「Happy White Day!」(ドセン)
秘密結社 路地裏珈琲
「Happy White Day!」(ドセン)
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最近流行りのライトブルーのネオン管というのは、どうにも淡く仄暗くて落ち着かない。
着慣れたはずの、体に纏わりつく薄っぺらな闇みたいなドレス。その裾へ、いたずらに男の指先が戯れついて、執拗に彼女を誘っていた。
遡ると、ちょうど日が沈む頃の話になる。商材、つまりは高く売れそうな噂話を仕入れるために、ドセンたち屋根裏堂の人間が路地裏のクラブを漁っていたら、どこかでみた顔が大股に目の前を横切って行った。
すかさず、自撮りするふりでカメラを堂々と相手の後ろ姿に翳し、スマホのメッセンジャーで仲間へ問いかける。すぐに返ってきたのは、ドセンの思った通り、使命手配されて間もない男の近影であった。思わぬ臨時収入のお出ましに、瞳孔を貨幣かというくらい見開いて浮き足立った彼女だったが、現在単独行動中で、追いかけようにも身の安全を考えると、深追いは無謀というものだ。
更に面倒なことに、男が女同伴で店に入って行ったので、いよいよ一人で後を着けづらくなってしまった、そんな時。ドセンに馴れ馴れしく声をかけてきた男が1人......
「折角そんなにおめかししてきたのに、隣に男の一人も用意してないんじゃ形にならないじゃないか」
男、サトウは古めかしい丸めがねを外しながら、癖っ毛を撫でつけてシャツのボタンを一つ外す。
「やあ奇遇、狩りの時間と見た」
「へえ、驚いた。それはつまり、捻くれ者のマスターが隣にいてくれるってこと?」
「僕は高いよ......と、言いたいところだけど、君にはお礼しなくちゃいけないことがあるから、今夜だけね」
フロアで身を寄せ合って聞き耳を立てれば、誰も二人が背中越しに男の傲慢で理不尽な武勇伝を盗み聞きしているだなんて疑わなかった。ほとんど抱き合う姿で、必要な確認があれば耳元で愛でも囁くふりをして、薄い笑いを浮かべて内緒話を交わす。
ただ一度、あまりにも話の内容を熱心に聞き過ぎたせいか、思わず送った視線に気づかれて、男と同席した女が訝しげな顔をしたので、ドセンの体が一気に緊張感で硬直し、不自然な沈黙が流れた。あわや、という場面で、サトウが彼女に仕掛けたフォローの一手は、前述の通りだ。
指先で戸惑うドセンを誘いながら囁いた言葉は、“いいから、もっと来て”の一言だけ。
女が余計な詮索をするのも嫌になるくらい、別の男に視線を移ろわせた彼女に、嫉妬の微笑みを向けて、サトウはその毒々しい真っ赤な唇を指先で拭う。角度的には、女からはキスでもしているように見えただろうか。
親指にべったりとついた紅を、自らの唇に色移しして、今度はサトウの方が振り向き、女を冷ややかな横目で牽制する。それっきり、ヤツは気まずそうに目を逸らし、例の男の胸へとすり寄っていった。
「......どうする、まだ欲張るかい」
「どう、って、それは、逆にどう......というか」
「劣情まみれで君を追い詰める惨めな男のフリなら、僕すごく自信あるよ」
奇しくもホワイトデーの夜に、厄介ごとを退けたつもりが、気がつけば一番厄介な腕に収まってしまった彼女。
「意図せずしてそんな顔をするんなら、君はとんでもない女だなぁ」
ゴクリと喉を鳴らす音。
飛び交う不穏な会話の内容を聞きかねた、情報屋の女店主のノイズを、イヤモニターごとぽいと捨てる。サトウの指が、不安に震える気丈な睫毛にそっと触れた。
「大丈夫、悪いようにはしないよ。“お礼”だから」
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何があったか詳細は省略するそうですが、帰りに山ほどクッキーとマシュマロを買い与えられてご帰宅なさったそうです。お礼というより口封じ。
ハッピーホワイトデー!
サトxド
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