苦難と希望の雷鳴 武器屋ジーグ
オーイシマサヨシ
苦難と希望の雷鳴 武器屋ジーグ
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夕闇、月明かりだけが頼りの星の出ていない空に張り詰めた沈黙。木々のざわめきとジーグの荒い息だけが聞こえる。ヤミィは相変わらず髪の毛で顔が見えないが少しだけジーグに顔を向け、じっとその一声を待っている。
「ヤミィ…私は…私は!」
春の嵐か、びゅっと突風が吹いた。ジーグの大声に振り返ったヤミィの髪を煽った。その顔は、辛そうな、それでいて必死に耐えるような苦悶の顔だった。美しい顔、その眉間に薄くシワが寄っている。
「私は…その…ヤミィ…」
ヤミィへと向かい走り出している時も、依代銃を制作する時も…バドン島での結婚式からずっとずっと…どうやって答えようかと考え続けていた。詩情豊かな言葉、浪漫溢れる想い、感動的なシチュエーションも…飽き飽きするほど考え抜いた。自分はこれ程までに想像力豊かな性格だと初めて知った。あぁ、なんとも乙女チックだと鼻で笑う。しかし、考える事を辞められなかった。依代銃制作に行き詰まる度、ヤミィの顔が浮かんだ。この想いに何度救われただろう?
憧れの親友と街を失い、たった一人で生き抜いてきたジーグの、唯一の光…。
「…分からない」
…え?ヤミィの口から思わず漏れた声。目が点になるヤミィの視線を他所に、ジーグは大きな溜め息をつきながら、片手で頭を抱えた。
「クソっ!何度も…何度だって考えたんだ!この想いを、この日のために…でも…」
声が震えて小さくなる。たまらずジーグは両手で顔を覆う。
「…分からないんだ。この想いに似合う言葉が…好きだ。好きだよ、ヤミィ…。それじゃ足りない。それじゃ言い表せない。守りたい?傍に居たい?同じ時を過ごしたい?…ダメだ。私は…」
ジーグの肩にフワリと柔らかな香りが走ると、温かな人肌が覆った。銀の月明かりの下、赤髪の蜥蜴を抱き寄せる金髪のエルフ。ひとつになる影。
「ジーグ、本当に貴方って面白いわ。…そうね、私への答えが『分からない』…か。最高の答えじゃない?この世の全ての美しい言葉を持ってしても、表すことが出来ない想いを…私に答えてくれたのね…」
いつもの自信に満ちた、鼻につく喋り方とは違う、優しい優しい響き…。それはか弱く、今にも消えそうな声だった。
「私もね、ジーグ。貴方と一緒…生まれ故郷を奪われたの…ごめんなさい。記憶は曖昧なのだけど…。私にも守りたいものがあった気がする。それすら忘れようとしているのよ…私は…。あの日以来、私の体は性別を失った。魔障の影響だと思うけど…ああ…思い出したく…ない…」
ジーグより背の高い大きな体。包み込むように抱きしめているはずなのに、ジーグは酷く脅えた小動物を抱き抱えてるような感覚を覚えた。
「私は…貴方みたいに強くない。貴方は魔王に立ち向かった。友人の死を受け入れて、約束を果たした。自分の弱さを克服して、夢の武器を創り上げた。強く…美しいわ。私は…違う。私は逃げてばかりの…醜い…」
「やめろ!」
ヤミィを包む腕にギリッと力が走る。木々が静かに葉を揺らす音をかき消すジーグの叫び。
「やめろよ…ヤミィ。そいつはな、私の弱い心を何度も奮い立たせてくれたんだ。不器用な私に、仲間のいる幸せをくれたんだ。一人ぼっちになった私に…光をくれたんだ。大切な人なんだ…だから、いくらお前でも…悪く言わないでくれよ」
ジーグは肩に温かいものを感じた。ジーグの肩に埋めたヤミィの顔を流れ落ちる涙だった。
「私は…強くなくていい。友人みたいに神の手と呼ばれなくてもいい。誰に認められなくとも…私は…ヤミィ、お前が笑ってくれてれば…いいんだ」
抱きしめた腕を解き、ジーグは一歩下がってヤミィの前に立つ。涙でぐしゃぐしゃになったヤミィの顔が月明かりに照らされている。
「お前は『貴方の私になりたい』って言ってくれたよな…」
ジーグは跪き、両手を差し出す。その動きはあの時の…バドン島での婚姻の儀式でヤミィが行った動きと全く一緒だった。
「ヤミィ、どうか、私のお前になってくれないか?ずっと、ずっと…いつまでも…」
ヤミィはもう嗚咽で言葉も発せなかった。あの日のジーグの動きに合わせ、ジーグが差し出した両手を受けると、ジーグは立ち上がりヤミィの手を己の胸に当て深々とお辞儀をする。
世界を支える世界樹の麓、小さな街に流れ着いたふたつの縁がひとつになった。それは小さな小さな時の流れの一端。例え大きな力が運命を奪っても、大切な記憶を捨て去っても…それは終焉ではない事をこの二人はよく知っている。ジーグはヤミィに手を差し伸べた。暗闇の中、手を繋いだ二人はゆっくりと歩き出した。終わる事ない未来へ…
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END
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