうに眉を下げて、唇を噛んで黙り込む。
「……歌撫さん、一つ聞いてもいいですか?」
案内人は夜を一滴落とし込んだような少し暗い蒼い瞳を歌撫に向ける。
「……はい」
「最近、音楽を楽しいと思ったことはありますか?歌うこと、演奏することに喜びを感じた事は?」
歌撫は涙の泉に浮かべたピンクブラウンの瞳を一瞬案内人に見せたが、すぐに顔を伏せて首を左右に振った。
「楽しくなんかないです。私だけじゃなくて、学校のみんなもきっと同じ。毎日必死で、少しでも良い学校に進学するために、少しでも自分の能力を上げるために必死で……」
「周りの環境からして、か。これは重症だ」
両手を掲げて「お手上げ」ポーズをするみいに、隣のまるは同調するように頭を抱えてみせる。
「逆に教えてください。どうやったら楽しく歌えますか?」
歌撫は縋るように周りを見回すが、その答えをすぐに出せる者はおらず、一同は悩むように腕を組んだり天井を見上げたりした。
その時。
「あ!」
まるが何か思いついたように大口を開けて特徴的な鮫歯を見せたかと思うと、そのままチェシャ猫のようにニッと笑った。
「いるじゃん!その質問にすぐ答えられそうな子たちが!」
そう言ってまるは親指で廊下の方を指さす。
彼女の言葉と指し示す方向を見て、案内人も「あっ」と声を上げた。
「居ますね!いつも楽しそうに歌ってる子たちが!」
開いた掌を拳で叩くという古臭いジェスチャーを見せる案内人に、歌撫はキョトンとした表情で首を傾ける。
「ちょうどいい!歌撫さん、普段私たちがどんな活動しているか、少し見学してみませんか?」
「えっあっまあ……」
突然の提案に歌撫は一瞬戸惑ったものの、案内人の押しに負けて彼女の提案を受け入れる事にした。
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