サヨナラの在り方
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サヨナラの在り方
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「…」「…」「…フム…」
落ち葉を掻き分け、適当な切り株に座って休戦。口いっぱいに温かいフワフワの肉まんの味が広がる。幸せだ…幸せなのだが…3人は沈黙する。
冬とも秋ともつかない、肌寒い風が3人の間を縫った。秋の妖精は不安げに俯き、冬の妖精は今だに物言いたげに秋の妖精を睨んでいる。そんな2人をボンヤリとメアリは見つめている。どこかで見た風景だな…。メアリの脳裏に映像が浮かぶ。メアリの視界はいつしか記憶とリンクして、妖精はあの時の食卓に居た人物と重なって見えてきた。ママとパパ…そして師匠と門下生達…。
「…ねぇ、アナタからも説得して?このままではメアリは私たち家族から離れてしまうわ」
「けれど、それがメアリの選択であり成長なんだ。分かってやらないと」
「分かってる!でも…嘉嘉って街は聞いた事ないわ。出ていったとして、いつ娘は帰ってくるの?もしかしたらもう…」
ドア越しに漏れる会話。食事にと部屋から降りてきたメアリを意図せず出迎えていた。ドアからの気配に、会話は途切れた。いつもの家族との食事…父は不安げに俯き、母は物言いたげに父を見つめていた。そんな2人の心が嫌でも自分に流れてきてしまう。気まずさに窓を眺めると、温かな部屋と作りたての食事のせいだろうか、窓が結露でぼやけていた。北風に裸の木々が揺れている…。
キリエの実家の風景が少しずつ修行場の食堂に変わっていく。集まった門下生達と師匠が、料理の並ぶ机を前に座っている。
「後継者である翔華を外に出すなんて…まして、異国の芸の道へ進ませるなんて、他の流派への示しがつきません!何をお考えなのですか!?」
「今までにない事さぁ…分かってるよ。それが何を意味するか。あたしも悔しさはあるさ…我等の芸に孫を魅了しきれなかったってね。でもね…思いを生かす事と、伝統を守る事…あたしゃ、大事だと思う事を正しくやっていきたいのさ」
その言葉に何人もの弟子達が反論に詰め寄った。メアリは初めて師匠が不安げに俯いてるのを見た。温かで美味しい何時もの食事…しかし、どんなに鮮明に思い出しても、その日の食事の味は全く思い出せなかった。それと対照的に食卓に飾られていた春の花の鮮やかさだけが、翔華の旅立ちを暗示しているかの如く、何故か鮮明にメアリの印象に残った。
空っぽの頭の中、映画を見るように記憶を辿っていた。どんなに言葉と想いを重ねても、最後にはサヨナラが残る。それは幾度となく見てきたメアリがよく知っていた。だから、せめて全て思い残さずにサヨナラだけを残したら、皆は悩まなかったのかな…。最後の一口を頬張りながらそんな事を考える。ああ、美味しい…サヨナラ肉まん。幸せをありがとう。…それじゃダメなのかな?この世の全て。
「もう冬の精霊様が主様の寝床から出て、僕らに指示を飛ばしている。僕も世界樹の雲から雪虫を生み出さないと…それに、君の主が寝床を塞いだら君は死んでしまう…すぐ帰ってほしい」
「待って欲しいヨ」
説得にかかった妖精にメアリは待ったをかけた。
「同時に冬と秋を進めるのはどうネ?」
「それは不可能です。季節は共存できない。冬を進めれば寒さでキノコが枯れてしまいます」
「な、なら!せめて納得して帰れるように待っててあげて欲しいヨ!それは難しいカ?冬の妖精」
「秋の主の動きは僕らには分からないのです。今こうしてる間にも、寝床が閉じられてしまうかもしれない。待ってなんて居られません!」
万策尽きたか…メアリは脳裏に浮かんだ2つの記憶と彼らの苦悩の表情を思い出す。ここでも、やっぱりダメなのかな…
「ああ、ここに居たのか。やれやれ、つくづくこの身になっても君らから逃れられないなぁ」
クスクスと笑う声が聞こえ、振り返ると占い屋のウルが立っていた。彼の姿を見て、冬の妖精は驚いて深々と頭を下げる。ウルは真っ赤な楓を取り出して投げると、葉はみるみるうちに立派な鹿の角を生やした秋の精霊に姿を変えた。
「ウルよ、感謝する。我等の眷属が迷子になるのは例年の事でね。しかし、我等の主様は眷属を見捨てぬ慈悲深いお方だ…お前を迎えに私を遣わせた。さぁ小さき同士よ、帰るぞ」
それはできません!と妖精は首を振ると、事の説明を始めた。生真面目な季節だと笑うウル、やれやれと頭を抱える精霊。やがてウルは見知らぬ呪詛を用意して、キノコの群生地を囲った。秋の精霊はその場に降り立ち、両手を広げて美しい声を上げる。するとその場だけが色濃い落ち葉に彩られた秋の空気に包まれた。
「私の力を与えよう…後は風が胞子を運ぶ。冬の主が世界を変える前に吹けば良いのだが」
「メアリにお任せあれヨ!来来、斉天大聖!」
パチリとウィンクすると、メアリは大扇子を取り出し詠唱する。すると秋の陽気で傘を開き出したキノコに穏やかな風が流れ出した。辺りはダイヤモンドダストのようにキラキラと胞子が輝き出した。それを見た妖精は2人抱き合って涙を流した。
「ありがとうございます、我らが恩人。無事に仕事を全う出来ました」
「感謝します、我らが恩人。無事にこの地に冬をもたらす事ができます」
「ううん!よかたネ、秋の妖精さん。冬の妖精さんも、待つようお願い聞いてくれてアリガト!」
つかの間、キノコに住み着いた秋の中でメアリは妖精達にサヨナラを告げた。
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無事、諍いを納めました。
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