香の元、闇と光
銀河方面P@神野貴志
香の元、闇と光
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まだ夕焼けが空を照らしていたのに…大姑獲鳥がサギリの木に立ち上がり羽を広げる姿を見上げると、奥に見える空は不穏な空気を表すような闇に静かに染っていた。月も星もその羽に隠し、ギラギラと光る目だけが強い敵意をメアリに向けている。ビリビリと肌を刺す空気。分かる、コイツは強敵だ…メアリは心に芽吹き育っていく恐怖感を感じながら、武器である鉄球の鎖を握る。
「…ははぁ…お前は愚かだ、小娘。この私に牙を向いたな?引けば命も失わなかっただろうものを」
「…だめヨ、ここはメアリの家。オマエが踏みつけてるサギリの木もメアリの大事な家族ヨ!何一つ、オマエに渡すものなんてないネ!」
その答えに、大姑獲鳥は鼓膜が破れんばかりの金切り声を張り上げた。空気を切り裂く咆哮、避けられない闘いの始まりを意味していた。
「さぁお立ち会い!凶鳥との死の乱舞、とくとご覧アレ!!」
頭飾りの蝶がはためいた。
浮遊魔法を即座に唱えると、メアリの足から旋風が吹き荒れた。風に煽られたサギリと八千の葉の香りが辺りにフワリと漂う。バサバサと音立て姑獲鳥は舞い上がり、メアリ目掛けて体当たりを仕掛けた。紙一重で回避するが、刃物のように鋭い羽根が飛び出しメアリ目掛けて飛んでくる。体当たりの度に無数に襲いかかる羽根に気とられ、ついに翼を食らってしまった。鉄の棒で体を殴られたかのような強打に、メアリは地へと落ちる。風が動く度に漂う美しい香りと、大姑獲鳥の背後で煌々と輝く月明かりが、死闘に花を添える。月光で影る大姑獲鳥の顔は憐れな虫けらを見下ろすように歪んだ微笑みを浮かべている。
ヒュ!薫風を切り裂く鋭い音が聞こえると、華やかな装飾が施された鉄球が大姑獲鳥の足を捉えていた。グンッと下へと引っ張られ、地面が抉れる程の力で姑獲鳥は底へと叩きつられた。
小娘がぁ!!と罵倒を飛ばしながらじたばたと羽を散らしてもがく大姑獲鳥。敵を叩き落とす力を利用して落下を逃れたメアリ。再び空高く舞い上がるとヒュルリと鉄球を操り、まるで月夜に遊ぶ銀の蝶のように鉄球を縦横無尽に振り回し、息もつかせぬ連打を大姑獲鳥に浴びせた。銀色が舞う月夜に似合わない、地の底に響く断末魔が辺りに轟く。よし、何とか倒せそうだ…そう思った矢先、大姑獲鳥は体を起こして空を舞おうとする鉄球の鎖を力一杯噛み付いた。ギョリギョリギョリ!鉄と牙が激しい音を立ててる。両手で鎖を掴み、引き戻そうとしたメアリは一瞬の判断を誤った。大姑獲鳥の背後に広げられた羽が俄に魔力を帯びると、空間を切り裂くようなとてつもない真空刃を両羽から繰り出した。大地は血飛沫をあげるが如く、八千の葉を散らした。
「きゃぁぁああ!」
ズタズタに切り裂かれるメアリ、風圧に揺れる髪から、アメジストのイアリングが月光を反射して煌めいた。あまりのダメージに制御を失ったメアリは今度こそ地に落ちる。けたたましい笑い声と共に、暴風を従えて飛び立つ大姑獲鳥はメアリの元へ降り立ち、力一杯メアリを踏みつけた。
「無様な小娘……よくもこの私を地に落としたな?翼持つものが地を這うのはどれだけ屈辱か……許さないよ?小娘。お前だけは絶対に許さない」
いやらしい囁きが、ねっとりとメアリの耳に絡みつく。何とか逃げ出さなければ!もがけども大姑獲鳥の力が強すぎて身動きが取れない。
「楽には殺さない。この夜が終わるまで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、死ね…」
大姑獲鳥は身をかがめてメアリの顔を覗き込んだ。打撃のダメージで口や額からボタボタと赤紫色の血が流れている。その雫はゆっくりメアリに降り注ぐ。紫の血が肌に触れると激痛と共に紫色が体内に少しずつ染み込んでいく。メアリの悲鳴が響いた…
「…ひひひひひ!ユーマノイドとは何と脆いのだろう?私の中に流れる血、闇の瘴気だけで悲鳴を上げる…うひひひひ…そのうち皮膚から瘴気が染み込んで、お前の臓を腐らすだろうさ…」
空を掻く己の腕と、殺意の快楽に歪む大姑獲鳥、その後の美しい月夜がメアリの目にうつっていた。残酷なまでに綺麗な夜…ああ、コハクと居たあの夜空に負けない様な…一緒にあの月を見たかったな…メアリの目から涙が溢れた。
突如姑獲鳥の顔が固まった。メアリに落ちる血の瘴気がメアリに染み込まなくなり、刺すような痛みも和らいできた。
「…原悪の…魔女!??」
姑獲鳥の言葉にはっと耳を触った。仄かに力の流れを感じる。そうだ、アメジスト…バドンの名物だと言っていた。あの島はランダの加護を受けている。メアリの脳裏にイアリングを差し出したコハクの顔が浮かぶ。
「メアリ…まだ…まだぁ…お返しっ…はぁ…お返ししてない…ネ!コハクに…!!イヤリングの…ダカラ…っくぅ!!」
痛みに軋む腕を必死に動かして両手を姑獲鳥に突き出し、声の限りに叫んだ。
「来来、斉天大聖!穿黒暗!!!」
メアリの掌を中心に四方八方に光の筋が走り出す。それはまるで蓮の花が花開くかのように辺りを照らし出す。傷を露わにして血とともに闇を流し込んでいた姑獲鳥は、聖なる光を体深くまで取り込んでしまった。苦痛の叫びをあげる暇もなく、姑獲鳥は肉体諸共昇天し、消え去った。
まだ荒い息、痛みに耐えてゆっくりイヤリングを外した。…ありがとう、コハク…また助けてもらっタ…涙で滲む視界の中で見たそれは、メアリの光を受け、彼の髪色と同じ琥珀色に染まったアメジストだった。メアリの暖かな手の中で、ゆっくりといつもの紫に戻っていった…。
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賽子クエスト 成功
リザルト
クリティカル 1
確率 1/2
オーバーキルワード 無し
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